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瑠璃と百合と姫と魔女  作者: 山原くいな
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キスが解禁になった翌朝。

ラピスとリリィは揃って少し、朝寝坊をしていた。いや、朝寝坊と言うと語弊があるかもしれない。

意識は覚醒していたが、行動を開始せずにいただけだ。要するに、ベッドから出ずにぬくぬくイチャイチャしていたのである。

年中快適な温度に保つ魔法陣の弊害と言えよう。


「──…ぷは。……もう、リリィ。いい加減起きなきゃ。朝ごはんも作らなきゃだし」


くっついていた唇を離し、苦言を呈するラピス。しかし、その声音に本気の色はない。


「……もう1回。もう1回だけだから」

「うぅ、さっきもそれ聞いたよ。…………もう1回だけだからね」


再びキスをする二人。数えてはいないが、目が覚めてからの2時間程で、100回は下らないくらいにキスを交わした。

──二人は完全に、歯止めが効かなくなっていた。


「ひぁっ? リ、リリィ、ひ、ひたはいっへ──」

「──…ん、いや?」

「………………やじゃない」


舌を入れてくるリリィに抗議するも、ラピス自身、本心ではそれを望んでいた。結果、数秒ともたずに受け入れてしまう。

抱き合って、舌を絡めるキスをする。

全身が溶けて、リリィと一つになったかのような多幸感に包まれる。


「(なんかもう、今日くらいはこおして過ごしてもいいかな……)」


そんなことをラピスが考えた瞬間だった。


──クルゥウウウウウウ!!──


どこからともなく、明らかに異常を報せる動物の鳴き声が聞こえたのだ。

がばっと起きあがるリリィ。数秒前の蕩けきった顔が嘘のように、その表情は凛としていた。


「リンちゃんの声だわ。なにか、異常があったみたい」


長い髪をかきあげ、厳かな声で言う。

ラピスもただ事ではないと居住まいを正した。


「──…リリィ」

「ええ、行ってくるわ。……安心して。あたし、ラピスの考えてる1000倍強いから」

「うん。……でも、心配だよ」

「そおよね。じゃあこおしましょう」


凛とした雰囲気を一転させ、リリィはニッコリと笑うと──


「朝ごはんを食べましょう」


──と言った。


「………。………。…………は?」


長い長い時間をかけて、やっとの思いで一音だけ発声に成功する。呆気(あっけ)に取られすぎて、声の出し方を忘れかけた。


「だから朝ごはん。あ、お味噌汁の具はトーフとワカメでお願いね」

「あ、うん。わかった。…………いや、わかんないよ! なんでそんな落ち着いてんの!? さっきのシリアスな空気は!?」

「演技よ」

「演技!?」


驚きが(とど)まる処を知らなかった。


「たまにはラピスに、あたしの格好いい姿見せたかったからね。リンちゃんの声を聞いて、がばっと起き上がったあたしは、我ながらキマってたわ」

「それゆわなければ格好よかったけど!?」

「で、髪をかきあげる仕種でとどめね」

「自画自賛が過ぎるよ! てゆうか、ホントに急がなくていいの!? リンちゃん、凄い吠えてたけど」

「あれは脅威度D──なんか怪しい人がいるよ、ってレベルだから問題ないわ」

「紛らわしい!」

「凛としたあたしを見せたくて、リンちゃんの鳴き声を利用しちゃったのは、まァあとで謝っておくわ」

「はァ……。あの一瞬でそんなことを考えるリリィには脱帽だよ」

「あ、いえ、リンちゃんが鳴く前から怪しい人たちには気づいてたわよ、探知魔法で。でもラピスに格好いいあたしを見てもらうために、なに食わぬ顔でリンちゃんが鳴くのを待って──」

「もうやめてよォ! これ以上がっかりさせないでよォ!」


いやいやと首を振って、ラピスは涙目になった。

一頻(ひとしき)りラピスをからかって満足したらしいリリィは、ふふと笑って彼女の頬に口づけした。

ラピスは落ち着きを取り戻すも、からかわれたことに気づいたのだろう、不満げに頬を膨らませてみせた。


「……むゥ。なんでこんなことしたの?」

「ごめんなさいね。でもその…………キスの止め時がわからなくて……」

「……あー」


完全に納得したわけではないが、自分にも原因の一端があるとわかり、なにも言えなくなるラピスであった。

不思議な沈黙が降りる。

先に口を開いたのはラピスだった。


「えーと、朝ごはん食べる?」

「……いただくわ」


ベッドから降りてメイド服に着替える。最近はこの格好じゃないと落ち着かない程だった。

味噌汁を作り卵を焼く。朝に炊きあがるように調節しておいた炊飯器から、米をよそって並べた。


「ごめんね。すぐに出かけなきゃいけないだろうから、ちょっと手抜き」

「全然いいわよ。美味しそうね。いただきます」

「いただきます」

「まずはお味噌汁──……トーフとワカメじゃない……」

「ふざけたことはもういいけど、わたしを心配させたのは確かだからね。これはそのお仕置き」

「随分可愛いお仕置きだけど。……うぅ、トーフの口になってたのに」

「大根と人参だって美味しいよ?」


少し残念そうにはしていたが、結局はペロリと完食したリリィ。

温かいお茶を飲んで落ち着いてから、のほほんと出かける準備を始めた。


「ホントに大したことなさそうなんだね」

「そおよ。でもラピスはお留守番ね。万が一あると嫌だから」

「わかってるよ。リリィも気をつけてね。わたし、リリィの考えてる1000倍リリィのこと好きだからね」

「あら、さっきのお返し? ふふ、心配しなくても、ちゃんとすぐに帰ってくるわ」

「うん」


頷いてからラピスは、なにかを逡巡する素振りを見せる。

なんだろうとリリィが首をかしげた直後、覚悟が決まったのか、ラピスが距離を詰めてリリィの唇を奪った。


「い、いってらっしゃいのキスだよ。ただいまのキスはリリィからお願いね」


顔を赤くして早口で喋るラピス。さっき散々キスをしていた癖に、シチュエーションが変わると照れるらしい。

リリィはしばし呆気に取られていたが、柔らかく微笑むと恋人を抱き寄せ、頬にキスをした。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「いってらっしゃい。早く帰ってきてね」


天使のように笑う恋人に見送られて、リリィはペットの漆雷獣(ベヒーモス)の許へ飛んでいった。

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