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家に帰りつき、飛行機を小型化させる。魔女でなくともできるこの魔法のような現象を、ラピスもセラも気に入っていた。
玄関の扉を開けて靴を脱ぐ。目の前のリビングでは、リリィが優雅にティーカップを傾けていた。
──…が、彼女が自分で紅茶を淹れられるわけがないので、中身は冷蔵庫に入っていたジュースだろうと容易に想像がついた。
「ただいまァ」
「ただいまですわ」
「おかえりなさい」
ラピスとセラは真っ先にリリィに近寄りキスをせがむ。普段とは逆のシチュエーションに、なんだか不思議な気分になった。
「ふふ、なんか変な感じね♪」
「うん。おかえりってゆわれたの初めてかも♪」
「悪くない気分ですわよね♪」
3人でぎゅっと抱き合う。満足するまでそうしていて、やがて離れた。
ラピスとセラは着替えにいき、リリィは渡されたマジックバッグの中身を冷蔵庫にしまう。すぐに使う小麦粉などはキッチン周りに置いておいた。
銀髪の姉妹が戻ってくる。二人とも、オーソドックスなメイド服だ。
そこでリリィは違和感を憶える。なんだろう? と首をひねり、すぐに正解に行き着いた。
「なんでセラまで着替えてるの? もう洗濯は終わったでしょ?」
そう。家事を不得手としているため洗濯以外できないセラまで、なぜかメイド服着用なのだ。
この質問にはラピスが答える。口元には優しげな笑みを浮かべていた。
「にふふ♡ セラね、ホルンのために自分もケーキ作りを手伝いたいんだって♡」
「味には直接関係しないところだけですけど。美味しくなくなってしまったら元も子もありませんもの」
「健気ね、セラ。可愛いわ♡」
思わず、といった感じでリリィはセラを抱きしめた。便乗してラピスも抱きしめる。大好きな姉二人に挟まれて、セラは天にも昇る思いだった。
むん、と気合いを入れて、セラはキッチンに立つ。隣にはラピス。リリィはキッチン圏内2メートルには立ち入り禁止。万全の布陣だ。
手を洗って準備完了。強い眼差しでセラはラピスを見る。
「よし、じゃあ始めようか」
「お願いしますわ、姉さま」
「ダメダメ。今は師匠だよ、セラ」
「はい! ラピス師匠!」
「ごめんやっぱやめよう変な気分になる」
自分から言い出しといて即座に撤回するラピス。妹から名前で呼ばれるのは違和感がつきまとうようだ。
仕切り直す。
「まずは卵を割るよ。できる?」
「やってみますわ!」
セラは卵を手に取り、シンクの縁に叩きつける。──羽毛を扱うかのような柔らかなタッチで。
「セラセラ。それじゃ一生割れない」
「もっと強くですの?」
「うん。50倍くらい強く」
「わかりましたわ!」
セラは腕を振りかぶり──そこでラピスに止められた。
「やると思ったよ……。流石は料理音痴だね」
「……姉さまは簡単そうにやってますのに……」
「ま、慣れてるからね。先にお手本見せるから見てて」
ラピスは手近な卵を取って、コンコン、パカッと簡単に割ってのけた。
「コツはシンクの縁じゃなくて平らな面に当てることだよ。あとは経験でちょうどいい力加減を憶えるしかないね」
「……うう、道は険しいですわ」
「頑張れ、セラ!」
こうしてラピスとセラのお料理教室は幕を開けた。
「はい、砂糖入れすぎ。大さじ3杯分減らして」
「まぜが足りないよ。だまにならないようにもっと早く」
「チョコをまぜるなら満遍なくね。重さが違うから、下手すると中がスカスカになっちゃうの」
「ここはリリィが作ったオーブンがあるから簡単だけど、これがないと焼き加減を目視で判断しなきゃいけないからね。目が離せないんだよ」
と、さまざまなアドバイスを貰い、セラはラピスと協力して、なんとかケーキを焼き上げた。そのケーキの上の部分を薄くスライスし、味見をする。
「うん、おいし♡ 上手にできたね」
「本当ですか!? ……はァ、よかったですわ」
「仕上げはわたしがやっちゃうね。セラはちょっと休んでて」
「ありがとうですわ」
お言葉に甘えて、セラはふらふらとリリィの待つソファーに歩いていく。ぼすんと音を立てて、彼女の隣に座った。
「おつかれ、セラ」
「…………本当に疲れましたわ」
もう一度はァ、と息を吐いて、セラはリリィの膝を枕にして寝転んだ。リリィはそんな義妹の頭を優しく撫でる。
「──…改めて姉さまの凄さがわかりましたわ。わたくしよりも働いて、まだピンピンしてますもの」
「凄いわよね、ラピス。それでいて日に日に美味しくなっていくし」
そう思えば思う程、ラピスに対する感謝が大きくなっていく。ラピスが料理をすることを当たり前だと思ったことはないが、少し感謝が足りなかったかもしれない。
リリィとセラがそんな結論に至ったとき、ラピスが戻ってきた。最終調整は終わったらしい。数秒前までキッチンにいた影響で、身体中から甘い匂いをさせていた。
「形成まで終わったよ。デコレーションは明日の朝イチでね」
「ありがとうですわ」
「……美味しそうね」
「でしょ? でもいくらリリィでも、つまみ食いなんてしたら本気で怒るからね?」
「絶対にしないと誓うわ」
本気で怒ったラピスはサクラより怖いのだ。
過去に何度か見た、怒髪天を衝くラピスを思い出し、リリィはブルッと身震いした。
プレゼントの準備は万端。ケーキも完成。体調も完璧。あとは明日のホルンの誕生日を迎えるだけだ。
そう思っていたのだが、ラピスは再びキッチンに立った。
「? まだなにか作りますの? 姉さま」
「へっへー、内緒♡」
悪戯っぽい笑みではぐらかすラピス。
こうなったらどんなに問い詰めても教えてくれないことは知っているので、リリィもセラも、その内緒が明らかになるのを待とうと、優しく微笑むのだった。




