死の3人目
「今日は駅前の寿司屋ね」
母が言う。
今日は僕の20歳の誕生日。成人だ。お祝いにと駅前のちょっとお高い寿司屋で祝う予定だ。
「はいはい、また後でね」
本来なら父も含め家族3人で寿司屋まで行くのだが、僕は用事があると言って母達に先に行っているように促した。
今日の僕の用事とは、親のためのサプライズプレゼントを買うためだ。父は今度、昇進が決まっていて、今日はそのお祝いも兼ねている。僕は父にスーツを新調しようと思って買っていた。そして母にはキッチンの簡単なリフォームを計画していた。
用事を済ませ、喜んでくれるだろうか、と思いながら、駅に向かって歩を進めていた時、後ろから来た救急車が僕を追い抜いた。不穏な空気を感じつつ、駅まで歩いて行くと、駅には妙な人だかりが出来ていた。そこが大きい駅であることもあり大きい人も群れだった。僕を追い抜いたあの救急車だろうか。そこには救急車だけでなく警察の車もあった。
事故だ。どうやら居眠り運転をしていた車が駅のバスプールに突っ込んだらしい。気の毒だと思いながら寿司屋に足を向けると、不意に携帯が鳴った。父の表示。しかし、電話の主は知らない人だった。
「もしもし、〇〇さんの息子さんですか?」
「そうですが、あなたは?なぜ父の電話を?」
「警察です。お父様が事故に遭われました。至急△△駅まで来てください!」
嫌な予感がした。いや、もう確定だ。僕がいるのは警察が指示した駅だからだ。
僕は人ごみを掻き分け、警察に詰め寄る。
「父さんは⁉︎母さんは⁉︎」
警察の人も察したようで、僕を案内する。
「覚悟はいいですね」と念を押し、僕をブルーシートの向こう側へ促す。
そこにはよく見知った2人が並んで横たわっていた。2人と言っていいのだろうか。形も半分崩れたような残酷な光景だった。彼らを覆い隠すように死がその翼をもって魂を奪ったように見えた。
いや、そこに死はいた。
家に帰るとただいまを言う相手はいなかった。おかえりの声もなかった。ニュースでは今日の事故が大々的に報じられている。今回の事故は父と母の2人のみを巻き込んだ。
僕の心にはポッカリ穴が空いたようだった。
次の朝、僕は父と母に会いに行った。
この世界に帰ってくることはないだろう。
死はこの家族の3人目を手に入れた。