13
「ラピス。紅茶を淹れてくれる? 今日はダージリンがいいわ」
「紅茶通ぶらないでよ。うちにはダージリンしかないじゃん。──わかった、待ってて」
ラピスがとてとてとキッチンに向かうのを確認し、リリィはアイリスに向き直った。
「さて。なにから訊きたい?」
少し考え込む仕種を見せたあと、アイリスは口を開いた。
「…………リリィ先輩は、女性が好きだったんですね」
「そうよ。隠してたわけじゃないけど、わざわざ自分から言うようなことでもないし」
「承知しております。次に、もし自分が先輩に告白していたら、受けてくださいましたか?」
「………」
黙りこむリリィ。あまりにも突然すぎて、脳の処理が追いつかなかった。
「え、それって──」
「もちろん冗談です。先輩は自分のタイプではありませんので」
「! と、年上をからかうものじゃないわよ」
「すみません。ちょっとした嫉妬です。多目に見てください」
アイリスはなにかを諦めたように笑った。
その表情と、先程のアイリスの台詞から、リリィは結論を導きだす。
「……まさか」
「一目惚れでした」
アイリスの視線の先にはラピスがいた。真面目な顔で茶葉の蒸らし具合をチェックしていた。
「こんなにも愛らしい存在がいるのかと、我が目を疑いました。見ただけでは到底存在を信じられず、声をかけたのですが……はは、ずいぶんと意味不明な話しかけかたになってしまいました」
「………」
「声を聞いて更に驚きましたね。鈴を転がすような、とは正にこのことかと」
「………」
「今日の帰りにでも、告白しようとしたんです。成功すれば万々歳。失敗すればここには以後立ち寄らない。掃除なら彼女がしてくれますしね」
「………」
「ですが……まさか挑戦することすらできないとは思いませんでした。初めての失恋ですが、結構クるものなんですね」
「…………ごめんなさい。でも、ラピスはあたしの彼女よ。あなたより、あたしのほうがお似合いだわ」
「ええ。自分もそう思います。悔しいですが、とてもお似合いです。……羨ましいくらいに」
「…………ありがとう」
涙を堪え、精一杯の笑顔を見せるアイリスに、最大限の敬意を込めて、リリィはお礼を述べた。
気まずい沈黙が支配するなか、紅茶を淹れたラピスが戻ってきた。
「お待たせしました。ってリリィもアイリスさんも、どうしたんですか!? なんか、ひどく落ち込んでるように見えるけど……」
「え? だ、だいじょうぶよ。紅茶ありがとう。いただくわね」
「? アイリスさんもどうぞ。お口に合えばいいんですが」
「ありがとう。いただくよ」
優雅な仕種で、アイリスはカップを傾けた。
「……美味いな。こんなに美味い紅茶は飲んだことがない」
「えへへ、大袈裟ですよ」
「いや、本心だ。……どうだ? ラピス。自分と結婚して、毎日自分に紅茶を淹れてくれないか?」
「あはは、アイリスさんも冗談を言うんですね。でもごめんなさい。わたし、リリィ一筋なんで♡」
「……はは、フラれてしまったか。──お幸せにな」
「はい!」
アイリスは無理矢理笑って紅茶を飲み干すと、席を立った。
「さて。そろそろ自分はお暇するとしよう」
「え? まだ来たばっかじゃないですか」
「そうは言うがな。することもなくなったし、なにより……はは、二人の愛の巣に長々とお邪魔するのは心苦しい」
「はう!」
真っ赤になって硬直するラピスに、「ではな」と声をかけ、アイリスは外に出る。
後ろにリリィが続いた。
「では先輩。自分はちょっと、失恋旅行に行ってきます。どこかオススメなどありますか?」
「……それなら東の島国がいいわよ。あたしは行ったことないけど、食べ物が美味しいらしいわ」
「ふむ。ではそこに行ってみます。そのうちお土産でも持ってきます」
「……ええ、楽しみにしてるわ」
アイリスはリリィの後ろに一瞬目をやり、悪戯っぽく笑うと、急に距離を詰めてきた。
「ではまた会おう、リリィ」
「!」
無防備なリリィの頬にチュッとキスを落とし、アイリスは箒に乗って飛んでいった。
頬を押さえて呆然とするリリィ。
弟子の行動の意味がわからず、首をひねっていると──突如背中に、途轍もない寒気が走った。
恐る恐るその場で振り返る。
「…………リリィ……」
後ろに吹雪でも見えそうな程、苛烈且つ、静かに怒るラピスがそこにいた。
今になってやっと気づく。アイリスの最後のあの行動は、ラピスがいることに気がついたからだったのだと。
してやられたと感じながら、必死に弁解する。
「ちが、違うわラピス! あれはアイリスが勝手に──」
「あ゛!?」
「すみません!!」
ビシッと背筋を伸ばすリリィ。だが、自分のことが好きだからこそラピスが本気で怒っていると思うと、少し嬉しく──
「なにニヤニヤしてんの!? 反省してないでしょ!? リリィ正座!!」
「セ、セーザ?」
「東の島国の伝統的な反省方法! そこで膝曲げて座る!」
「また東の島国!」
「リリィッ!」
「はい! 座ります!」
いや、やっぱり程々にしてほしいな、と思ったリリィであった。