こんにちわ異世界
……部屋の外から鳥の囀りが聴こえる。
窓を覆うカーテンの隙間から、眩しい朝日が射し込み、わたしの瞼をノックする様に目覚めを促す。
……うーん。もう朝なのか。今何時だろうか。早く起きないと遅刻しちゃうかな? でも後10分だけ……いや、むしろ30分……
……あれ? でもおかしいな? いつもならそろそろお母さんが痺れを切らして起こしに来るはずなんだけど、どうしたんだろ?
何となく違和感を覚えたわたしはとてつもなく重い瞼を開き、よっこいしょと、ベッドの上で上半身を起き上がらせる。
何だか凄く頭がボーっとしている。それと身体中が痛い。特に両足が痛い。何でかなー? 昨日そんなに運動したっけ? どうだっかなー?
………
違ぁう!!
確かわたしは意味不明な超常現象で! 見知らぬ土地へ落ちて来て! 一日中山と森を彷徨ったあげく! 最後には遭難して意識を失って! それで! ……それで?
……えーっと、ここは何処でしょう?
遭難した記憶が蘇って意識はハッキリしたものの、まだ回転数の上がらない頭を動かしてキョロキョロと周囲を見回す。
視界に映るのは、まるで見覚えのない部屋だ。八帖くらいの広さで、部屋の中心に木製の少し小さめのテーブルと椅子があり、天井に照明らしき物がある。らしき物と言うのはわたしの知っている照明では無く、金属に宝石が嵌め込まれた物がぶら下っているのである。蝋燭でもないし、電球でもない。でもポジションと雰囲気からして照明以外の物とは思えない。
それ以外にはわたしが寝ていたベッドが壁際にあるだけ。とても簡素な部屋だった。
壁は木を積み上げたような作りをしていて大きめの窓が二つ、カーテンがあるものの、ただ大きい布をカーテン代わりに使っているだけだ。
うーん。確かこういう家ってログハウスって言うんだっけ? 実物は初めて見るけど、わたしの知識にあるログハウスより随分とワイルドって言うか雑な作りって言うか……
いやいや、今はそんな事はどうでも良いのだ。結局ここは何処で、わたしが意識を失ってから何がどうなって現在ここに居るのか。それを知りたい。
取り敢えず、ゆっくりと深呼吸して落ち着き、意識を失う直前の事を思い出そうと目を瞑ってあの時の光景を思い浮かべる。突然大自然の真ん中に落ちて来て、その後森の中で遭難して、日も暮れて諦めた時に現れたおじいさんが現れて……
もしかしてあの人が助けてくれたのかな? 思い出せる記憶の最後に見た謎のおじいさんの事を思い出したその時、扉がガチャリと音を立てて開いた。
片手にトレーのような物を持った人がゆっくりと部屋に入って来る。トレーの上には水の入ったコップとポットのような容器が載っていた。
その人こそ、まさに今思い出していたおじいさんその人だった。心なしか呆れたような表情をしているのはわたしの気のせいだろうか。
「■■■……?」
……え? 何?
おじいさんが何かを喋った。喋ったのは分かる。でもわたしには何を言っているのか、全く理解する事が出来ない。聞いた事の無い言語だったので、当然返事など出来ない。
ちょっと待った! 今の何語!? わたしやっぱり全然知らない異国に瞬間移動しちゃったの!?
どうしたらいいか分からない展開で、一気に頭の中が大混乱状態に陥る。もうやだ、誰か助けて。
「ぁうっ……」
突然頭に鋭い痛みを感じ、反射的に両手で頭を抑えた。けれどそれは何の意味も無く、頭痛はどんどん酷くなって目眩すら感じ始める。
――でもそれはほんの少しの間で、あっという間に痛みは治まった。混乱し過ぎて頭が拒否反応でもしたのだろうか。
「……大丈夫か?」
そう問い掛けながら、わたしの顔を覗き込むおじいさん。少し心配そうにしながらゆっくりと水の入ったコップを渡してくれた。
……あれ? 今の日本語……? もしかしてこの人、日本語も出来る二ヶ国語マスターおじいさんだった?
「あ、はい、大丈夫です。……あの、助けて頂いてありがとうございました」
取り敢えず渡されたお水を飲む。カラカラの喉と身体に染み込むようで、とても美味しく感じる。水を飲み干してからもう一度頭を下げ、改めてお礼をする。
この状況から察するに、このおじいさんがあの時わたしを助けてくれて、更に森の中からここまで運んでくれた命の恩人で間違いないだろう。
「構わん、何か食べる物を持って来るから少し待っていろ」
おじいさんはそう言い残すと、トレーの上のポットから空になったコップへ水を注ぎ、またゆっくりと部屋から出て行った。
ちょっと怖い雰囲気だけど、悪い人じゃなさそうで良かった。助けてくれた上に食事まで用意してくれると言うのだから、むしろ良い人に違いない。
でも、やっぱり日本語が話せるおじいさんでは無いようだ。おじいさんが発する言語は変わらず、明らかにわたしの知らないものだった。
でも、何故か分からないけど、聞いた事も無い言語なのに理解出来るのだ。言うなれば脳内で勝手に翻訳されているような感覚である。
一体何を言っているのか、自分でも分からないけどね! まさかわたしにこんな才能があったとは! 知らなかった! わたし凄い!
……いや待て、一旦落ち着こう。冷静に考えてそれは無いわ。でも、どう考えてもおかしい。何故なら、おじいさんにお礼を言った時にわたしは、わたしの知らない言語を口にしたのだ。
「……こんにちわ」
試しに小さな声で挨拶の言葉を呟いてみる。やはり口から出てくるのは日本語ではない言語だ。わたしの知っている範囲の外国語では無い、全く聞いた事の無い言葉だ。
うーん。短期間に色々有り過ぎて全く理解が追い付かないけど、取り敢えず会話が出来るから良しとしよう。
現時点で深く考えてもきっと無駄だろう。神様がくれた自動翻訳の能力って事にしておこう。そうしよう。
とにかく今はおじいさんが食事を持って来てくれるのを大人しく待つのだ。だってお腹ぺこぺこだからね!
とても久し振りな気がする食事にワクワクしながらも、少し不安な想像が脳裏をよぎる。
全く知らない異国の料理だから、何が出て来るか予想出来ないのだ。もしかしたらとてつもない素材を使った料理を食べさせられる可能性も……
いやいや遭難して死にかけたような人間に、そんなワイルドかつ無慈悲な料理を持って来るはずがない……ないと思いたい。
おじいさんが出て行ってからどれくらいの時間が経ったのか気になって、部屋の中を見回して見たけれど、どうにも時計らしき物が見当たらない。
見当たらないので、どれくらいの時間が経ったのか分からないし、今何時なのかも分からない。
時計が高価で各部屋に置いておけないような国なのかな? などと考えているうちに再び扉が開き、待望の食事を手にしたおじいさんが部屋に戻って来た。
「……そのままでいいぞ」
ゆっくりとベッドから降りようとするわたしを見たおじいさんがそう言った。確かに身体中が痛いやら怠いやら、起きたばかりなのに満身創痍なこの状態では立ち上がってもちゃんと歩けるかどうかも怪しい。
そんなわたしの状態をお見通しなのか、おじいさんはベッドの横に小さな机を持って来てくれた。その上にカチャリと深めの皿を置く。陶器らしきその皿の中の料理から、湯気と共にとても美味しそうな匂いが漂う。
覗き込んで見ると、野菜のような具材が沢山入ったシチューのような白いスープだった。具材に虫が使われているとかそんなワイルドで無慈悲な料理じゃ無くて、心から安堵すると同時に、嬉しさが込み上げる。
「……毒なんて入ってないぞ?」
「あ、いえ。とても美味しそうだったもので……」
スープシチュー(仮名)をまじまじと観察していたわたしを見たおじいさんは、わたしが警戒していると勘違いしてしまったようだ。わたしは美味しそうだったから見惚れたと、素直な感想を述べて誤解を解く。
「いただきます!」
ベッドの上で上半身だけ起き上がっている状態なので、溢して汚さないようにスプーンを慎重に口に運ぶ。
「美味しい……」
何これマジ美味しい。見た目通りシチューからトロミを抜いて、さらさらにした白いスープのような料理。暖かい上に美味しすぎて泣きそうです。はい。
「……そうか」
心なしかおじいさんも嬉しそう。やっぱり良い人だ。お父さんお母さん、わたし助かりました。ちょっと時間掛かるかも知れないけど、ちゃんと帰るからね! よし! 後でこの料理のレシピ教えてもらってお土産にしよう!
「ごちそうさまでした! 本当に美味しかったです! ありがとうございました!」
あれよあれよと完食して、心からの感謝を込めたお礼をする。
「……構わんさ」
あ、今ちょっと笑った? ふふん、こう見えてもわたしって人の表情読むの得意なんですよ?
「3日も寝込んでいたんだ、後はしっかり食べて安静にしておけばすぐに良くなるだろう」
「……えぇえ!? み、3日も寝てたんですか!?」
なんてこった! 遭難して死にかけてる所を助けてもらっただけでなく、家に運んで3日も看病していただいたなんて! この御恩をどう返したら良いものか!?
「ご迷惑お掛けしてすみません……」
「まあ、見付けてしまったからな。放って置く訳にもいかん」
「本当に助かりました、出来る限りのお礼をしたいんですけど、わたしは何も持って……」
何も持ってない、と言いながらも何か無いかとスカートのポケットに手を突っ込む。するとポケットの奥で何かが指先に触れた。
何だろう? と、それを掴んでポケットから取り出す。出てきたのは子供の頃にお父さんから貰った、中二病めいた胡散臭い首飾りだった。
細い割に異様に丈夫な鎖に金属に嵌め込まれた綺麗な宝石がぶら下がっている修学旅行のお土産屋にありそうなデザインである。
物凄く効果のある御守りだから常に持ってなさいと言われたから、一応いつもポケットに入れてたんだったっけ。
でもこんな胡散臭い首飾りをお礼の品にする訳にはいかない。一応お父さんから貰った物だし。一応ね。
「ほう、それは……」
しかし、おじいさんが少し身を乗り出して何やら興味深そうに首飾りを見ている。もしかしたらこの国では中二病っぽいデザインが逆にお洒落なのかも知れない。
「この首飾りが何か……?」
「ふむ、なかなかの値がつく一品に見える。それはあまり人目に付かないように身に着けておいた方がいい」
「は、はい。そうします」
「それより、その服は何だ? 長い事生きているがそんな物は見た事が無いな」
首飾りをスカートのポケットに戻していると、おじいさんが服について質問してきた。ここがどこの国か分からないけど、日本の中学校の制服を見た事が無いらしい。でも普通のブレザーの制服だからそんなに奇抜じゃないと思うんだけど……?
「あの……日本って国を知ってますか?」
「いや、聞いたことが無いな」
おじいさんは腕を組み、首を傾げて答えた。うーん。やっぱり知らないかぁ、ここって日本から凄く離れた土地なのかな? あんまり遠いと帰るの大変そうだなぁ。パスポート持って無いし、大使館とかあれば良いけど……
「ちなみに、ここは何て国なんですか?」
日本から遠いにしても、まず現在地を把握しておかなければどうしようもない。兎にも角にも現状を把握しておかねば。
「ここはファイレクシア王国に属するダグルスと言う領地だ」
……
…………
よし! 全っ然分からん! 何それ聞いた事無いし! あ、アレか! アフリカ辺りのよく知らない沢山の国の一つですか!? って言うか王国ってまるでファンタジーみたい……な……?
あれ? もしかしてわたし本当に異世界に飛ばされた系のアレですか? ホントに? マジで?
「あの……今何年の何月とか分かります……?」
わたしの反応を不思議そうに見ているおじいさんに、恐る恐る確認してみる。きっと西暦2019年って答えが返ってくるはず。いや、そう言って下さいお願いします。
「王国歴602年の水の月だが……?」
はい来ました! 異世界確定ですわコレ! お父さんお母さんごめんなさい! やっぱりもう帰れないかも!
「そう……ですか……」
がっくりと肩を落として項垂れてしまう。だっていきなりこんな訳分かんない世界に、スコーン! って落とされたんだよ? これからどうしたら良いのか分かんないし、どうやったら帰れるかも分からない……
「どうした? やはりお嬢ちゃんは何処か異国から来たのか?」
「……はい、多分すっごく遠い場所から。もう帰れないかも知れないくらい遠い所です……」
「そうか。事情は分からんが、しばらくはここで過ごせば良い。帰り方はこれからゆっくり考る事だ」
「……そうですね、ありがとうございます」
おじいさんは少し心配そうな表情をしながら、コップに水を継ぎ足すと、空になった皿を持って部屋から出て行った。
「ちゃんと帰れるかなぁ……」
小さく溜め息を吐いてからベッドの上で横になり毛布に包まる。泣きたいような気分なのに体はまだ睡眠を必要としているみたいで、すぐに深い眠りに落ちた。
第一異世界人は白銀髪のお爺さん……?




