閑話 騎士たる者
いやはや、本当に神殿長から魔術を教わる事が出来るとは。これでスティラ様も一流、とまではいかなくとも、それなりの使い手になれる事だろう。僕は夕食後の紅茶を飲みながら今後の予定に思いを馳せる。
記憶に新しい、先日の森でゲルグベアを巨大化させた事を思い出す。光属性の基本である魔術「クーベルメ」くらいしか使えない彼女は、渾身の魔力を込めてそれを放った。基礎的な魔術でも、大量の魔力を消費する事で飛躍的に威力を高められる。そして威力を高めた結果がアレだ。全て吸収されて見事に巨大化してしまった。
あの魔獣はヴァルクリント家の所属していた南の領地モルゲンレーテには生息していない。北の領地では当たり前の事なのだろうが、初めて北国へ来た彼女が知らないのは当然だ。存在を知っていても、実物を見た事が無かった僕も迂闊だった。まずは様子見をしてから作戦を考えるべきだった。その失敗で落ち込んでいる彼女を見ていると、自分がまだまだ未熟だと思い知らされる。
スティラお嬢様は上級貴族に匹敵する程魔力量が多く、それなりに魔術回路もある。しかし実践経験と魔術の知識が足りないのだ。これは実に勿体無い。そこに一流の魔術師である神殿長から教えを請うチャンスが来たのだから、願ったり叶ったりであると言えよう。
もう一口紅茶を飲んでカップを置く。私はジョルジュ・ステイメン。スティラお嬢様の護衛騎士として仕えて何年だろうか。私が初めて彼女を見たのはヴァルクリント家に仕えてすぐの事だった。その頃はまだ幼い次期当主で、7歳の洗礼式を終えたばかりだったか。
この国の子供は7歳で洗礼を受け、15歳で成人する。彼女は15歳だから、本来なら今年成人式を迎えるはずだった。だが、今の彼女は貴族の血を引く少女に過ぎない。貴族としての家も、立場も、後ろ盾も無い。平民の成人式に出る事などありえない。どこかに根付くまでは成人式を迎える事はないだろう。
「やっとわたくしの才能を発揮する事が出来そうね」
「ええ、魔術を嗜めば貴族として返り咲く可能性も高まりますね」
天音が許可を取った事を伝えてくれてからスティラは上機嫌だ。通常なら洗礼式から成人式までの間に貴族としての暮らし方や剣術、魔術など教わるのだが、彼女はそれらを充分に教わる事が出来なかった。
他の貴族の謀略によって力を失って行くヴァルクリント家にそんな余裕が無かったのだ。故に彼女は貴族としての知識はあるが、剣術も魔術も基本的な事しか学んでいない。
「ジョルジュはどうかしら? 騎士団で鍛錬出来そう?」
「どうでしょう。あそこで僕より腕が立つのはジルオール班長だけでしょうから」
スティラはカチャリとティーカップを置いて話を続ける。少し前まで文無しで泊まる所さえ無かったと思うと、随分まともな生活になったものだと思う。神官長の計らいもあるが、騎士団の手伝いと言う仕事にありつけたのが1番大きい。臨時とは言え貴族階級の仕事だからそれなりの報酬を期待出来る。しばらくはこの街で資金を貯める事が出来そうだ。
「あのおじさまがジョルジュより上なんですの?」
「ジルオール班長は元々中央の騎士でしたからね。本気を出されたら勝ち目はありませんよ」
疑わしそうな顔で此方を見ているスティラ。確かに見た目は体格の良い中年だが、あの眼を見たらどれくらいの力を持っているかすぐに分かる。どのような策を講じても、此方の手の内など簡単に見抜かれてしまうだろう。指揮官としても騎士としても有能な人物なのは間違い無い。
「じゃあツバキに訓練相手してもらった方が良いんじゃなくて?」
「それは難しいでしょう。彼女も忙しいですから」
いつも天音の側に仕える護衛騎士の様な存在であるツバキ。恐らくあの娘は人間では無い。使い魔の類だとは思うが、あれ程の使い魔を常時動かすとなるとどれ程の魔力が必要なのだろうか。それを可能にする天音の魔力量は計り知れない。あの小さな身体の何処にそんな魔力を秘めているのか実に興味深い。
「そうよねぇ、ツバキは何時も天音の護衛をしているものね」
「本当に不思議な2人、いや3人ですね」
天音の保護者の様な立ち位置にいるグレイスと言う男もまた普通では無い。魔宝具らしき双剣を持ち、隙の無い動きから察するに班長以上の強者だと想像出来る。兎に角、あの3人は一体何者なのだろうか。
「それにあの怪鳥は何なんでしょう?」
「グレイス殿に聞いた所、どうやら森で拾った霊鳥の雛らしいですよ?」
グレイスは簡単に言ってのけたが、霊鳥などそうそう見かける物ではない。数千年を生き、やがて神の遣いになるとまで言われているねような存在なのだ。
「あの大きさで雛鳥なんですね……」
「全く末恐ろしい事です」
何にせよ、あの3人と1羽は必ずこの国に影響を及ぼす事だろう。その時こそ、ヴァルクリント家再興のチャンスが訪れる可能性が高い。それまでに出来る事をやっておかなければならないな。思案に耽っているとスティラが少し暗い表情で僕へ語り掛ける。
「あの、もしも、万が一ですけれど、ヴァルクリント家再興が果たせなかったら、貴方はどうするのかしら……?」
何時も勝ち気で高笑いしているような彼女が、珍しく弱気になっている。家も土地も失い、あちらこちらを転々とする根無し草となってもう何年目だろうか。まだ若い彼女が不安になるのも無理はない。
「そうですね、その時はスティラお嬢様がどこか良い場所を見付けて、落ち着くまで見守ってから職を探す事にしましょう」
「ジョルジュは後悔してないのかしら、わたくしを見捨てて何処かの騎士となった方が良かったと……」
ふむ、これは本当に珍しい。ここまで弱気になっている彼女は初めて見る。おそらく、僕が臨時とは言え、騎士団に迎え入れられているのに、自分は教会の手伝いくらいしか出来る事が無いと言う現実を目の当たりにしたからだろう。
「後悔なんてありませんよ。何処かの騎士になったらこのように色々な国を旅する事は出来ませんから。それに亡き先代に頼まれましたからね」
「そう……なら良いのだけれど……」
先代のゴルフファルド・ヴァルクリントには恩もある。彼は巧みな魔術と剣術で名を馳せた騎士であった。その先代が亡くなる前に、娘の事を頼むと言われたからにはそれを通すのが騎士たる者の務めなのだから。
「さて、そんな暗い顔をしていたら天音に心配されますよ。明日からは更に忙しいのですから、今日は早くお休みになって下さい」
「え、ええ、そうするわ」
彼女がベットに潜り込むまで見守り、自分も就寝の支度をする。とは言っても毛布2枚で、床で眠るのだから時間は掛からない。騎士として野営や野宿に慣れているから、特に問題は無い。むしろ雨風を凌げるのだからそれだけで有り難いくらいである。
毛布を用意したものの、再び席に着いて冷めた紅茶を飲む。まだ考えておかなくてはならない事がいくつもあるのだ。主の暴走に振り回されないように、常に余裕を持った柔軟な計画を用意しておかなければならない。
「さて、これから忙しくなりそうですね」
そう呟いて、僕は少し笑った。
ジョルジュの一人称を変えました。
お転婆お嬢様に振り回される護衛騎士の鑑ですね。




