異変
野球と仕事の両立生活も一年過ぎると、疲れが溜まるが慣れてもきた。
どうすれば、疲労回復できるか自分なりに考えた。
週に一日は休養日を作って、野球から完全に離れるようにした。
妻と映画を観たり、外食したりして気分転換をした。
「何だか、前より私たち仲良くなれたかもね」
妻が皮肉交じりに笑った。
プロ野球選手を目指すようになってから、確かに夫婦の絆がより強くなったと思う。妻にはどれだけ感謝しても足りないぐらいだ。
最近では、妻がグローブを買って、俺とキャッチボールしてくれることもある。
「健一がプロ野球選手になった後は、私も女子プロ野球選手になるよ」
ホントかよ?でも妻の言葉が嬉しかった。
今日も高校時代の監督にボールを受けてもらって、ピッチング練習をしていたら、突然激しいめまいに襲われた。
「どうしたんだ、前田。大丈夫か?」
薄れゆく意識の中で、かろうじて監督の声が聞こえた。そこから後は覚えていない……
目が覚めたら病院のベッドの上だった。
「俺は、どうしたんだろう?」
妻は俺の前に居たが、ただならぬ表情をしていた。
その表情から、かなりヤバイ状況が想像できた。
俺は、脳に小さな腫瘍があるらしい。疲労が重なったこともあって、倒れてしまったようだ。
幸い腫瘍は良性だか、今後悪化する可能性もあるらしい。あまり激しい運動は控えた方が良いと言われてしまった。
俺は悩んだ末に、プロ野球選手になる夢を諦める事にした。
明日、妻にも話そう。
「俺、野球辞めるよ。これからは、もっと仕事に励むよ。今まで応援してくれてありがとう」
妻に、ゆっくり話した。
「そうだね。健一には元気で長生きして欲しいもんね。
でも、夢を諦める事を後悔しないの?」
俺は、答えられなかった……
「やっぱりね。健一の顔に野球やりたい、プロ野球選手になりたいって書いてるよ」
妻は俺の本心をお見通しだった。
「もちろん私は健一の体が心配だよ。だけど、未練を残しながら生きていく姿は健一らしくないよ。
私は、どんな結果になってもずっと健一のそばにいるよ」
妻の言葉のおかげで俺の心は決まった。
「病院のベッドの上で夢を諦めたけど、もう一度俺にチャンスをくれないか?」
妻は頷いた。
「やっぱり健一は、しぶとい男だね」
二週間ほど安静にしてから、俺は再び動き始めた。
と言っても無理はできない。自分の体と相談しながら少しずつだ。トレーニングの量も減らした。
しかし、安静にしている間に体力が落ちてしまった事を痛感した。仕事との両立がこれまで以上に辛くなってきた。
やっぱり俺には無理なのか……
気分転換に親友の黒田を訪ねた。
黒田は、目が不自由な状況の中で、心理カウンセラーとして生きる目標を見つけていた。
俺は、黒田に弱音を吐きたくなった。
「なぁ、黒田。やっぱりさ、人間って限界あるよな?どうにもならない事もあるよな?」
黒田は穏やかに言った。
「お前が倒れたって聞いていたから、そろそろ俺の所に来る頃かと思っていたよ。
特別にタダでカウンセリングしてやるよ」
俺は、体の不安やゴールの見えない挑戦の辛さを吐き出した。
黒田は熱心に聞いてくれた。
「前田よ。俺は、目がほとんど見えなくなって絶望していた時にお前が支えてくれた。
お前が、プロ野球選手になってエースナンバー18番を付ける様子をラジオで聞きたくて、前向きになれたんだ。
だからお前は凄いヤツなんだよ。俺が生きてるのはお前のおかげだ」
黒田は俺を褒めてくれるが、本当の俺は全然ダメなんだ……
「どんな選択をしても間違いじゃないよ。俺はお前を尊敬する」
「俺に生きる希望をくれたのは、お前だった。それは、俺とお前の誇りなんだ」
黒田の言葉は、どこまでも熱かった。
しかし、俺の心は、黒田の言葉をもってしても硬く凍っていた……
体調を言い訳にして、監督との練習も休んでいた。
俺は終わってしまうのか……




