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エースナンバー  作者: 砂糖
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イップス2

俺は、イップスを克服する為に、もがいていた。野球ボールの代わりにラグビーボールを投げたりしながら、感覚を取り戻そうとしている。


最近、ようやく、近い距離でのキャッチボールができるようになってきた。しかし、力を入れて投げようとすると、ボールをコントロールできなくなる。


親友の黒田が心配してやってきた。

「点字新聞で知ったよ。お前、イップスなのか?」


俺は、正直に言った。

「多分そうだと思う。広島戦で鈴田誠也選手にぶつけてから、腕を振れなくなった。最近、ちょっとだけ投げられるようになったけどな」


黒田は、目が不自由なんだが、プロ入り前からずっと俺を精神的に支えてくれている。


「なぁ、前田。覚えているか? 昔、河川敷で投げた事を」

黒田が何を言っているのか分かった。


俺は、会社員をしながらプロを目指していた頃に脳腫瘍が発覚した。体調が悪くて落ち込んでいた俺を、黒田は河川敷に連れ出した。そこで俺は、壁に向かってひたすらボールを投げた事があった。


「前田よ、ちょっとだけでもいいから、やってみないか?」


俺は、正直、あまり気は進まなかったが、黒田が心配してくれているしな……


「分かったよ。投げられるかどうか分からないぞ」


黒田と2人で河川敷に来た。巨人に入団して以来、ここでボールを投げた事はなかった。


黒田は、目が不自由だが、耳は抜群なんだ。投げるボールの音を聞いて、俺の調子を測ってくれていた。


まずは、壁に向かって軽くボールを投げてみる。ラグビーボールだったら、かなり投げられるけど野球のボールはまだまだ難しい。


黒田は、俺の音を聞きながら、

「なるほど、確かに全然キレがない音だな。そのペースでいいから、投げ続けてくれ」


俺は、黙々と投げた。投げているうちに昔を思い出した。


昔、黒田に挑発されながら、ここで投げた。

「前田、お前のボールの音はこんなもんか!」

こんな感じだったなぁ。


その時は、黒田の挑発に乗せられて投げているうちに脳腫瘍を忘れる事ができた。


しかし、今回は、同じようにいくだろうか?


黒田が、

「前田、10球のうち1球でいいから、ほんの少しだけ力を入れて投げてくれ」


俺は、黒田に言われたように投げてみた。10球のうち1球だけなら、なんとか力を入れる事ができた。


その1球の音を聞いて黒田は頷いた。

「やっぱり、お前のボールはまだ死んでいないよ。俺が保証するよ」


長年、俺のボール音を聞き続けている黒田が言ってくれた。


黒田は続けた、

「俺はお前に気やすめを言うつもりは全然ないよ。お前の音が死んでたら、ハッキリと言うつもりで河川敷に誘ったんだ」


「今は、10球のうち1球でも、なんなら20球に1球でもいいから、少しだけでも力を入れてくれないか。その1球……お前の音は間違いなく健在だよ」


俺は、黒田の耳を信じる事にした。この男が言うなら間違いない。

俺のボールはまだ死んでいない!


この日に黒田に言われた事を心に刻んで、俺はボールを握った。

特に、ボールの音を自分の耳でも聞いてみる事にした。


そうしたら、自分自身の意識に集中できるようになった。

最初は、20球のうち1球しか力を入れて投げられなかったが、だんだん15球のうち1球はできるようになった。


2週間後には、10球のうち1球はできた! だんだん、意識しなくても力が入るボールが増えてきた。


希望が見えてきたぞ!


コーチからも言われた。

「前田、そろそろフリーバッティングで投げてみるか。練習だし、打者に当ててもオレのせいにしたらいいぞ。気楽に投げたらいい」

コーチ、ありがとうございます。


フリーバッティングとはいえ、打者相手に投げるのは久しぶりだ。緊張するなぁ。

でも、俺の音は死んでいないはずだ。大丈夫だ!

自分に言い聞かせた。


打者の人たちは、俺がイップスなのは知っているだろう。そのせいか、少しベースから離れて立っているようだ。まぁ、仕方ないか。


俺は軽く投げ始めた。なんとか、ストライクゾーンに投げられた。

打者は、安心したのだろうか。少しベースに近づいて、バットを構えるようになった。


10球目に、力を入れて投げてみた。

耳を澄ませば、良い音が聞こえた。

打者が、振り遅れて、空振りしている。


おっ、やっぱり俺のボールは生きているぞ!

打者に立っているのは、巨人のキャプテンだ。巨人史上最高の遊撃手と呼ばれている選手だ。その選手を押し込めるボールを投げれた。


フリーバッティングでは、ボールのバラツキもあったが、これまでよりも格段に投げれた。

何より、ボールの音が死んでいなかった事が嬉しかった。


少しずつ、ブルペンでの球数も増やしていった。ブルペンでは、かなりイメージに近いボールがいくようになってきた。


ブルペンで見ていた高橋由伸監督から声を掛けられた。

「前田、だいぶ戻ってきたな。そろそろ、二軍戦で投げてみるか」


不安はあるが、一歩を踏み出したかった。

「はい、ぜひ投げさせて下さい」


俺は、イップスに打ち勝つんだ!

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