25
食事を終えてまったりとした時間。
「じゃあ作戦会議を始めようか」
毛糸でコースターを編みながら、ラピスがのほほんと言う。
リリィはラピスの膝を枕に「……ええ」と頷き、セラは、以前ラピスが作った編みぐるみを興味深そうにふにふにしながら「……はい」と空返事をした。
それでも気にすることなく、ラピスは議題を発表する。
「わたしが行方不明のままだと、セラの手間が増えたり、勝手に国葬とかされちゃったりしそうだから、正面から正々堂々王女を辞めにいきたいの。だから二人に手を貸してほしいんだけど」
「よろしいですか? 姉さま」
セラが手を挙げる。
「なに? セラ」
「国葬って、そんなに不都合なことですの? 姉さまが死んだことになれば追っ手も来ませんし、王子との結婚もなくなりますし、万々歳じゃありませんの?」
「…………あれ?」
「あと、わたくしに迷惑がかかることを危惧してらっしゃるようですけど、それは杞憂ですわよ? だって、わたくしも王女辞めますし」
「「ええっ!?」」
ラピスとリリィの驚愕がかさなった。
「? そんなに驚くことですの?」
「そりゃ驚くよ! セラってば、法律を変えるってゆって頑張ってたじゃん! 諦めちゃうの!?」
「えっと、それはもういいんですの。姉さまがご隠居なさるなら、法を変える意味がありませんもの」
「……以前から気になってたんだけど、セラはなんで法律を変えたいの?」
「………………秘密ですわ」
「むう……」
不満げに唸るラピス。だがセラは頑として理由を話さない。
ため息を吐いて気持ちを切り替えると、ラピスはリリィに向き直った。
「あのさ、リリィ。今日、セラを泊めてもいいかな?」
「いいわよ。とゆうか、最初からそのつもりだったし」
「ありがと。じゃあわたし、お庭の手入れしてくるね」
一度リリィをぎゅっとしてから、二人に手を振って外に出た。
小屋には二人が残される。先に口を開いたのはセラだった。
「……姉さまに気を遣わせてしまいましたわ」
「そうね。でも、ラピスにはどうしても話せない内容なんでしょ?」
「はい。……リリィさまにでしたら話してもいいと思うのですが、聞いてくれますか?」
「聞くわよ。ラピスもそのつもりだったでしょう──あ」
「? どおしましたの?」
「……ふと思ったんだけど、あたしとラピスが結婚したら、セラちゃんあたしの義妹?」
「ふふ、今は関係ありませんが、確かにその通りですわね。リリィ義姉さまとお呼びしても?」
「! 是非、お願いするわ!」
「ではリリィ義姉さま。聞いてくださいまし」
「……ラピスがシスコンになる理由もわかるわね」
恍惚とした表情のリリィ。
セラは話し始めた。
「わたくしが法を変えようとした理由、それは──」
「それは?」
「それは──姉さまと結婚するためですわ!」
「ラピスはあげないわよ!」
一瞬で血相を変えるリリィ。いくらシスコンに目覚めかけた彼女とはいえ、許せる範囲を超えていたようだ。
「最後まで聞いてくださいまし。わたくしは、姉さまのことが好きです。大好きです。親愛、友愛、恋愛、情愛、敬愛、家族愛、姉妹愛、どの候補も一番は姉さまですの」
「…………セラちゃんも女の子が好きで、その対象がたまたま血の繋がったお姉ちゃんだったってこと?」
「違いますわ。わたくしは別に百合というわけではありません」
「ゆり?」
「東の島国で女性同士の恋愛、または同性を好きになる女性を指す言葉ですわ」
「ヘェ……。あ、ごめんなさい、水をさして。続けて?」
「はい。わたくしは男性を好きになったこともなければ、女性を好きになったこともありません。わたくしが好きなのは、姉さまと、姉さまが好きな人だけですの」
「………」
「だから漠然と、将来は姉さまと家庭を築くものだと思っていたのです。ですが、そこで思わぬ障壁が立ち塞がるのですわ」
「………」
「そう、法律です。我が国──失礼。わたくし、もう王女ではありませんでしたわ。この国では、女性同士の婚姻はおろか、姉妹の結婚すらできませんの。まったく、この法律を作った人は確実に頭がおかしいですわね」
おかしいのはおまえだ、とツッコむ者は、当然ながらここにはいない。
「ですので法律を変えてやろうと、遮二無二努力してきたんですわ。ですがそんな中、姉さまの婚約が決まり、姉さまは逃げ出しました」
「………」
「わたくしを共に連れていってくれなかったことは悲しいですし、行方不明と聞かされたときは目の前が真っ白になりましたけど、その辺は割愛しますわ」
「………」
「今日姉さまと再会して、チャンスだと思いましたの。この森は実質、法の届かない治外法権。しかも最強の魔女、リリィ義姉さまの庇護下ですわ。こんなにも安全な場所はございません。このままここに住んでいれば煩わしい政務や、疎ましい部下とも、金輪際無関係でいられますし」
「………」
「どおでしょう? リリィ義姉さま。わたくしの提案は、『第一王女、第二王女共に死亡したことにする』。且つ、『わたくしを姉さまの傍に置く』。以上ですわ。もちろん、妹として姉さまに接し、逸脱した行為はいたしません」
キスは逸脱した行為じゃねェのかよ、とツッコむ者は以下略。
「…………二つ、訊きたいんだけど──」
「わたくしは姉さまと結婚できないけどそれはいいのか、それと、リリィ義姉さまにどんな利点があるか、ですわね?」
先回りして言うセラの言葉に、リリィはしかし、首を横に振った。