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瑠璃と百合と姫と魔女  作者: 山原くいな
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ラピスの記憶はまだ欠片(かけら)も戻っていない。それでも彼女は明るく、楽しく、幸せに過ごしていた。

もちろん、それにはリリィの存在が大きく関わっている。だがそれとは別に、自分の好きなことができるということも、ラピスの幸せに拍車をかけていた。


記憶が戻ったわけではないのだが、ラピスは以前、やりたいことをやりたいと言えない立場だったような気がするのだ。だから今、気ままに料理や掃除をするのがとても楽しい。それで好きな人も喜んでくれるのでなおさらだ。


そのことをリリィに伝えると、やはりラピスは高貴な身分だったのではないかと推測を述べられた。

ここからは完全にリリィの趣味が混じった妄想なのだが──高貴な身分のラピスは隣国の王子と婚姻を結ばれそうになり、男と結婚なんて無理だと彼女は屋敷から逃走。追っ手を差し向けられるもなんとか逃げ続け、その過程で川に転落。川底で頭を打つなどして記憶喪失となり、リリィの許へ流れ着いた──という根拠ゼロの壮大なストーリーも披露してくれた。

妄想が多分に入っているものの矛盾はなく、なんとも反論しづらい推論であった。


そんなこんなで、趣味と実益を兼ねた家事をこなしたり、東の島国料理のレパートリーを増やしたり、リリィとイチャついたりと多忙な日々を過ごすラピス。

魔道具の開発をしたり、まだラピスには話してないお歴々の依頼を片付けたり、ラピスを甘やかしたりと忙しい毎日を送るリリィ。


二人の日常に、とある来訪者がやって来たのは、二人が恋人になってから20日が経とうとしていた日。つまり、ラピスが拾われてからちょうど一月(ひとつき)

そう、リリィの友人の魔女の来訪である。




その日、ラピスはガーデニングに勤しんでいた。この一月(ひとつき)で、部屋着同然となったメイド服着用である。料理、掃除、庭仕事、どんなときでも機能的なこの服を、ラピスは万能だと信じていた。


雑草を抜き、花に水をやる。育てているのは百合の花だった。

さすがに庭師の知識はないので探り探りのガーデニングになるだろうが、それすらもラピスは楽しんでいた。

それに──


「(えへへ。リリィと同じ名前の花♪)」


ということもあり、ラピスの上機嫌は天井知らずに高まっていた。

だからだろうか──


「ほう、百合の花か。なかなかいいセンスをしているな」


すぐ後ろから声をかけられるまで、その存在に気づかなかったのは。

驚き、慌てて振り返るラピス。そこには、背が高く、褐色の肌と薄紫色の髪を(たずさ)えた、妙齢の美女が立っていた。


「テッポウユリ、ヤマユリ、オトメユリにタカサゴユリ。実に美しいセンスだ」

「は、はァ。……ありがとうございます?」

「惜しむらくはマドンナリリィがないことだな。どれ、たまたま自分が持っていた球根をわけてやろう。育ててみるといい」

「は、はい……。ありがとうございます」

「ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。自分はアイリス。ここに住んでいるリリィ先輩の弟子だ」

「あ、わたしはラピスです。リリィのこい──リリィと一緒に住んでます」


恋人と言ってしまいそうになったが、リリィが隠したがるかも知れないので、咄嗟に台詞を変えた。


「ふむ、住み込みで働いているのか。まさか先輩の散らかし癖に対応できるメイドがいるとはな。若いのに大したものだ」

「あ、いえ。メイド服(こんな格好)ですけど、わたしメイドじゃないです。これは趣味で着てるみたいなものでして。もちろん家事はちゃんとやりますけど」

「そうだったのか、失礼した。だが、君が掃除をしてくれているのなら、自分の来る必要性がなくなるな。月に一度の大掃除は自分のルーチンワークだったのだが」

「えっと、すみません」

「なに、謝る必要はない。むしろ感謝したいくらいだ。先輩は何度言ってもものを決まった場所に置けない人だからな」

「あ、あはは、否定できないです」

「だろう? しかし、せっかく来たのにこのまま帰るというのも面白くない。顔くらいは見せておこうと思うのだが」

「でしたらどうぞ、上がっていってください。多分、机にかじりついて魔法陣の研究をしてると思うので」

「ああ、すまないな。そうさせてもらおう」


ラピスは簡単に埃を落とすと、アイリスを案内すべく玄関を開けて、どうぞと促す。

想像以上に片付いている室内に息を呑み、アイリスは小屋に入った。


リリィは机で書き物をしていた。集中しているらしく、ラピスたちが入ってきたことに気づいていない。

その眼差しは真剣で、とても声をかけられる雰囲気ではない。


「……今は邪魔をしないほうがよさそ──」

「リリィ! お客さんだよ!」


真剣な雰囲気をぶった切って、ラピスは大声で呼びかけた。経験上、このくらいのボリュームでないと気づいてもらえないと知っていたからだ。

驚くアイリスを余所(よそ)に、ラピスはリリィの肩を揺する。

リリィはようやく、ラピスたちに気がついた。


「あら、ごめんなさい。集中してて気がつかなかったわ。いらっしゃい、アイリス」

「は、はい。一月(ひとつき)振りです、リリィ先輩」

「そうね。でもごめんなさい。ラピスのおかげで掃除の必要はなくなったわ」

「そのようで。しかし先輩、よろしかったのですか?」

「? なにが?」

「凄く集中されているように見えたので、お邪魔だったのではと」

「ふふ、ラピスより優先することなんてないからだいじょうぶよ」


言いながらラピスの肩を抱くリリィ。

ラピスは少し赤くなってはにかんだ。


「……ずいぶん、仲がよろしいのですね」

「当然よ。あたしの彼女だもの」

「は?」

「だから彼女。恋人よ♪」


言葉を失って固まるアイリス。数秒硬直したあと、ぎぎぎと、やっとのことでラピスに目を向ける。

ラピスは嬉しそうに微笑んで、一礼した。


「改めまして、リリィの恋人のラピスです。以後、お見知りおきをお願いします」


アイリスは再び硬直した。

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