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「いいッスよ」
ホルンもまた、満面の笑みで返した。一切の逡巡がない、まさに即答である。
しかしそこに意義を挟むものがいる。
──リリィだ。
「ちょ、ちょっと待って! ホルンちゃんがうちで働く? なんで?」
彼女としては納得できる話ではない。
彼女の家で働くとなると、惑いの森という危険地帯に住んでいる都合から、どうしても通いではなく住み込みとなる。
だが、リリィとしてはそれは避けたかった。
なにせあの家は、ラピスとの愛の巣なのだ。セラは妹という特例で入っただけで、他の人間、ましてや他人を住まわせる気はなかった。
いくらホルンが自分とラピスの関係を祝福してくれて、さっぱりした裏表のない性格で、更にはラピスの信用も厚いとはいっても、それとこれとは話が別だった。
不満を顕にするリリィだが、ラピスは反論する。
「だってリリィ。あの広さの家だと、わたし一人じゃ掃除しきれないよ?」
「そ、それはあたしも手伝うし……」
「手伝う? これまでずっと家事をしてこなかったずぼらなリリィが?」
「が、頑張るから」
「いや、リリィの家事のできなさは、頑張ってどおにかできるレベルじゃないんだよ。最初こそわたしも手伝ってもらおうと思ったけど、早々に諦めたもん」
「……う」
「掃除をすればする程散らかるってなんなの? そんなの、物語に出てくるキャラクターだけだと思ってたよ」
「……うぅ」
「リリィは家事できないし、さっきから黙ってるセラも実は壊滅的だし、ホルンの手は是非欲しいところなんだよ」
「ちょ、姉さま! なんでバラすんですの!?」
セラが慌ててツッコむも、スルーされる。
「ね、リリィ。わたしの空いた時間も増えるし、ホルンも次の職場が見つかる。ウィンウィンだよ。メイドを雇うと思って」
「……うううう……」
それでも煮え切らないリリィ。
そこにホルンが助け船を出す。
「ちょっといいッスか? リリィさま。リリィさまは、尊敬する人とかいないッスか?」
「? そりゃいるわよ」
「じゃあ、その人に恋愛感情はあるッスか?」
「ないわよ、そんなの。あたし、ラピスしか愛せないし」
「はう!」
ラピスの顔が真っ赤に染まったが、ここは流す。
「ウチとラピスさまの関係はそれと一緒ッス。尊敬も感謝もしてるッスけど、付き合いたいとかはないッス」
「……そう」
「だからリリィさまが心配してる浮気とかなら、正直杞憂ッスよ。それにウチ、好きな人いるッス」
「「ええっ!?」」
ラピスとセラの驚きの声が重なった。
姉妹はホルンに詰め寄って、矢継ぎ早に質問する。
「好きな人いるの? いつから?」
「相手はどんなかたですの?」
「年上? 年下?」
「身長は? 髪の色は?」
「わたしも知ってる人?」
「告白はするつもりですの? 待つつもりですの?」
「あァあああ!! そんな一遍に訊かれても答えらんないッス!」
ぐいぐい来る姉妹を押し戻し、ホルンは叫ぶ。
しかし、答えないとリリィを安心させることはできないので、順番に答え始めた。
「まず、好きになったのはついこないだッス。5日くらい以前ッスね。一目惚れでした。異国の──あー、東の島国ッスか? あそこの装束を身につけた、格好いい人だったッス。歳は22~23くらいに見えたんで、多分歳上ッスね。背はリリィさまより高くて、薄紫色の髪でした。あ、あと肌の色が、えーと……褐色? て言うんスか? それだったッス。ラピスさまは知らないんじゃないんスか? 城に出入りするような人っぽいッスし。それとウチ、次彼女に会ったら告白するッス!」
律儀に全ての質問に答え、最後にはガッツポーズを取る。
彼女の本気さが窺えた。
セラはおおォと拍手をしている。
だがラピスとリリィはどうにも曖昧な表情だった。ホルンの話した情報が、知っている人物を彷彿とさせたのだ。
特に、リリィの表情はラピスの倍くらい苦々しげだった。
もし自分の思い描いている人物且つ、失恋を吹っ切れていないなら、ホルンがフラレることは想像に難くない。それを予想しての表情だった。
「おろ? ラピスさまとリリィさま。なにか言いたげッスね。もしかして知ってる人ッスか?」
「あ、うん、多分。ね? リリィ」
「……ええ。あたしの友達だと思うわ」
「マジッスか!? な、名前を教えてほしいッス!」
リリィはやはり、苦々しげに答える。
「……アイリス」
「アイリスさんッスか! 綺麗な名前ッス! ちなみにご職業とかは?」
「……その辺は道々話すわ。とりあえずあたしん家に行きましょ」
「あ、じゃあリリィ。ホルン雇ってくれるの?」
「しょうがないわね。滅多に言わないラピスのわがままだし、聞いてあげるわ」
「わ、ありがとうリリィ。愛してるよ♡」
「感謝するッス、リリィさま!」
リリィはため息を噛み殺し、窓を開けてカードを放り投げた。




