エースのピッチング
トミージョン手術から復帰して、一軍初先発は負け投手に終わったが、手ごたえは確かにあった。
なんとか、プロ野球選手としてやっていけるかもしれない。
2年前、肘の靱帯を断裂した時は絶望しかけていたが、少しだけ希望が見えてきた。今年こそは、一軍で結果を残したい。
DeNA戦の登板後、肘や肩の張りも少なく他の部分も大丈夫そうだ。
今日は、ナイターで菅山投手が広島カープ相手に予告先発になっている。俺は、次の登板は広島戦が予定されていることもあって、今日のベンチ入りメンバーに登録されている。ベンチから、しっかり勉強だ。
今年も広島カープはとにかく強い。特に打線が強力だ。四番、鈴田誠也選手を中心として、どこからでも点が取れる。足も速い選手が多い。
とても、厄介な相手だ。
巨人のエース、菅山投手はどう抑えるのか注目だ。菅山投手も前回、ヤクルトを完封しており絶好調だ。
試合前の菅山投手は、近寄りがたいほどのオーラがあった。流石はエースだな、この一戦に賭ける思いがひしひし伝わる。
俺は、試合前に菅山投手のキャッチボールの相手をした。相変わらず、速く重いボールがズドンと来る。そして、ほとんどグローブを動かす必要がないほどのコントロールだ。
超一流投手は、キャッチボールする時でも一球たりとも疎かにしていないのが分かる。
「菅山、頑張れ!」
俺は、キャッチボールの最後の一球を返す時に激励した。
その時だけ、菅山投手に笑顔が見えた。
「前田さんは、次は広島戦ですよね?僕がしっかりカープを料理してきますよ」
一回にいきなり、菅山投手はピンチを背負う。2本のヒットとファーボールでワンアウト満塁、迎える打者は、四番鈴田誠也選手だ。
ここで菅山投手のギアが一段上がったのが、ベンチからも分かった。顔の表情も変わった。普段は優しい男だか、鬼の形相になった。
150キロの直球で追い込んで、鈴田誠也選手の表情も一層引き締まってきた。
菅山投手対鈴田誠也選手、これはまさに、間もなく終わる平成の最後の名勝負と言えるだろう。
菅山投手は、勝負球に何を選ぶだろう?この一球は、試合の行方を占う一球になるだろう。
菅山投手が投げたのは、スライダーだった。内野ゴロダブルプレーを狙っているのだろう。
キレのいいボールが菅山投手の腕から放たれた。
鈴田誠也選手は、引っ掛けてサードゴロダブルプレーに終わった!
狙ってダブルプレーを取れる菅山投手は流石だな。
「ナイスピッチング!」
俺は、ベンチに戻ってきた菅山投手に声をかけた。
菅山投手は、ハイタッチしながらも、
「一回から満塁にしたらダメっす」
菅山投手に笑顔はなかった。
俺なら、とにかくゼロに抑える事で必死なのに、この男と俺のレベルの違いを改めて痛感させられる。
チームは、広島カープの先発投手を捉えて5点を奪う。
優位に試合を進めていた。菅山投手も、尻上がりに調子が出てきた。
終盤にピンチを迎えたが、ここでもヘキドレッド選手を三振に仕留めた、ヘキドレッド選手は、バットとヘルメットを放り投げて悔しがっていた。
結局、菅山投手は8回まで投げて勝ち投手になった。
この試合の菅山投手を見ていて、一番感心したのは、ピンチを迎えた時の集中力だ。ギアを時には二段ぐらい上げて全力で立ち向かう姿だ。
俺は目の前の打者に必死なのに、菅山投手は試合展開を頭に入れたピッチングができる。いつか俺もああいう風になりたい。
間近でエースのピッチングを勉強できて大きな刺激になった。
次は俺が広島カープと対戦だ!
久しぶりに親友黒田と食事した。黒田は、大人になってから目が不自由になったが、最近になってますます悪化しているらしい。
前までは、わずかに見えていたが、今は光を感じるぐらいしかできないらしい。黒田は落ち込んでいた。
「前田よ、お前はいいなぁ。夢を実現しようとしているよなぁ。俺は、もうダメかもしれない」
黒田は、これまでは目の障害に負けずに心理カウンセラーとして前向きに生きてきた。
俺が、会社員をしながらプロ野球選手を目指したのは、黒田を励ますためだったが、途中から逆に俺が励まされていた。
それなのに、その黒田が苦しんでいる。
俺は、親友のために何ができるだろうか。
「黒田、お前は昔から俺の投げるボールの音を聞いて、俺の調子を測ってくれたじゃないか。また俺の音を聞いてくれよ」
俺は、黒田を励まそうとした。
黒田は力なく小さな声で言った。
「無理だよ……」
俺はある決意をした。
「俺がお前を東京ドームのマウンドに立たせてやる!」
黒田は驚いた。
「えっ?お前、何を言ってるんだ」
「俺が球団に頼んで、東京ドームの試合でお前が始球式に臨むんだ。お前は、目が見えていた頃は俺とバッテリーを組んでいたよな。お前は強肩キャッチャーだったじゃないか」
黒田は元気なく言う。
「そんな事は忘れたよ。東京ドームで俺が始球式なんて無理に決まっている」
俺は、絶対に諦めない。
翌日、球団社長をアポなしで訪ねて、土下座して頼んだ。
「お願いします。俺の人生の親友が苦しんでいます。励ますためにも、東京ドームの始球式マウンドに立たせたいのです」
社長は、真剣に聞いてくれた。
「お前が土下座するぐらいだから、よほど思い入れがある親友なんだな。よし、任しとけ!」
ありがとうございます、社長!
「その代わり、今年はしっかり働いてもらうぞ。頼んだぞ」
黒田は、次の東京ドームの試合で始球式のマウンドに上がる事になった。
その日は、広島カープ戦で巨人の予告先発は、背番号38。
この俺だ!




