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「も、申し訳ありませんでしたわ」
深く頭を下げるセラ。
それを横目に見ながらリリィは考える。
「(……危険だと思ったあたしの勘、ある意味当たってたわねェ……)」
気もそぞろに乱れた着衣を直す彼女の目は、どこか遠くを見ているようだった。
詳しくは描写しないがただ一言、色々あったとだけ言っておこう。
乱れた髪も手櫛で直し、セラに向き直る。彼女は未だに、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「はァ……頭を上げてちょうだい。気にしてない──と言ったら嘘になるけど、なるべく早く忘れるから」
「……申し訳ございませんわ」
いきなりもみくちゃにされたのには驚いたが、リリィは彼女に好感を持っていた。
ラピスの妹という事実ももちろん重要なファクターだが、素直に謝ることができるということも、リリィは評価していた。
貴族という生き物は、馬鹿みたいにプライドが高く、驚く程に頭が固くて、無駄に自信満々且つ、引くくらいに自分のことしか考えない、そんな生態のクズだと思っていた。ましてや王族など、それに輪をかけたカスばかりだとリリィは認識していた。
少なくとも、彼女が会ってきた王族は、一部の例外を除いてそんな感じだった。
その王族が頭を下げる。出会い頭には両膝を地面についていた。なかなかできることではないと、リリィは感心したのだ。
「もういいわよ。そんなことより、ラピスに会いたいんでしょ?」
「そうでしたわ! 案内、お願いできますかしら?」
「いいけど……」
リリィは辺りを見回す。彼女の魔法をくらった者と、重傷だった者、総勢500名が眠りこけていた。
「彼らは放っておいて構いませんわ」
「いいの?」
「ええ。姉さまの捜索を渋っていたり、どうせもう生きてはいないなどとほざいていたりしていた輩ばかりですので」
「放っておくわ」
「それがよろしいかと」
リリィは怪我を治すんじゃなかったと後悔しながら、懐からカード程の大きさに圧縮した絨毯を取り出す。宙に投げると、光とともに本来の大きさを取り戻した。
「さ、乗って。10分ちょいで着くわ」
「わァ……! これが有名な空飛ぶ絨毯ですのね! 失礼致しますわ」
喜び勇んで絨毯に乗るセラ。姉とは違い、高い所も平気なようだ。
リンドブルムが手を振って見送ってくれた。
セラは目を輝かせて景色を満喫していた。
「凄いですわ! 木があんな低いところに! あ、見てくださいまし! 人がまるでゴ──」
「それ以上はいけないわ!」
リリィは慌てて台詞を遮った。なぜかはわからない。なにか大いなる強制力のようなものがはたらいた気がした。
「ところでセラちゃん。貴女には一つ言っておかなきゃいけないことがあるの」
「なんですの?」
「ラピスのことなんだけど──」
リリィはことのあらましを話した。
「なるほど。記憶を……」
「ええ。だから彼女は貴女を見ても、知らない人扱いだと思うわ」
「だいじょうぶですわ。出会い頭に一発強烈なのをお見舞いして、わたくしのことを思い出していただきますわ」
「ぼ、暴力はダメよ?」
「当然ですわ。世界一可愛い姉さまに傷でもついたら大変ですもの」
「…………セラちゃん、シスコンレベル高くない?」
「そうですわよ? この世界は姉さまと、それ以外の有象無象で構成されていると公言して憚らないわたくしですもの。もっと褒めてくださいまし」
「褒めたつもりはないんだけどね……」
そうこうしているうちに小屋に着いた。
絨毯から降りてすぐにセラは中に入ろうとしたが、リリィがまず自分が話を通すと言って止めた。セラは不満そうだったが、渋々頷いてくれた。
彼女には外で待っていてもらい、リリィは深呼吸をしてから玄関の戸を開けた。
「──ただいまァ」
「おかえりィ!」
ドアを開けた瞬間にラピスはリリィに駆け寄って、そのまま抱きついた。
そしてなにかを期待するように、少し上を向いて目を瞑る。
その仕種で思い出したリリィは、そっとラピスの唇に自分のそれを重ねた。
「ただいまのキスよ」
「えへへェ、ありがと♡」
嬉しそうにはにかんだラピスは、いつものようにリリィを引っ張ってソファーに移動しようとする。
しかしそれをリリィが遮った。
「ごめんラピス。今日はお客さんが来ててね、今も外で待っててもらってるの」
「そうなの? じゃあお茶の準備しておくね」
「あ、そうじゃなくてね、ラピスにお客さん」
「わたしに?」
可愛らしく小首をかしげるラピス。
「……もしかして、昔のわたしの知り合い?」
「ええ。そおよ」
「おお。とゆうことは、昨日のリリィの推理が当たったってことだね。……うん、ちょっと怖いけど、会うよ」
「じゃあ呼んでくるわね」
姿勢よく立って待つ恋人を残し、リリィは再度外に出た。
そこで待っているセラに声をかける。
「入っていいわよ」
「ああ、ようやくお会いできるのですね、姉さま♡」
そのまま飛んでいきそうな程に軽い足取りで、セラはリリィとともに小屋に入った。
先程と同じ姿勢で待つラピスに、セラを紹介する。
「ラピス。この子はセラフィナイト。あなたの──」
「妹、だよね」
リリィの言葉を遮り発したその答えは、まさに正解だった。
リリィは驚き、まさか記憶が戻った? という視線をラピスに送るも、しかし彼女は首を振った。
「んーん。思い出したわけじゃないけど……なんか、わかる。……久しぶり。でいいのかな?」
前半はリリィに、後半はセラに言う。
セラは両の瞳に涙を溢れさせ、全力でラピスに抱きついた。
「──おひ、お久しぶりですわ! 姉さま! ぐす、う……あ。……ああ、姉さま、姉さまァ……!」
「……うん。ごめんね。心配かけたんだよね」
ラピスはセラを抱きしめ、背中を優しく撫でた。
「はい。……しんぱい、致しました……っ。でも! ご無事で、ぁ、なによりです」
「……ごめん。あなたが妹なのはわかるけど、わたし、あなたをなんて呼んでたのかもわからない……」
沈痛な表情でうつむくラピス。
「……だいじょうぶですわ。わたくしが、思い出させて差し上げます」
そう言うとセラは涙を拭って、笑顔を見せた。
そしておもむろに顔を近づけると、ラピスの唇に自分の唇を押しつけた。




