ドカベン香山
俺はトミージョン手術を受けてから、懸命にリハビリを行なってきた。最近になってようやく、近い距離からのキャッチボールができるよ うになった。
嬉しかったが、まだまた道は遠い。
本当は、もっと長い距離を強いボールを投げたい。気持ちは焦る。
元巨人の桑田さんに言われたように、淡々とトレーニングを続けるんだ。これまでの辛かった日々を無駄にしないために。
一軍の試合は見たくなかった。見てしまうと、自分の気持ちをコントロールできなくなりそうだ。
でも、俺は忘れていない。広島カープのエース山田さんと約束したんだ。いつか、東京ドームの巨人対広島戦で投げ合って勝負する。その日が必ず来る事を信じている。
山田さんからはラインで、
「前田さん、復活を信じてマウンドで待っていますよ」
と言ってもらえた。
ちなみに、山田さんは今シーズンも絶好調で、広島カープも首位を快走している。
今シーズンは復帰できないが、必ず来シーズンは復帰して、山田さんに投げ勝ちたい。
俺には、復活を期する仲間がいる。
DeNAの香山選手だ。この選手は、キャッチャーで強肩強打がウリだ。
俺と同じ年にプロに入団して、二軍時代からしのぎを削ってきた。
100キロを超える巨漢で凄いパワーの持ち主だ。他球団の選手ながら、注目していた。
気は優しくて力持ち、そんなフレーズがぴったりの男だ。
昔、よく読んでいた野球漫画の主人公を思い出す選手だ。
香山選手は、右腕を骨折してしまった。彼は、これから一軍のレギュラー定着を狙っていた有望株だった。
一緒にリハビリを行った時期もあって、お互い励ましあっていた。
ある日、香山選手に誘われた。
「前田、一緒に野球のマネゴトしないか?」
俺たちは、まともに野球が出来ない状態が続いた。だから、マネゴトでも何でもいいから野球がやりたかった。
「ソフトボールを使って、投げるのは全て下からにしよう」
これなら、お互いに腕に負担をかけずに出来そうだ。
そして、お互いの妻を加えて、2対2で対戦する。
俺の妻は、やる気満々だ。
「遊びでもやるからには勝とうね。同じセリーグのDeNAに負けられないね!」
妻は、巨人のレプリカユニフォームを着ていた。しかし、背番号は俺の38ではなくて、高橋由伸監督の番号だった……
妻がピッチャーで、下からゆっくり投げて、俺と香山がそれぞれのチームの守備要員になる。一応、前田夫婦は巨人で香山夫婦はDeNAとして対戦だ。
試合は、巨人チームのボロ負けに終わった。何故なら、香山の奥さんは、ソフトボールの選手として全国大会に出場した経験があった。
俺は、打席に立ったが、香山の奥さんは、もの凄いボールを投げてきた。ボールが浮き上がって、うなりをあげていた。
もちろん、肘が大事なので、軽くしかバットを振らないが、それでも俺は一応プロ野球選手なんだ。
しかし、完璧に抑えられて苦笑いするしかなかった。
まぁ、俺は本業ピッチャーだから、打てなくてもいいかな……
しかし、妻はヒットを打っていた。妻が、勝ち誇ったように俺を見ていた。
香山も気持ち良さそうに軽くスイングしていた。さすが、プロ入団時にドカベンと言われた男だ。バットに当てただけでもボールは飛んでいく。
10対2でDeNAチームの勝利に終わった。久しぶりに野球らしき事ができて楽しかった。
「前田、やっぱり野球ができるっていいよな」
香山も満足そうだった。
「俺は、二軍時代からお前との対戦が楽しみだった。お前にインコースをえぐられた時は熱くなって、絶対にインコースを打ってやろうとヤマを張っていた」
「そんな時に限って、お前はアウトコースのスライダーで、俺は空振り三振に仕留められた。そんな対戦をまたやりたい」
香山は、俺に言った。
コイツもなかなか熱いヤツなんだ。
もちろん、俺も応えた。
「今度、プロで対戦する時は、全球ストレート勝負だ! しっかり練習しとけよ」
また一つ、復帰後の楽しみが増えたな。
なお、負けた巨人チームは、その後の食事代を負担する事になっていた。神戸牛の高級ステーキ店だった。
俺の妻は、勝つつもりでこの店を予約していた……
俺は、落ちた筋力を回復させながら、トミージョン手術から一年ぐらいして実践練習ができるまでになった。
ここで、大きな試みに取り組んだ。
それは、投球フォームを変える事だ。
以前のフォームを分析した結果、肘への負担が大きい事が分かった。特に、得意のスライダーを多投した事が肘の靱帯断裂に繋がっていた。
そこで、右腕を少し上げて、スリークォーターから投げるようにした。
俺は、アマチュア時代は、オーバースローで、巨人に入団後にコントロールを改善する目的でサイドスローに変更していた。
そのサイドスローからスリークォーターに変更すると、当然腕を上げなけれならない。
普通は、腕を上げると肩や肘への負担が増すが、俺の場合は特殊だった。
腕を少し上げてみると、キャッチボールの時も痛みが少なくて、自然に投げられた。
だから、スリークォーターにしてみた。様々な試行錯誤の結果、俺にとっては一番スムーズな動作で肘への負担が少なかった。
このフォームを固めて、強く右腕を振る事が出来るかどうかがポイントだ。
しかし、サイドスローから再び腕を上げてスリークォーターにする事は、想像以上に難しかった。




