20
1秒の半分程考えてリリィは──
「あら? なんのことかしら?」
とぼけることにした。
証拠はなにもない。しらを切り通せば、確認する術はなにもないはずだ。
それに、セラが言うところの“姉さま”。状況と情報を繋ぎ合わせて考えると、ラピスである可能性が非常に高い。よく見れば目の前のセラも、ラピスによく似ている。
高貴な身分のご令嬢だとは思っていたが、まさかこの国の第一王女だとまでは思っていなかった。
さておき、この少女にラピスの情報を与えるのは危険だと、リリィの勘が告げていた。
「ふふ、とぼけるんですの? 姉さまが逃げたルートを辿れば、この辺りに迷い混んだと考えるのは必然。まだ姉さまが無事でいるとすれば、あなたの手を借りる他ありません。なにせ惑いの森に住む者は、あなたを置いて他におりませんもの」
想像以上にキレる少女だ。説明が理路整然としていて澱みがない。
気を引き締めてかかる必要がありそうだ。
「そうかもしれないわね。でもそこまでわかっていながら、どうしてすぐに捜索隊を派遣しなかったのかしら?」
問いかけると、セラはしてやったり、と笑った。
「すぐ、と仰いましたか? リリィさま。どうして姉さまが逃げ出してすぐに、捜索隊が派遣されなかったのだとお思いで?」
「!」
やられた! とリリィは思った。
気を引き締めると思ったそばからこれだ。失態極まる。どうやら自分に舌戦の才能はないらしい。
「答えは簡単ですわ。あなたは姉さまが逃げ出したのが、2ヶ月前だと知っていた」
「………」
「だからすぐに派遣されなかったと思ってしまったのですわ。わたくしの思惑通りに」
「………」
「そしてそのことを知っている理由。それはあなたが姉さまの側にいるからですわね?」
「………」
「案内していただきますわよ。姉さまの場所まで」
一言も言い返せず黙り込むリリィ。完全にしてやられた。
だが、愛する恋人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。その一心でリリィはリンドブルムの襟首を引っ掴み、一気に10メートルもの距離を取った。
この行動はさすがに予測していなかったらしく、セラは目を白黒とさせる。
「確かにラピスはあたしの家にいるわ」
「あら? お認めになるんですの?」
意外そうな目を向けるセラ。やはり彼女の言う“姉さま”は、ラピスのことで間違いないようだ。
リリィはその視線をしっかりと受け止めた。
「ええ。でも彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」
「? ……危険?」
「だから答えなさい! 彼女に会って、なにをするつもり!? 場合によっては──」
刹那、リリィの周りに幾百の光輝く魔法陣が出現した。
「──この国を滅ぼすことも辞さないわよ」
リリィは全力を込めてセラを威圧する。常人であれば、5秒ともたずに気絶する程の威圧感だった。
そんな中、ふゥとセラが嘆息する。
その胆力だけは褒めてもいいと思うリリィだった。
「どうやら勘違いがあるようですわね。別にわたくし、王位継承権やら妾腹の子やら庶子やらで、姉さまを害そうなどと考えてるわけではありませんわよ」
「…………嘘じゃないでしょうね?」
そこで初めて、セラが声を荒らげた。
「嘘じゃありませんわ! どうしてわたくしが、世界一可愛い姉さまを害さなくちゃいけませんの!?」
「………………へ?」
幾百の魔法陣から輝きが失われた。
セラが距離を詰めてくる。
「どうせさっきのわたくしの怒った表情で勘違いなされたのでしょうから説明させていただきますが、あれは王の遅すぎる対応にイラついていただけですわ! 偉くなればなるほど決定が遅くなるのは貴族制の欠点ですが、それにしても2ヶ月! 2ヶ月ですわよ! 普通なら死んでしまいますわ! その点に関してはリリィさま、姉さまを保護してくださり、誠にありがとうございました!」
「あ、いえ」
「しかしながら! わたくしもう限界なんですわ! 一刻も早く、1秒でも早く、姉さま成分を補給しなければ死んでしまいます! もう姉さまの使用済み下着ではもの足りないんです!」
「し、下着!?」
「ですからお願いしますリリィさま!どうか姉さまの許まで──あら? リリィさま、かすかに姉さまの匂いがしますわね」
「!」
「失礼致しますわ。……ふあァ、姉さまの匂いですわァ。ああ、姉さま、姉さまァ!」
「ぎゃあァあああああああ!!」
惑いの森に、リリィの悲鳴が木霊した。