熱戦続く
妻の愛情たっぷりのタオルで汗を拭いてから、俺は二回のマウンドに上がった。
一回は三者凡退だったので、二回は四番の筒田選手から始まる。セリーグ最強の打者といっても過言ではない。
二回になると少し冷静になれた。しかし、冷静に筒田選手の構えを見ると、どこに投げても打たれそうな貫禄がある。
キャッチャーのサインは、ボールになるカーブだ。やっぱり、初球から直球は怖い。
ボールの判定だ。筒田選手は、見逃した。
俺は、フォークボールを投げたい衝動に駆られた。キャッチャーのサインもフォークボールだった。ありがとう、キャッチャー。
俺は、ずっと筒田選手にフォークボールが通用するか試したかった。
俺にとって最初のヤマ場だ。俺は、力一杯腕を振ってフォークボールを投げた。しかし、高めに抜けてしまった。
ヤバイ、投げた瞬間に思った。
もう、どうしようもなかった。
筒田選手が捉えた打球は、あっという間に観客席の最上段に飛び込んだ。これが侍ジャパンの四番打者の打球なのか……
キャッチャーが声をかけてくれた。
「ソロホームランだ、気にするな。ここから、しっかりいこう」
そうだ。まだ一点だ。ソロホームランならオッケーだ。
俺は冷静だった。一回を三者凡退に抑えた事で、こんなに冷静でいられるんだ。
ここから、直球主体のピッチングに変えた。変化球は抜け気味だが、直球は走っていた。去年のセリーグ首位、宮沢選手は巧打者なのだが、インコース直球で詰まらせた。
二回を終えて、一失点。悪くないぞ。
味方打線は、相手投手に苦労していた。俺は、これ以上の失点は防ぎたい。
高橋由伸監督から、言われた。
「これ以上失点をしないとか考えるな。ピッチングが小さくなるぞ。打たれてもいいから逃げるなよ」
由伸アニキは、俺の気持ちが分かっていたのかな。
1対0で負けているが、それよりも自分のピッチングをしよう。まだ、試合展開を考えて投げる余裕もないしな。
俺は、開き直って投げた。そうすると、しっかり腕も振れて、直球もよく伸びた。直球が良いと変化球も効いた。
嬉しかったのは、俺がマウンドで投げいても、内野の選手がよく声をかけてくれた。俺は、一人じゃないって思えた。
筒田選手の三打席目が回ってきた。
一打席目はホームラン、二打席目はショートゴロだった。二打席目は直球で打ち取っていた。この三打席目は、俺に決意があった。
前の回のベンチで俺は、キャッチャーと話していた。
「筒田選手の次の打席は、フォークボールで仕留めたい。一打席目でフォークボールが抜けて、ホームランを打たれている。だから、絶対にフォークボールでやり返したい」
キャッチャーは、頷いてくれた。
「前田の事だから、そう言うと思っていた。俺はもちろんお前のフォークボールを勝負球にするつもりだったよ。筒田選手に100倍返しだ!」
前の打席は、直球で詰まらせていた。しかし、調子に乗ってはいけない。まずは、スライダーで様子見だ。
筒田選手は振ってきた。ファールだ。タイミングは合っている。
不気味だ。何を狙っているのか?この後の直球もしっかりとスイングしてきた。
流石だな。直球もスライダーもタイミングが合ったスイングだ。
しかし、俺は迷わない。俺は、フォークボールで生きていくんだ。相手が誰であろうとも、このボールが通用しなかったら俺は終わりなんだ。
マウンドの土に、おまじないのマルを書いた。これでいけるはずだ。
グローブの中で、しっかりとボールを挟んだ。まだ握力は落ちていない。後は、何も考えずに投げるだけだ。
投げた感触は、良かった。あとは、祈った、俺のボールよ落ちてくれ!
はーい、ボールから返事が聞こえるよ。
力強く落ちてくれた!
筒田選手のバットの先にかろうじて当たったボールは、力なく俺の前に転がった。ピッチャーゴロに終わった。
俺が自信を持って投げたフォークボールで筒田選手を打ち取れたんだ。この時、ようやくトミージョン手術からの復活を少しだけ感じられた。
しかし、一軍は甘くない。7回にピンチを迎える。ツーアウト二三塁で迎える打者はアイツだ。
「七番、キャッチャー、香山」
球場アナウンスにDeNAファンは大歓声だ。香山は、既に人気選手になっている。
香山と俺は同じ時期にケガをして、お互い励まし合いながらリハビリをやった時もあった。香山は俺よりも先に復帰して、一軍で結果を出していた。
最高の仲間だ。だからこそ、コイツには絶対に打たれたくない。
おっと、俺よ、冷静になれ。
まずは、マウンドに、マル書いてチョンした。
ゆっくりとキャッチャーのサインを見る。アウトコース直球のサインだ。香山は、変化球打ちが上手い。だから、直球で早めに追い込みたい。まずは、ワンストライクを取れた。
香山は、きっと俺のフォークボールを待っていると思う。俺の決め球は、フォークボールだが、ムキになってはいけない。
大事なのは、タイミングを外す事だ。キャッチャーのサインは、カーブだった。多分、カーブは香山の頭にはない。
そのはずだった……




