旅立ち
翌日の朝、そろそろ出発する時間なのだけど、グレイスの荷物の多さにわたしは呆れていた。
「あの〜? ちょっと荷物多くないですか?」
「問題無い」
そうは言っても荷物を入れた箱がとても大きく、わたしの背丈より超える程の高さがある。その大きい箱は!グレイスが用意した馬車の荷台に載せるのは難しいのではないだろうか。
そんなわたしを構う事なく、グレイスは箱の前に立つ。そして何やら呟きながらその箱に触れる。良く見ると触れた部分に魔石が嵌め込まれているのに気付いた。どうやらこの箱も魔宝具の一種に違いない。
それに気付いた瞬間、しゅるると箱が縮んで大人が両手で持てるくらいのサイズになった。わたしに持てるかどうかは微妙な大きさだ。重さ次第では持てるのではないだろうか。いや待って。何それズルいんですけど。
「そんな便利グッズあるならわたしにも貸して下さいよ」
「貸し出す程の数が無いのでな。それに君の荷物はそれ程多くないだろう?」
むーっと口を尖らせるわたしを横目に、グレイスはさっさと荷物を積み込む。あっという間に準備が整い、出発する事になった。
「この馬車は意外と揺れが少ないですね」
以前乗った使い魔が引くリヤカーと比べると、多少なりとも揺れが少ない。でも揺れが無い訳でもなく、席に座布団のようなクッションを敷いて揺れ対策をしておいたのだ。
「荷物を載せるだけの物とは違うからな」
確かに以前のアレは荷物を載せるだけのリヤカーだった。それに文字通りお荷物なわたしが乗ったのであって、本来人を運ぶような物では無かったようだ。
「長旅になるからな、体調が悪くなったらすぐに言え」
「はーい!」
いやいや、多少揺れるとはいえ馬車に乗ってるだけで体調崩す程わたしは軟弱じゃございませんことよ?
……すみません嘘でした。
「グレイスさん、酔いました。気持ち悪いです」
出発して二時間足らずの所で、わたしは乗り物酔いによりダウンしてしまったのである。慣れない乗り物は予想以上に強敵だったのだ。
「天音様、お水をどうぞ」
「ありがと」
通り掛かった湖の近くに見晴らしの良い開けた場所があったので、そこで休憩する事になった。出発前にツバキが作ってくれたお菓子を食べながらのんびりしていると、まるでピクニックに来ているような気がしてくる。
「これから北のガイラックって所に行くんですよね? 何日くらい掛かるんですか?」
わたしは少し離れた所で煙草を吸っているグレイスに尋ねる。煙がこちらに来ないように少し離れた風下に立っている。
「誰かさんが寝込むような事がなければ七日くらいだな」
「あ、はい。そうならない様に頑張ります」
「まあそんなに畏まる事はない。もっと砕けた話方で良いんだぞ?」
しょぼくれるわたしにグレイスが言う。そうは言っても命の恩人ですし。三十倍くらい歳上ですし、なかなか難しい。いや、今まで何度も粉々に砕けた話し方してたような気もしますけどね。
「うーん、じゃあその代わりわたしの事はちゃんと名前で呼んでください」
「……考えておこう」
え、予想外の反応。了承されるか却下されるかのどちらかと思ってたのに、微妙な反応されたぞ。まあ、それならわたしも普通に話せるよう徐々に慣らしていこう。うん。そうしよう。
「そういえば一つ聞きたいんてすけど」
「ふむ、何だ?」
「どうしてこんなに色々助けてくれるんですか?」
違う世界から来たとか胡散臭い事を言う人間のお願いを聞いて、貴族が出て来ても放り出さず助けてくれる理由が知りたいなと思った。正直大したメリットがあるとは思えない。
むしろボナンみたいな貴族を相手にするなんてリスクしかないのだ。
「そうだな、強いて言うならその特異な存在に興味があったからだな。それと暇潰しだ」
「興味と暇潰しですか……? まあわたしはレアキャラですから興味は分かるんですけど、暇潰しとは……?」
レアキャラという言葉にグレイスは少し呆れた表情を見せ、それから遠い空へと視線を移して答えた。
「虚無の余生を埋めるのに丁度良い暇潰しだ」
風が吹いて髪を揺らす。わたしは何も言えなかった。ハーフエルフであるグレイスの寿命は長い。既に四百年以上生きているのに、恐らくまだ人間一人が生まれてから死ぬくらいの時間は残っているだろう。
アルベルトやリーゼが先に亡くなり、一人残された日々には何も無かったのだと思う。まるで消化試合のような余生が終わるのを待っていただけだったのかも知れない。
わたしには想像も出来ないし、僅かな理解を示す事も難しい。たかだか十四年しか生きてないわたしには、彼を慰められるような言葉なんて思い付かない。
だからせめてこの先、彼が少しでも笑っていられるように出来たら良いな。と、それだけしか思い付かなかった。
「分かりました、じゃあ暇な方が良かったって思うくらい忙しくさせてあげますよ」
「ああ、期待しておこう」
わたしが頭をフル回転させて絞り出した返答に、グレイスは少し笑って答えた。いや、殆ど表情は変わってないけど、わたしには小さく笑った様に見えたのだ。グレイスは吸い終えた煙草を指で弾く。煙草は空中で炎に包まれて跡形もなく消えた。
風が吹いて、膝の上に乗せているお人形モードのツバキの紅い髪がさらさらと揺れる。まるで芸術品の様に綺麗だけど、どんな材質で作られたのだろうか。
「ツバキは長い間一人で寝てて寂しく無かったの?」
なんとなく気になって聞いてみると、ツバキはわたしを見上げながら「眠りについてる間は意識がありませんから」と、微笑む。まあ、確かに寝てたら分かんないよね。
「ツバキってすんごい昔に生まれたんだよね? 昔の事覚えてたりするの?」
ファイレクシア王国よりずっと前の古代文明的な時代の産物と聞いた。その頃の事を覚えているなら、貴重な生き証人じゃなかろうか。
「それが、レスティアの初代領主のアッツ様が私を見つけて修理して下さった時の記憶が最初で、それ以前の記憶が欠落しているのです。おそらく、長期間故障したまま眠っていたためだと思うのですが……」
ツバキの話を纏めると、五百年くらい前にレスティア初代領主のアッツが遺跡で偶然ツバキを発見して、当時の宮廷魔術師と協力して古代の文献を調べ、何とか修理する事に成功したらしい。で、アッツの死後にまた故障したけれど、今度は修理する為の素材が入手出来ず、取り敢えずレスティアの宝物庫で保管しておいたら、そのまま忘れ去られて長い間眠りについてたのだとか。
で、百年年くらい前に十二代目のレスティア領主アルベルトが遊びで宝物庫に忍び込んで、偶然ツバキを見つけた。それから素材を集め、リーゼの魔術とグレイスの技術で完全に修理する事が出来たんだとか。なので、ツバキの記憶はアッツと過ごした時とアルベルト達と過ごした時で全部なんだって。意外と少なくてびっくり。
「次に目覚めるのは千年後かも知れないと思っていましたから、またグレイス様とお会い出来て嬉しかったですよ」
ツバキは微笑みながら少し離れた場所に立つグレイスを見る。確かに久しぶりに見を覚ました時、そこに知ってる顔があったらホッとするだろうな、と思うと同時にわたしはどうなるんだろうと考えてしまった。
「わたしが一年くらいで元の世界に帰れたとして、その間に元の世界では百年くらい時間が過ぎてたら嫌だなぁ」
やっと元の世界に帰って来たぞ、と思ったら西暦2120年になってて家族も友達も皆死んでたら頑張って帰る方法を探し出しせても意味が無い。
「多少は時間の流れに差があるかも知れんが、大きな差があるとは思えんな」
ちょっと不安になってるわたしの疑問に答えたのは、グレイスだった。
「そうなんですか?」
「時間の流れが早い世界は魔力の流れも早い。流れの差が大きいと転移するのも難しくなる」
「つまりゆっくり動くベルトコンベアからもの凄く早く動くベルトコンベアへ飛び移るのは難しいって事ですかね? まぁそんな事したら間違い無くビターンッて転びますもんね」
わたしの例えがツバキにもグレイスにも伝わって無い。二人共ベルトコンベアって何だ? って顔をしている。しかし今のわたしには他に例えようがないのだ。
「ベルトコンベアが何か知らんが、流れる速さの違う対岸に橋をかけてもずれて落ちるだろう?」
何それ分かりやすい。それならこっちの一年があっちの百年って確率は低そうだ。元の世界に帰ったらわたしだけが老けてたりする事もなさそうでちょっと安心した。
「あ、そうだ。グレイスさんに聞きたかったんですけど、わたしを最初に見つけた時からこの髪の色だったんですよね?」
元の世界でわたしだけ見た目が変わってたら困るなぁ、と考えていたら思い出した。すでに髪の色が少し変わっていたんだった。わたしは自分の髪を少し摘んで改めて良く見てみる。日光に照らされて、髪が少し青くなっている事が良く分かる。
「ああ、最初からその色だったが、それがどうかしたのか?」
「わたし、元の世界に居た時は完全な黒髪だったんですよ。多分こっちの世界に転移した時に色が変わったと思うんですけど、そんな事ってあり得るんですか?」
うーん、と唸りながら髪を見る。紺色に染まった髪はなかなか綺麗なので悪くはない。けどこれ以上青くなったらちょっと困る。元の世界に帰ったら黒く染めないと目立ってしょうがないからね。青い髪が地毛ですって言っても誰も信じてくれなさそうだ。
「ふむ、転移の影響で髪の色が変わると言う話は聞いた事が無いな。それはなかなか興味深い。引越先が決まって工房が出来たら研究してみるか」
「少しなら良いですけど、沢山必要なら髪が伸びて散髪する時まで待って下さいよ?」
研究の素材用にバッサリ切られるのは嫌です、とにこやかにお断りしておく。色々な物を作っている人だからきっと何かに使えないか研究したいのだろうけど、そう簡単に安請け合い出来ない。髪は乙女の命なのだ。
「紺色は闇の神を表す色ですから、天音様の闇属性の魔力と何か関係あるのかも知れませんね」
膝に乗せたツバキが会話に加わり、わたしの髪を見ながら重要そうな事を言う。
「へぇ〜、そうなの?」
「はい。正確には闇の神の眷属であるシルフィの色ですね」
突然始まったツバキ先生の課外授業。基本属性の光、闇、炎、水、地、風を司る神様が居て、さらにそれぞれ6つの眷属の神様を従えているんだとか。ちょっとこの世界神様多過ぎじゃない? まあ日本人が言えた事じゃないけど。
で、闇の神の眷属シルフィは命の芽生えとか誕生とかを司る女神らしい。長い夜の闇の終わりを告げる様に、明るくなり始めた空の色なんだとか。明るくなって太陽が登ると様々な生命が芽吹くと。
「天音様は闇属性に悪いイメージがあるようですが、決してそうでもないのですよ? それぞれの属性がこの世界を形作る大切な要素なのですから」
「なるほど。闇の属性なんて嫌って言ってたら闇の神様に怒られちゃうね」
そうですよ、とツバキは笑う。魔宝具のナイフを使った時に風の刃が出たのは闇の属性を嫌がっていたせいかも知れない。
「さて、そろそろ休憩は終わりだ。出発するぞ」
「はーい」
わたしはツバキを抱えて馬車に飛び乗り、旅を再開した。




