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エースナンバー  作者: 砂糖
33/55

復活への道

黒田が訪ねてきた。

肘の靱帯を断裂してトミージョン手術を受けた事は、黒田に伝えていた。


「よぉ、前田。調子はどうだ?」

黒田と会うのは久しぶりだ。


俺は、いつものように言った。

「俺のボールの音を聞いてくれよ」


黒田は、目が不自由なんだが、アマチュア時代から俺の投げるボールの音を聞いてくれていた。黒田の耳は、神ってる。


「お前、投球フォームを変えたな」

見えないはずなのに、黒田には分かるらしい。

やっぱり、コイツは神だ。


「スリークォーターに変えたんだ。この投げ方が一番しっくりくるんだ」

俺は、何球か投げながら説明した。


黒田は、ボールの音を聞きながら頷いていた。

「良い音だな。お前は昔、俺とバッテリーを組んでいた時はオーバースローだったよな」

黒田は、目が見えていた頃は、俺と長い間バッテリーを組んでいた。ある意味、俺のボールを一番よく知っている男だ。


「確か、お前は、巨人に入団してから暫くしてサイドスローに変えたんだよな。肘の手術の後にスリークォーターにしたんだな」


まるで、黒田は見えているかのようだ。


俺は、少しトーンを上げて答えた。

「再び、腕をサイドから少し上げるのは、大きな決断だった。まだまだ思うようなボールじゃないけど、肘の不安をあまり感じずに投げられるんだ」


俺は引き続き投げて、黒田に音を聞かせた。


黒田は、言ってくれた。

「前田、俺にしか分からないお前の音がある。スリークォーターで投げるお前のボールは、美しくて鋭い音だ。お前の方向性は間違っていない」


何故だろう。黒田に言われたら、安心する俺がいた。


少しずつ、投げるボールの強度を上げながらキャッチボールの距離を伸ばしていく。


ブルペンにも入って投げていた。

スリークォーターに変えた事で、投球内容も変わった。昔、オーバースローで投げていた時に多投していたフォークボールを復活させた。更に、チェンジアップの習得に挑戦した。


もちろん簡単じゃないけど、何より嬉しいのは肘の痛みを感じずに投げられる事だった。


二軍の練習に参加できるまでになった。やっぱりチームのみんなと一緒に野球が出来るのは楽しいな。


俺よりも若い選手がたくさんいて、みんなガムシャラに一軍を目指している。とても刺激を受ける。


トミージョン手術から一年半を過ぎた頃、俺は、ついに試合で投げられるようになった。


イースタンリーグの試合で、先発投手をさせてもらえた。相手はDeNAだ。DeNAには、俺と同じようにケガからの復活を目指す男がいる。ドカベン香山だ。


香山とは、辛かったリハビリを一緒に行っていた時期もあって、お互いに認め合うライバルだ。


ネクストバッターサークルにいる香山がマスコットバットを振っている。相変わらず、迫力あるスイングだ。ゆっくり、打席に向かってきた。


俺は、香山との対戦を心待ちにしていた。前に遊びでソフトボールをやった時は、前田夫婦と香山夫婦の勝負で前田夫婦は負けていた。


トミージョン手術から肘の回復ぶりを測るには良い相手だ。

香山は忘れているかもしれないが、俺は約束を破らない。

全球ストレート勝負を約束していた。


スリークォーターに変えた事で、右腕をムチのようにしならせて投げる感覚を掴めた。


初球は、長打を警戒してアウトコースを狙う。

ストライク! 審判の手が上がった。香山は、ピクリともせずに見送った。


俺は、香山を睨みつけた。どうだ!


香山は一度打席を外して、豪快にスイングして打席に入り直した。

俺の直球勝負のメッセージをヤツは受け取ったようだな。


2球目のキャッチャーのサインは、カーブだった。俺は、首を振ってインコースの直球を投げた。


カッキーン、香山のバットが火を噴いた。レフトポール際への大飛球だ。俺は、やられたと思って、ボールの行方を見たくなかった。


ファール。塁審の判定が聞こえた。

助かった。しかし、これでツーストライクで追い込んだ。


ここからが香山はしぶとかった。

ファールで粘る。9球投げてから、後輩キャッチャーがマウンドに来て俺に話した。

「前田さん、何故変化球のサインに首を振るんですか?次はフォークボール投げたら勝ちですよ」


俺は、決意していた。

「ごめんな。俺は、この対戦をトミージョン手術からの復活の試金石にしたいんだ。俺が今後、まだプロ野球選手としてやれるかどうかを賭けているんだ。だから、絶対に直球で勝負したいんだ」


「直球で勝負できなくなったら、俺は引退するつもりだ。頼む、やらせてくれ」


後輩キャッチャーは笑った。

「前田さんらしいな。分かりました。前田さんの生き様を見せてください」


俺は、再び香山を睨んだ。香山も俺を睨んでいる。普段は優しい香山だが、この打席は凄い気迫だ。


俺も闘争心をボールに込めて、しかし無欲に全力で直球を投げ込んだ。


香山は直球を待っていた。ヤツがバットの芯でボールを捉えたら今度こそホームランだ。


俺が投げたコースは甘かったが、球威が勝った。ピッチャーフライに打ち取った。香山に勝ったんだ。


俺は、この試合で勝ち投手になれた。二軍戦だが、復活への大きな一歩を踏み出せた。

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