エース復活
俺は、どうしようもなくて河原で、ぼんやりしていた。
一度気持ちが切れてしまうと、なかなか元に戻れない。
妻は、俺が野球の練習をやらなくなっても何も言わない。俺の事を諦めているのかもしれない。
黒田が、目が不自由なのに、白い杖をついて俺に会いに来た。
「前田、ちょっと散歩に付き合ってくれよ」
どういうつもりか分からなかったけど、まあいいか。
俺は黒田と近くの河川敷に行った。
「昔は、よくここでランニングしたよな」
俺は昔を思い出して、黒田に話した。黒田には、ぼんやりとしか見えていないが、どこか懐かしそうだ。
子どもの頃、俺たちはいつも一緒に汗を流していた。
「前田、ここで投げろよ」
突然、黒田が言った。
コイツは何を考えているんだ?
「何だよ?何で投げないといけないんだ?」
「いいから、投げろって。壁に向かって投げてくれ。
お前の投げるボールの音を聞かせてくれよ」
黒田は見えない目ではなく、音で俺のボールを確認するつもりだ。
仕方なく、俺はウォーミングアップした後で投げる事にした。
黒田は黙って、俺の投げるボールの音を聞いていた。
俺は久々にボールを投げた。やはり思うようなボールは投げられない。
「何球投げればいいんだ?」
黒田は、俺の質問に答えなかった。
俺は、とにかく投げた。
俺が30球ほど投げた時に、黒田が口を開いた。
「前田! お前のボールはこんなもんか?この程度の音か?」
黒田が怒鳴っていた。
「うるせえ! 黙って聞いてろ!」
俺もムキになってきた。
さらに、力を入れて投げた。
でも、黒田は俺に容赦しなかった。
「前田健一のボールの音は凄まじかったはずたぞ。俺はずっとキャッチャーでお前のボールを受けていたんだぞ。俺をガッカリさせるな!」
「あの野郎、勝手な事を言いやがって。俺をナメるな!」
俺はムカムカしながら、無我夢中で壁に向かって全力投球した。
体全体が熱気を帯びてきたのが、自分でも分かった。
「ボールの音が変わってきたぞ。今のお前の120%を見せてみろ!」
黒田は更に俺にムチを入れてきた。
俺は負けず嫌いなんだ。
絶対に黒田を黙らせてやる!
何球投げたか覚えていない。
しかし、久々に夢中になれた。
「お疲れさん」
黒田の笑顔がそこにあった。
「やっぱりお前のボールの音はいいな」
俺は疲労困憊で体から蒸気が出ていた。
「どうだ、俺様をナメるなよ」
俺は笑いながら言った。
「お前、俺をハメたな」
俺は投げ終わってから気づいた。
黒田は、俺をわざと挑発していた。
「何のことだよ」
黒田はニヤニヤしていた。
最近の俺は体調のせいにして、モチベーションが下がっていた。
プロ野球選手になる夢を諦めようとしていた。
そんな俺に投げさせたんだ。
「投げていて、あんなに燃えたのは初めてだ。何も気にせず全力投球できた。お前が俺を導いたんだ」
黒田は頷いた。
「お前の性格はよく知ってるよ。それに俺は心理カウンセラーだぞ。お前をその気にさせる方法は知ってるよ」
やっぱりコイツには、かなわないと思った。
「悔しいけど、すっかりその気にさせられた。投げてるうちに、アドレナリンが沸騰してきたよ。
昔、夢中で野球をやっていた頃を思い出した」
黒田も、同じ気持ちだと言った。
「昔から、お前は投げていると、どんどん熱くなって来るのが、分かっていたよ。
お前は確かに体調の不安があるだろうが、夢中で全力投球したら凄い音のボールだったよ。
やっぱり、お前は俺にとって、最高のエースピッチャーだ。今までもこれからも、ずっとエースナンバーを付けるピッチャーだ」
俺の中で何かが吹っ切れた。
もう迷わない。




