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互いの体温をたっぷりと交換し、二人は離れた。
「……あ、あはは。な、なんか恥ずかしいね」
「そ、そうね。改まっちゃうわね」
「あ、あのさ、リリィさん」
「リリィよ。さん付け禁止」
「え、あ、う…………うぅ、リ、リリィ」
「ふふ、なァに? ラピス♪」
「むゥ、リリィさ……リリィの意地悪」
プイッと外方を向くラピス。
それを見て我慢ができなくなったリリィは、恋人を後ろから抱きしめた。
「ふふ、ごめんねラピス。つい舞い上がっちゃって」
「…………いいけどさ」
自分の前に回されたリリィの手を、そっと握るラピス。穏やかな時間が流れた。
「……なんかいいわね、こおゆうの」
「だね。好きな人といるだけで、幸せだなァって思うよ」
「は、恥ずかしいこと言うわね」
「へへ、さっきの仕返し♪」
ペロッと舌を出すラピス。そんな何気ない仕種さえ可愛いと思えた。
「あ、そおいえばさ、リリィがさっき完成させたまほうじん、どんな魔道具になるやつなの?」
「そおだったわ! 自信作なの! 見て見て!」
テンション高くそう言うと、リリィはラピスから離れて机に向かう。
ラピスは少し──いや、かなり残念に思ったが、これから先はいくらでもイチャイチャできると考え、表情には出さなかった。
「じゃーん!」
「いや、ただの土鍋にしか見えないし。わかんないし」
「そおだったわね。なんとこれはね、お米を自動で炊いてくれる魔法陣を刻んだ土鍋なのよ!」
キラキラした瞳でリリィは続ける。
「ラピスが土鍋で炊いてたのを見て、大変そうだなァって思ったの。火、強めたり弱めたり面倒でしょ? でも! この土鍋を使えば、お米を入れて水を入れて、蓋をして30分待つだけでお米が炊き上がるの!」
キラキラした瞳でリリィは更に続ける。
「もちろんお米と水は適量を入れなきゃいけないし、稼働中は発熱するから注意が必要だけど、それでも手間隙は減るし、なによりあたしでも料理のお手伝いができるようになるの! ああ、これから毎日お米が食べられるなんて、我ながら素晴らしい発明をしたわ! どお? ラピス。凄いでしょ!?」
「…………あ、うん。凄いね。凄い凄い」
「淡白な反応!? なんで!?」
さっきまでのキラキラな瞳が嘘のように、リリィは涙目だった。
「えっと、ホントに凄いと思ってるんだよ? でも、リリィめっちゃ喋るなァって思って。まほうじんの驚きより、そっちの驚きが勝っちゃった……」
「そ、そお……」
「あ、でも、好きな人の意外な一面が見られて、わたし嬉しいよ。この土鍋もありがとね。毎日使うよ」
ラピスが微笑むと、リリィの涙目は呆気なく引っ込んだ。
「ふふ。そおだ、この魔道具に名前つけなきゃね。なにか案はある?」
「急に言われてもなァ。……ご飯を炊く器だから『炊飯器』とか?」
「! いいわね、それ。あたしの考えた『マジックライスボウル2号』より断然言いやすいわ」
「…………リリィ、ネーミングセンスがバグってるんだね」
この意外な一面は知りたくなかったなァ、と呟くラピス。油断すると、1号はいつ作ったんだよ馬鹿、と悪態を吐いてしまいそうだった。
「じゃあ早速使わせてもらおうかな。さっき炊いたご飯はリリィが殆ど食べちゃったし」
「美味しかったから仕方ないわね。正直、食べすぎた感はあるけど」
「美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど……太んないでね?」
「だいじょうぶよ。あたし、食べても太らない体質だから」
「………………」
「無言で睨むのやめて。怖いわ」
「…………食べても太らなくて、いつまでも若くて、肌もスベスベで、サラサラの金髪で、綺麗な顔してて、スタイルも完璧。……全女性の敵だね」
「そんな全女性の敵がラピスの彼女なんだけどね」
ふふ、と微笑むリリィに、照れた顔ではにかむラピス。
誤魔化すようにラピスは作業を始める。
「ゆ、夕飯はちょっと手の込んだものを作ろうかな」
「なに作るの?」
「えっとね、『天ぷら』っていって、東の島国で愛されてる国民食だよ」
「また東の島国! あたし、もうすっかり東の島国のファンだわ」
「わたしもだよ。いつか行ってみたいよね」
「じゃあ新婚旅行で行きましょ♪ 近いうちに」
「えへへ。いいね、それ。楽しみにしてるね♡」
二人して和やかに笑うその姿は、喩え女性同士であっても、何年も連れ添ったお似合いのカップルに見えた。