調子に乗る
俺は、DeNA戦でライバル香山に2本のホームランを打たれて負け投手になった。この試合では、調子が悪い時でも、悪いなりに試合を作るピッチングができなかった。
新たな課題も見つかったし、日々勉強しないといけない。
次の試合は、これまでの反省を交えて投げた。試合の序盤で、調子が良いボールを見極めて、勝負できる球種を考える。勝負球やカウントを取る球や見せ球の選択をする。ただ投げるだけでは抑えられない。
阪神戦に投げたが、この日は直球が良かったがスライダーはコントロールできていなかった。しかし、フォークボールは抜群に良かった。
だから、直球とフォークボールで勝負する事にした。今日のフォークボールは本当に自分ながら素晴らしかった。
コーチからは、
「お前のフォークボールは、お化けフォークだな」
と言われるほどだった。
お化けフォークは、ソフトバンクのエースピッチャーの代名詞だ。そのピッチャーと同じぐらいの鋭さがあると言ってもらえた。
試合は、味方打線が序盤から先制してくれて俺はリラックスして投げる事ができた。
直球で追い込んで、お化けフォークで三振を取る。今日は、イケるぞ!
唯一のピンチが7回に訪れた。ツーアウト一、二塁だ。四番打者を打席に迎えたが、ここでもお化けフォークが冴え渡る。
狙い通りの空振り三振だった!
俺は、マウンドで小さくガッツポーズした。
結局、7回無失点で勝利投手になれた。この試合で、ようやく何か掴んだ気がする。この感覚を忘れないぞ。
この次の試合も、しっかり試合を作る事ができた。全ての球種でストライクを取れて、フォークボールだけでなく、スライダーやチェンジアップでも勝負できた。二試合続けて、勝利投手になれた。
これだけ調子が良いと、マスコミにも注目される。美人の女子アナにインタビューされたり、チヤホヤされた。
妻がスポーツニュースを観ながら、俺を睨んだ。
「健一、調子に乗ってるんじゃないの?美人にインタビューされて、鼻の下伸びまくってるよ」
「へへ〜、まぁいいじゃないか」
俺は完全に調子に乗っていた。
次も勝って連勝街道まっしぐらだ。
俺は、広島カープ戦のマウンドに上がった。
この日は、全体的にコントロールが悪くて、なんとなく調子の悪さを感じていた。
調子が悪いなりのピッチングをしないといけないのに、俺は直球で押す事を続けた。
四番、鈴田誠也選手の時に事件は起こった。
俺がインコースを狙って投げた148キロの直球が、コントロールミスした。なんと、鈴田誠也選手の頭を直撃してしまった。鈴田誠也選手は、その場に倒れ込んだ。
広島ベンチから、ヘキドレッド選手が飛び出してきて、マウンドの俺に向かって猛ダッシュして来た。ヤバイ、逃げないと…
思ったが遅かった。
ヘキドレッド選手の強烈なパンチが俺の顔面を捉えた。俺は、鼻血を出してノックアウトされた……
それから両軍入り乱れて、揉みくちゃになった。俺は頭に当ててしまったので、危険球退場を宣告された。暴れたヘキドレッド選手も退場だ。
ヘキドレッド選手のパンチは、もちろん痛かったが、それだけでは済まなかった。
何よりも、鈴田誠也選手の頭に当ててしまった事がショックだった。
子どもの頃から、ピッチャーをやっていたので、もちろんデッドボールは何度もやっていた。
しかし、直球を頭に当てた事は初めてだった。
幸い、鈴田誠也選手は、病院で精密検査を受けて、異常はなかった。
翌日、鈴田誠也選手に謝りに行った。
鈴田誠也選手は、
「俺は、平気ですよ。気にしないで下さい」
本当に申し訳なかった……
ベンチからヘキドレッド選手が出てきた。
「マエダサン、昨日はゴメンナサイ」
日本語で謝ってくれた。
広島の監督にも謝罪したら、
「前田君、気にせず、どんどんインコースに攻めてこいよ!」
広島カープは、みんな優しすぎるよ。
ヘキドレッド選手に殴られた傷はすぐに治ったが、心には大きな傷が残った。
打者に当ててしまうのが、怖くて全力で腕を振って投げられない。さらに、直球だけでなく全ての球種でコントロールができなくなった。
ブルペンなら、打者がいないので投げられるはずだ。と思って、ブルペンで投げようとしてもダメだった。
そこに居ないはずの打者が、立っているような気がしてしまう。当たるはずがないのに、デッドボールが気になってしまう。
ダメだ、投げられない……
キャッチボールも、ままならなくてなってしまった。
投げようとしたら、鈴田誠也選手へのシーンが蘇ってくる……
一部のマスコミから囁かれていた。
「巨人の前田って、イップスじゃないのか。ブルペンでも投げられないらしいぞ」
イップス……聞いた事はあるが、まさか、この俺が……
認めたくない、俺はイップスじゃない、たまたま調子が悪いだけだ。
自分に言い聞かせて、ブルペンに入る。今日は、ちゃんと投げてやる。
しかし、5球ほど投げて、これから力を入れようとしたら、まただ……
居ないはずのバッターが見えた……




