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再び場面は戻り、ラピスたち。
飛行機を飛ばすこと1時間弱。間もなくホルンたちの家に到着するであろう頃。
「ホルンちゃんには、朝イチで出発するって伝えてあるのよね?」
「はい。でも飛行機の速さは伝えてませんわ」
「だからこんなに早く着いて、びっくりするだろうね♪」
ラピスはリリィの背中にくっつきながら、悪戯っぽく笑った。というか、しかけたことは悪戯そのものだった。
程なくして、大きな湖が見えてきた。その畔にホルンたちの住む小屋はある。
楽しみな気持ちが強まり、ラピスはリリィを抱きしめる力を強めた。
「早いね。1時間ちょいくらい?」
「そおね。やっぱこの飛行機便利だわ」
「キャンプにも使えますし、本当優秀ですわよね」
音も立てずに湖畔に着陸。扉を開けて外に出ると、3人揃ってんー、と伸びをした。
そこで、ざばー! と音を立てて湖面が盛り上がり、水しぶきが舞った。
リリィは落ち着いて風壁を張り、ラピスもセラも動じることなくそちらを見る。
そこには、家主以外の気配を感じて警戒心を顕にした深海竜が、ラピスたちを睥睨していた。ベラトリクスである。
彼女は気配の元がラピスたちだと気づくや否や殺気を収め、「きゅう♪」と人懐こい声で鳴いた。
「久しぶりだね、ベラちゃん。わたしのこと憶えてる?」
「きゅう♪」
「あはは、よかった」
またあとでね、と言い残し、ラピスはリリィたちのほうへ舞い戻る。ベラトリクスには悪いが、今はなによりもホルンを優先したいのだ。
代表して、ラピスが小屋の扉をノックする。だが、待てど暮らせど返事はなかった。
「? 返事がないね」
「留守……かしら?」
「わたくしたちが来ることを知った上でですか?」
セラの言う通り、留守の可能性は低いだろう。そう考えて、ラピスは悪いと思いながらも取っ手に手をかけた。すると、扉は抵抗なくするりと開いた。
「あ、開いてる。──…お邪魔しまァす」
小声で挨拶しながら、ラピスは中へと足を踏み入れる。彼女がそこで目にしたものは──
──一切の衣服を脱ぎ捨て、ベッドの上で脚を絡め合いながら、弓なりになって嬌声をあげるホルンとアイリスの姿だった。
一瞬、思考が停止する。同時に足も止まる。このおかげで、リリィとセラがこの場面を目撃することは回避された。
身体を支えられなくなって、ホルンとアイリスは互いへ凭れかかる。双方とも、とても満ち足りた表情だった。
「──…大好きッス、アイリス♡」
「──…自分も大好きだ、ホルン♡」
そこまでをしっかり目の当たりにして、ラピスは盛大に赤面した。幸いにしてまだバレていないようだし、このまま引き返そうとしたそのとき──
「ラピス。玄関で止まるのはやめなさい」
「後がつかえてますわよ、姉さま」
と、二人が普通の声量で言うものだから、ホルンとアイリスがこちらに気づいてしまった。
目と目が合う。ラピスはあははと苦笑いして、ホルンたちはぼんっ! と音と湯気を立てて赤面した。
「──…あうあう……ラピスお姉ちゃん……はわわ……!」
「………………………………」
ホルンは慌てふためき、アイリスに至っては一瞬で気絶してしまった。
それも仕方ない。見られて1番恥ずかしいシーンを見られたのだ。人によっては自殺を考える。
ラピスにもそれはわかるのだが、ホルンが幸せそうなのでゆるむ頬を抑えきれない。
「──…ご、ごめんね。わたしたち、ちょっとツーリングしてからまた来るよ。1時間でいい?」
「………。………。………。………。……はい」
今にも泣き出しそうな涙声で、ホルンは答える。というか、ちょっと泣いていた。
「ラピス? なにがあったの?」
「わたくしにも見せてくださいまし」
「はいはい、野暮なことゆわないの。一旦出直すよ」
半ば強引に二人を押し出すと、ラピスは振り返らずに玄関の扉を閉めた。
それを見届けると、ホルンは全身の力が抜けたかようにへなへなとアイリスの上へ崩れ落ちた。
「で? なにがあったの?」
再び飛行機に乗り込みあてどなく飛んでいると、頃合いを見てリリィはラピスに訊いた。
ラピスは言っていいものか迷って、もにょもにょと口を動かす。
「──…んー。……ごめん。言えないや」
結局黙っていることを選んだ。適当な嘘で誤魔化すのではなく、しっかりと言えないと言うところに、ラピスの誠実さが感じられる。
「そ。なら仕方ないわね」
「無理には訊きませんわ」
リリィもセラも、食い下がることなく引き下がる。ラピスが悩んだ末に出した結論なので、それを尊重しようと考えているのだ。
なにはともあれ、ぽっかりと時間ができてしまった。ホルンを祝う気満々だった彼女たちにはこの上ない肩透かしだ。
「どおしましょうか? 買い物とかするには短いし」
「時間を潰せる場所も近くにはありませんしね」
「お茶でもする? クッキーくらいならあるよ?」
「それで」
ラピスの提案に、リリィは即座に頷く。どれだけ食い意地が張ってるんだと、セラはこっそりため息をついた。




