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空を飛ぶこと1時間半。フローラと出逢った雪原に到着した。
以前来たときよりも雪深くなっており、飛行機を着陸させるのにも難儀した。凍った湖の上に降りることで事なきを得たが、雪の上に降りていたらどうなっていたことやら。
大窓から雪原を見渡してみる。視界いっぱいに拡がる銀世界。どこまでいっても雪、雪、雪であった。
「ふおォおおお! 雪ッスゥうう!」
扉を開けて、ホルンは駆け出して雪にダイブする。ぼふっと、彼女は50センチくらい沈んだ。
すぐにむくりと起き上がる。
「あはは♪ 冷たいッス♪」
独りなのに楽しそうだ。
これは負けていられないと、ラピセラも突撃しようとする。
しかしその直前──
「きゅお! きゅおん!?」
「フローラ?」
「どおしましたの?」
フローラが暴れだした。というより、ラピスにくっついて離れなくなった。
8本のしっぽをばたばたと振っている。その姿は駄々をこねる子供を彷彿とさせた。
きゅおきゅおと鳴くフローラに、ラピスは必死に耳を傾ける。セラ、リリィ、アイリスの3人は、幻獣の言葉などわかるはずもないので慌てふためくだけだった。
懸命になにかを伝えようとするフローラ。やがてラピスは何度か頷いて、にっこりと口角を上げた。
「ごめんごめん、言葉足らずだったね。おまえを捨てるつもりなんてないから安心して」
「きゅおん!」
「だいじょうぶだって。なんならずっとわたしにしがみついててもいいよ?」
「……きゅお」
フローラはラピスの胸にひっしとしがみつく。絶対に離れない! という意志がびしびしと伝わってきた。
上の会話からもわかるように、フローラは自分が捨てられるんじゃないかと危惧していたのだ。出逢った場所になんの前触れもなく連れてこられればそう考えてしまうのも無理もないかもしれないが、人語を理解できるのだからもう少し人の話を聞いてもいいと思う。
ラピスの両手はフローラで塞がれてしまう。しかしペットを撫でているその微笑は聖母のようで、深い慈しみを感じた。
「ごめん。わたし、この子を構ってあげるから、代わりにホルンと遊んであげて」
彼女はこのままフローラと過ごすことを決めたようだ。そのラピスの頼みを、3人は喜んで引き受けた。
マフラー、手袋、耳当てを装備して外に出る。思っていた以上に寒い。この気温の中、手袋すらつけないで雪と戯れるホルンは異常と言えた。
「ほら、ホルン。手袋をつけないと手が真っ赤になるぞ」
「ありゃ? もうなってるッス」
手遅れだった。というか、猫なのに寒いのが得意とはこれ如何に……。
はしゃぎ回るホルンにリリィとセラも合流する。ラピスはフローラといることを説明する。飛行機に目を向けると、彼女はフローラを抱きながら笑って手を振っていた。
「あー、それなら仕方ないッスね。セラフィお姉ちゃん、一緒にかまくら作りましょう♪」
「いいですわね♪ 5人くらい入れるおっきいのを作りましょう」
セラとホルンはかまくら作りに着手する。ゴロゴロと雪球を作って1ヶ所に集める。ホルンはともかく、あまり体力のないセラは大変そうだ。
見かねたリリィとアイリスが手伝おうとする。
「魔法で一気に集めましょうか?」
「ついでに魔法で掘ればすぐできるぞ」
「……馬鹿ですの?」
「情緒がないッスね」
思いの外辛辣な返しがきた。
魔法を使わないなら手伝ってほしいと言われ、その通りにする。手袋をしていても冷たい。それでもなんだか楽しかった。
4人でやったので1時間もかからずかまくらは完成した。完成すれば魔法を使ってもいいだろうと、リリィはかまくらを固める。これで漆雷獣が踏んでも壊れない。……最強のかまくらができてしまった。
「完成ですわ♪」
「完成ッス♪」
姉妹は感無量。ハイタッチで喜びを分かち合った。
この達成感を得られるならば魔法を使わなくてよかったと、リリィとアイリスは心から思った。
その頃ラピスは。
「──…おまえ、こんなに甘えん坊だったっけ?」
「きゅおん……」
いつまでも離れないフローラを抱いたまま、機内の簡易キッチンに立っていた。寒い中で遊んでいる彼女たちのために、ホットココアを作ろうとしているのだ。
今は片手でできる作業なので問題ないが、仕上げはそうはいかない。ラピス的には、ココアの上に生クリームは欠かせないのだ。
「フローラ。離れなくていいから、頭の上に移動して」
「……きゅお」
渋々、フローラは動く。ラピスに抱かれているときに感じた温もりは、至上の温もりだったのだ。
両手が自由になったので、温かいココアの上に生クリームを搾る。更に溶かしたチョコレートをかけて完成だ。
「よし、完璧♡ リリィたちを呼ぼうかな」
ココアを並べて、マジックバッグからクッキーも取り出す。頭から肩に降りたフローラが、興味深げにそれを見ている。
「ん? 食べたいの?」
「きゅお!」
「食べさせてもいいのかな? ……まァいっか。お食べ」
クッキーを1つ取りフローラの口元に差し出すと、彼女は両手でそれを持ってサクサクと食べた。端的に言って超可愛かった。
「美味しい?」
「きゅおん!」
「そお。よかった♡」
フローラの口にもあったようだ。
このことで味を占めたラピスは今後、ことある毎にフローラに試食をお願いするようになるのだが、それはまた別の話。
扉を開けて声をかけようとしたが、その直前で思い留まる。
この距離ならいけるかもしれないと考え、ラピスは座って心の中で強く呼びかけた。
「(──セラ。ホットココアができたよ。戻っておいで)」




