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エースナンバー  作者: 砂糖
37/55

デザインタオル

俺は、香山が予想していないであろうカーブを投げた。これでタイミングを外せるはずだ。


予想に反して、香山の構えは崩れない。まさかコイツ、カーブを狙っているのか?

一抹の不安がよぎる。


ボールは、アウトコースに狙い通りに曲がっていく。きっと大丈夫だ。


香山は、コンパクトにバットを振った。的確にミートされた打球がライト前に抜けていった……


2点タイムリーヒットになってしまった。俺よりも香山の方が一枚上手だった。せっかく追い込んだが、香山の対応力は見事だった。


俺はここで交代を告げられた。7回途中、3失点だ。ベンチに下がる時に観客席から拍手をもらえた。

「前田、よく投げたぞ!」

お客さんは、ありがたいな。


観客席に妻の顔が見えた。

「健一、お疲れ様〜」


一番安心するのは、やっぱり妻の声だ。俺は、ベンチに下がってから、妻の手作りデザインタオルで汗を拭った。


高橋由伸監督もねぎらってくれた。

「前田、失点もあったが、先発ピッチャーとしてよく投げたぞ。でも、最後はカーブじゃなくて、お前の直球が見たかったな。次頼むぞ」


俺も、少し後悔した。タイミングを外すつもりが、香山に読まれていた。これも、勉強だ。


試合は、3対1で負けてしまった。俺は、負け投手になったが、試合をつくることができた。


トミージョン手術からおよそ2年。

やっと一軍の試合で、まともなピッチングができた。交代するまで、肘も大丈夫だった。試合後、トレーナーさんが入念にマッサージしてくれた。


「前田さん、ナイスピッチングだね。肘は大丈夫そうかなぁ」


トレーナーさんが心配そうに俺の肘を撫でてくれた。このトレーナーさんは、俺がケガをして以来、ずっと支えてくれたんだ。リハビリメニューを考えてくれたり、気分転換に飲みに連れて行ってくれた事もあった。


この人がいなかったら、俺は今日のマウンドに立てなかった。

俺は、7回途中でマウンドを降りる時に、密かに投げていたボールをポケットにしまっていた。

トレーナーさんにボールを渡したかった。


「トレーナーさん、一軍復帰の記念に、このボールを貰ってくれませんか?」

俺の体のケアをしてくれた後に渡した。


トレーナーさんは、びっくりした様子だったが笑顔で、

「前田さん、ありがとう。でも、貰えないよ。このボールは、前田さんがケガをしてからの2年間の思いが詰まっているじゃないか。俺には重すぎて持てないよ」


「俺にとって、一番嬉しいのはマウンドで輝く前田さんの姿だよ。負け投手になったけど、今日の前田さんは輝いていたよ」


俺は、トレーナーさんの言葉で涙をこらえきれなくなった。

「俺、本当は不安で仕方なかったんです。でも、ピッチャーが弱さを見せるワケには、いかなかったんです」


トレーナーさんは、優しく俺の肩を叩いた。

「前田さんの右腕には、俺の思いも宿っているはずだよ。俺は、右腕のケアをする時にトレーナーとしての熱い魂を注入していたんだよ」


トレーナーさん、ヤバイですよ。熱いですよ、優し過ぎますよ。俺の右腕が優しさで爆発しそうです。


入念なマッサージ後に、トレーナーさんが別れ際に言った。

「前田さんの右腕には、俺の魂がある。だから、マウンドで投げる時は俺も一緒さ。じゃあ、またな」


マウンドで投げるために、どれだけ多くの人の助けを貰っていることか。

俺がやるべき事は分かっている。


感謝を忘れずに、右腕に宿る魂の声を聞きながら、マウンドで結果を出す事だ。


家に帰ると、妻が笑顔で迎えてくれた。

「健一、タオル使ってくれた?」


妻が作ってくれた、「ケンイチdaisuki」のメッセージ入りタオルは少し恥ずかしかったけど使わせてもらったよ。


「私ね、健一が投げている時にずっとタオルを広げていたんだよ。健一が見えるようにね」


あの文字が、ずっとオープンだったんだな……


その日のスポーツニュースでタオルを広げている妻がアップになっていた。全国中継であの文字が大写しになっていた……


妻の魂も俺の右腕に宿っているし、細かいことは気にしない!

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