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強いショックを与える。催眠術で記憶を遡る。思い出の場所を巡る。雷に打たれる。目の前で愛する人を喪う。
様々な物語からヒントを得て出したアイディアがこれらだ。どれもこれもパッとしない。特に最後のは最悪だ。リリィが死んでるじゃねェか。
妙案は出ない癖に頭を使ってお腹が空いたのか、リリィのお腹がくゥと鳴った。
「……お腹空いたわ」
「そだね。もうすぐ夕飯の時間だし、ご飯にしようか。なにが食べたい?」
「天ぷら!」
「リリィはホントに天ぷら好きだねェ。わかった。すぐ作るから待っててね」
イチャつくのをやめて、ラピスはキッチンに立った。
最初こそ作るのに時間がかかっていたが、リリィが天ぷらにはまって何度もリクエストしてきたために、ラピスは当初の半分以下の時間で天ぷらを作れるようになっていた。愛のなせる業である。
海老、烏賊、鱚、舞茸、さつま芋、チクワという魚のすり身、玉ねぎや人参の千切り。
ずらっと並べて食卓につく。
「「いただきます」」
すっかり定着した挨拶をして、食事を開始した。練習して使えるようになった箸を使って、リリィは海老を取る。
「ああもう美味しいわね。一生、ラピスが作ったものだけ食べて生きていきたいわ」
「重いよ。愛が重い」
「ふふ、半分くらいは本気なんだけどね」
「でも、デートするとき毎回お弁当って嫌じゃない? おしゃれなお店でディナーとかしたい」
「それもそうね」
和気藹々と食事を続ける。やがて、皿の上が綺麗に空になった。
「ふゥ。美味しかったわ。ごちそうさま」
「お粗末さま」
ラピスが食器を片付けにかかり、リリィは風呂の準備を始める。このあたりは実に手慣れたものだ。長年連れ添った夫婦のような一体感がある。
ちなみにラピスが拾われた当初は、この小屋にはこじんまりとしたシャワー室しかなかった。しかし、リリィが最近東の島国文化にかぶれて、檜の湯船を増設し、洗い場も大幅に拡張した。
この国に湯につかる文化はなかったが、二人には合っていたらしく、すっかり風呂好きになっていた。
「ラピス。お湯溜まったわよ」
「うん。すぐ行く」
リリィが魔法でお湯を出すので、溜まるのは一瞬だ。
その短い時間で食器を洗い終えたラピスは、着替えを持って恋人が待つ風呂場へ向かう。
「最初は恥ずかしがってたのにね」
「リリィこそ、付き合い始めのときは恥ずかしがってたよ」
軽口を叩きながら、脱いだ服を洗濯をしてくれる魔道具に容れていく。
互いに一糸まとわぬ姿となり、浴室のドアを開けた。
東の島国の文化に倣って、まずは身体を洗う。湯はくつろぐためにあるので、身体や髪の汚れを溶かしてはいけないという考えだ。ラピスもリリィも大いに同意した。
身体についた泡を洗い流し、自分の身体を見たタイミングで、ラピスはふと思った。
「う~ん……。はえてこないなァ……」
彼女は首をかしげて、己の一部分を見ながら呟く。
自分の歳ならば、既にはえ揃っていて当然のはずのそこは、見事につるつるだった。そこだけではない。手や足もそうだし、顔に至っても、全くムダ毛がはえないのだ。
なにかの病気かとも思っているが、さすがに恥ずかしく、恋人のリリィにも相談できずにいた。
だがラピスのそんな呟きは、隣の恋人に筒抜けだったらしい。
「なに? ムダ毛の心配?」
「え? あ、うん。似たようなものかな」
曖昧に頷くラピス。
「心配ないわよ。あたしが毎日肉体の最適化魔法かけてるし」
「え!? なにそれ!? 初耳なんだけど!」
「そおだっけ? まァだから、気にする必要ないわよ」
膝裏まである長い髪を濡らしながら、あっけらかんとリリィは言った。
ため息を一つ吐く。立ち上がってリリィの後ろに行き、髪を洗うのを手伝った。
「ありがと」
「んーん。だけど魔法のことは一言ゆって欲しかったかも。変な病気かと思って不安だったもん」
「ごめんね。でも、恋人にいつでも綺麗な身体でいてほしい、って思うあたしの気持ちもわかってほしいわ」
「…………ん」
リリィの気持ちもよくわかったし、心遣いも嬉しかったのでなにも言えなくなる。はえてこないのは恥ずかしいが、リリィのためなら我慢できた。
照れ隠しに、いつもより激しくリリィの頭を洗う。リリィは「んぁー……」とだらしない声を出して喜んでいた。
長く綺麗な金髪を洗い流し、交替する。
肩口程の長さの、柔らかく青みがかった銀髪に、リリィの指が入った。
「にゃうー……」
「はァ……ラピス可愛すぎ♪ 抱きしめていい?」
「……今抱きしめられたらわたし、鼻血出して気絶するよ?」
「そうねェ、前例があるもんねェ……」
「む。リリィだってわたしがほっぺにキスで起こしたら、真っ赤になって気絶したじゃん」
「そ、それはゆわないで……」
ラピスの髪も洗い終わり、二人は髪をまとめて湯船につかった。
ゆったりとした時間が流れる。
お互い触れ合っているわけでもないのに、二人は幸せを共有していた。
風呂から上がって寝間着に着替える。濡れた髪はリリィが魔法で乾かした。
「便利だよね、それ」
「魔法の真骨頂ね」
絶対に違う、とラピスは思ったが、便利には違いないので黙っていた。
並んでベッドに入る。
これも最初は恥ずかしがっていたが、今となっては熟年夫婦のよう以下略。
抱き合って至近距離で見つめ合いながら「おやすみ」と交わし、そのまま寝るのが二人の習慣だったが、今日は少し違った。
「……結局、記憶を取り戻すとかなおざりにしちゃったね」
「そうね。でもそのうち、手がかりが向こうからやってくるような気もするわ」
「……その心は?」
「ラピスが高貴な身分なら、捜索隊が派遣されるはずでしょ? この森は危険な動物が多いしリンちゃん──漆雷獣もいるけど、2ヶ月もすればこの辺りに捜索の手が伸びてもおかしくないわ」
「それがそろそろだって?」
「ええ。もし近くまで来たら、あたしかリンちゃんが気づくわ」
「そっかァ。じゃあとりあえずそれを待とうかな。当てが外れたら、他の手段を考えよう」
「それがいいわね」
一層強く、ラピスを抱きしめるリリィ。
そこでラピスは大事なことを思い出した。
「ねェリリィ。記憶がないと──てゆうか本名がわからないと結婚できないんだよね?」
「? ええ。その通りよ」
「で、わたしの記憶が戻ったら、リリィはわたしをお嫁さんにしてくれる」
「て、照れる言い方するわね。それもその通りよ。本音を言えば今すぐお嫁さんにしたいくらい」
「えへへ♡ でさ、ここからが本題なんだけど、つまりわたしとリリィは婚約者同士、ってことだよね?」
「! そうね! そうだわ! ……ふふ、婚約者かァ♡」
「だからさ──」
不意にラピスは顔を近づけて、リリィの唇に自分の唇を押しつけた。
──たっぷり10秒程体温を交換し、ラピスは離れた。
呆然とするリリィに、ラピスは悪戯っぽく微笑む。
「──こうゆうのも解禁だよね?」
「………」
「……愛してるよ、リリィ」
「……あたしも、愛してるわ、ラピス」
再び二人の距離が縮まり──やがて、ゼロになった。