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──少女は走っていた。
鬱蒼とした森の中を、場に似つかわしくないドレス姿でひた走る。枝や木の根などに引っ掛かりボロボロになってしまったそのドレスは、かろうじて少女の胴体を覆うのみで、太腿などはあらわになってしまっていた。
元は美しかったはずの青みがかった銀髪も、今や汗と泥でベタベタだ。
しかし気にせず少女は走る、追っ手から逃げるために。
「おい! いたか!?」
「いや、こっちにはいねェ!」
追っ手の声が聞こえた。思っていたよりも近い。
少女は慌てて近くの草叢に飛び込み、無理矢理呼吸を調えて息を潜めた。
「まだ遠くには行ってないはずだ! 隈なく探せ! ただし、傷一つでもつけるんじゃねェぞ!」
「おう!」
追っ手の声が遠ざかる。それを確認して、少女は反対方向に駆け出した。
しばらく走ると、少女は大きな川に行き当たった。追われているストレスと極度の疲労、更には汗となり失われた水分の不足から、少女はここで少し休むことを決めた。
川の水を掬って飲む。お腹を壊さないか心配だったが、透明度は高かったし、なにより疲労が限界に近かった。
両手で何度も水を掬い、飲む。
回数が10回を超えたあたりで、ようやく少女は人心地ついた。
だがあまりのんびりはしていられない。追っ手が来る前に逃げなくては。
そう思い、少女は痛む身体に鞭打ち立ち上がった。
そこに──
「──いたぞ!!」
「!!」
見つかった!
追っ手が来たのだ。
少女は慌てて駆け出そうとする。だがそれがよくなかった。
見つかってしまったという焦りと、悪路を走り続けた疲労から、少女はバランスを崩し──
──ざぶんっ──
と、川に落ちてしまった。
「!! 姫さまっ!」
追っ手が叫ぶもまるで意味をなさず、少女──この国の姫は流されていく。
疲労の溜まった身体は満足に動かず、水を掻くことしか出来ない。更に運の悪いことに、流れが急に加速し、少女の身体を川底の岩に強かにぶつけた。
衝撃、疲労、酸素不足。少女が気を失うには充分すぎた。
気絶する直前、少女は思った。
「(──ああ、どうせなら死ぬまえに、素敵な恋の一つでもしてみたかったな……)」
少女が何を思おうと、追っ手が何を叫ぼうと、川の流れは止まらない。
ただただ、少女の身体を押し流していく──。