戦いの準備
プロ野球選手のAさんの紹介で、俺は、レベルの高い大きな大会に出場することになった。
「前田健一と申します。ピッチャーです。よろしくお願いします」
俺は、参加させてもらうチームのメンバーに挨拶した。
みんな、体が大きくて迫力がある。
チームのキャプテンが人懐っこい笑顔で迎えてくれた。
「こちらこそ、よろしく。一緒に頑張ろう。俺たちは、優勝しか狙ってないよ。エースピッチャーがケガをしてしまったから、前田さんに期待してるよ」
優しい表情に似合わない、強気な発言だ。
面白い、やってやるぞ!
「はい! 僕も力の全てを出して、チームに貢献したいです」
大会前に練習したけど、俺が所属している社会人チームよりも遥かにレベルが高い。ヤバイくらいだ。
投球練習でも、俺より凄いボールを投げる人が複数いる。
俺は、圧倒されていた。
そんな俺に気付いたのか、キャプテンが近づいて来た。
「前田さん、緊張してるなぁ。
俺がボールを受けるから、気楽に投げてくれよ」
キャプテンは、器の大きい人だ。
また一人、尊敬できる人に出会えた。
一球投げるごとにキャプテンが声をかけてくれた。
俺は、単純だから、すぐに乗せられた。俺は、気分が乗ると無心になれる。
その時は、脳腫瘍も忘れられる。
「前田さん、どんどん良くなって来たぞ。コントロールもキレも良いよ。じゃあ、決め球を投げてくれよ」
俺の伝家の宝刀、フォークボール(落ちるボール)を連投した。
このボールは自信があるんだ。俺は、このボールでプロ野球選手を目指しているんだから。
良いフォークだ、キャプテンも太鼓判を押してくれた。
練習後のミーティングでの発表に俺は驚いた。
「一週間後の試合だか、先発ピッチャーは岡田(今のメンバーの中では、エース)でいく。
それと、前田! お前を一回使うからそのつもりでいろ」
チームの監督から指名された。
他のピッチャーと比べたら、俺は試合に出られないのかも、と思っていたぐらいだった。
監督がデカイ声で俺に言い聞かせた。
「前田よ。お前は闘争心を全開にしたら凄いボールを投げている。自信をもっていけ!」
俺を紹介してくれたAさんの顔に泥を塗るわけにいかない。
やるしかないな。
自信はあるような無いような……
俺は、親友黒田に報告した。
「現役のプロ野球選手の紹介で大会に出るなんて凄いじゃないか。
お前は、もってるなぁ」
黒田は自分の事のように喜んでくれた。
「俺は、周りの人に恵まれているよ。絶対に期待を裏切れない。とにかくベストを尽くすよ」
そう言った後、俺は次の言葉を心の中にしまった。
「黒田、お前も試合の日に球場に来て欲しい」
俺が、曲がりなりにもプロ野球選手を目指してここまでやってこれたのは、精神的に黒田に助けられたからだ。
しかし、黒田は、目が不自由なんだ。
球場に来てくれとは言えない。
なのに、黒田が突然ハッキリとした口調で言った。
「前田、俺も試合の日に球場に行くぞ。お前の投げるボールが見えなくても、音を聞きたい。お前が立っているグラウンドを味わいたい。
俺たちは、昔ずっとピッチャーとキャッチャーだったんだから、お前の投げるボールの音を確かめたい」
黒田には俺の心が分かるのか?
俺は、照れくさくて嬉しいなんて言えなかった。
「しょうがないな。どうしても来たいなら、勝手に来い」
俺なりの感謝の言葉だ。
妻も最近、嬉しそうだ。
「大会に出られそうで、良かったね。何だか、プロ野球選手になる夢に、ほんの少しずつ近づけているかもね」
俺は冷静に考えていた。
「まだまだだよ。夢は、霧の向こうだ」
しかし、妻の夢はどんどん広がっているようだ。
「健一がプロに入ったら、私はプロ野球選手の妻だよね。たまらないね〜。ねぇ、健一が一億円プレーヤーになったら何を買おうかなぁ〜」
妻の夢は果てしない。
でも、この無邪気さに俺は救われるんだ。
いよいよ明日、試合だ。
今日は試合前の最後の練習だ。
俺は、ブルペンで50球ほど投げた。
調子は良い。自信を持って明日に臨める。
チームメイトとも打ち解けてきた。
このチームは熱い男が多い。俺にピッタリだ。
夜に、Aさんが電話をくれた。
この日、Aさんはプロの一軍の試合で勝利投手になっていた。
「前田さん、明日試合ですね。自分の力と仲間を信じて思いっきり投げて下さい」
Aさんは、わざわざ自分の試合後に激励してくれた。
短い言葉だったが、最高のエールになった。
いよいよ、明日だ。




