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城の近くに着陸し、3人連れ添って歩く。3分程歩いて、王城の正門に着いた。
「ただいま戻りましたわ」
セラが門番に告げると、驚いた表情で対応してくる。
「!? 姫さま!? ご無事でなによりです。軍はいかがなされたのですか?」
「彼らは別の場所で待機させています。通していただけますか?」
「それは構いませんが……そちらの者どもは?」
「……者ども?」
「! 失礼致しました! そちらのかたたちは?」
「わたくしの恩人です。通していただけますね?」
「はっ! お通りください!」
脇に逸れ、門番は道を開ける。
3人はそこを悠々と通った。
長い廊下を歩きながらラピスは切り出す。
「セラ、格好よかったね。帰ったらご褒美だね」
「姉さま。まだ終わったわけではありません。気を引き締めてください。ご褒美は味噌煮込みうどんでお願いしますわ」
「セラちゃん。気を引き締めるんじゃないの?」
引き締めるどころか気の抜ける会話をしながら進んでいく。途中、何人かの使用人とすれ違ったが、セラに会釈をしていくだけで、ラピスの正体に気づくものはいなかった。
「わたし、気づかれなさすぎじゃない? 眼鏡かけただけなのに」
「そうね。魔法で髪の色を変えることも考えたけど、必要なさそうね」
ラピスが気づかれないのには理由があった。
それは、使用人たちがラピスと顔を合わせる機会が少なかったからだ。
問題児の呼び声高いラピスのお世話は、例外なくホルンに一任されていた。他の使用人がラピスを見かけるのは、彼女がこっそり厨房で料理をするときと、特に作法もなく、立っているだけで終わる式典に参加するときだけ。ラピスの顔を憶えているものが少ないのも、無理からぬ話だろう。
それに加えてラピスは変装もしている。まさか一国の王女がメイド服を着ているなどとは、夢にも思うまい。
「ま、バレないのはいいことだよね。サクサク行っちゃお」
セラを先頭に、リリィ、ラピスと続いて歩いていき、まもなく謁見の間に到着した。
セラはノックもなく乱暴に扉を開けて、中で呆然としている連中など歯牙にもかけず、ずんずんと中央を歩く。
リリィとラピスもそれに続いた。
謁見の間は無駄に広い空間で、赤い絨毯と玉座が置いてあり、そして国力アピールのつもりか高価そうな絵画が節操なく飾られている。
長い絨毯のサイドには、厳めしい顔つきの衛兵が数人ずつ控えていた。
玉座には中肉中背の男が座り、今まさに謁見の真っ最中だったのであろう、丸々太った貴族を相手にしていた。
呆然としていた彼らであったが、貴族のほうが一足先に我に返り、青筋を浮かべて怒鳴る。
「何者かは知らんが無礼であろう! 陛下の御前で! 今は謁見中だぞ!」
「よい。あれは余の娘だ」
王の一声で貴族が押し黙る。その表情は、王女を怒鳴りつけたことに気付き、真っ青になっていた。
王はセラに目をやる。ラピスに気づいた様子はない。そのことがリリィを苛立たせた。
「よくぞ帰った。セラフィナイト」
「はい。ただいま戻りましたわ」
跪きもせずに、泰然と応えるセラ。当然、後ろの2人も跪かない。
そのことに王は不快げに眉根を寄せたが、娘の話を優先したのかなにも言わなかった。
「して、ラピスラズリは見つかったのか?」
「はい。見つかりました」
「然様か。なれば婚約の話はまだ生きているな。結構なことだ」
娘の心配よりも国の面子を気にする王に、リリィの視線の温度が下がる。
今にも爆発しそうな彼女を、ラピスは必死で止めていた。
「それはそうと、本日は陛下に大切なお話がございますの」
「……人払いは必要か?」
「いいえ」
「ならば申してみよ」
どこまでも偉そうな王に、セラは堂々と言い放つ。
「本日付けで、わたくしセラフィナイトと──」
後ろを向いて目配せを一つ。
それを受け取ったラピスは、眼鏡を外して一歩前に出た。
「! ラピスラズリ──」
「わたし、ラピスラズリは王女を辞めます。長い間お世話になりました」
ペコリと軽く頭を下げる。
10数える程沈黙が続き、王がそれを破った。
「──…其方らは、自分がなにを言っているのかわかっているのか?」
「わかってるに決まってんじゃん」
「愚問ですわね」
「いいやわかっておらん!!」
王は怒声をあげる。
「其方らはなにもわかっておらん! 王女を辞める? できるわけがなかろう! もう婚約も決まっておる! それを反故にでもしてみろ! 余の面子は丸潰れだ! 其方らは、余の言う通りに生きればなにも問題はないのだ!」
はァはァと息を荒げる王に、姉妹は冷たい視線を向ける。
「娘を自分の道具かなんかと勘違いしてるんじゃない? なんでも思い通りなるってゆうその考え、滑稽だからやめたほうがいいよ?」
「姉さまのゆう通りですわ。その傲慢な態度、改めないとどんどん臣下が離れていきますわよ? わたくしたちのように」
「このっ……っ……!」
怒りのあまり、言葉が出てこない。しかし、姉妹を睨むその目には、殺意の色さえも浮かんでいた。
「じゃ、わたし帰るから。2度と会わないとは思うけど、なんの感慨も湧かないね」
「ですわね。あ、わたくしも一応、お世話になりましたわ。貴方がたのことは大嫌いでした」
ラピスとセラはあっさりと踵を返す。
彼女たちが歩き出したところで、ようやく自らの職務を思い出したのか、衛兵が止めに入ろうとした。
だが、それは適わなかった。
なぜなら──
「──ラピス、セラちゃん。先に行っててくれる? あたし、ちょォっとこのおじさんに用があるから」
目の前の金髪の美女が、尋常ではない殺気を放っていたからだ。
リリィの言葉に、ラピスは頷く。
「わかった。先に行って待ってるね」
ラピスはそれだけ言うと、セラの手を引いて謁見の間を出る。衛兵はおろか、王さえも、それを止めることはできなかった。
視線がリリィに集中する。
気にすることなく、彼女は口を開いた。
「──さて、少しオイタが過ぎたわね。あたしを怒らせたつけは高くつくわよ」