夢の仲間たち
俺は、高校時代の監督に協力してもらって、ピッチング練習をした。所属している社会人チームで投げているとはいえ、プロを目指して投げていたわけじゃない。
「やっぱり、全盛期に比べたらダメだな」
監督は、俺のボールを物足りなさそうに受けていた。
自分でも分かっていた。
「とにかく、まずは直球だ。直球のキレを取り戻そう」
俺は監督が考えてくれたトレーニングメニューを必死にこなした。
不安になる時間がなくなるぐらい、練習した。
「監督についていけば大丈夫」
根拠のない自信があった。
こんな日々が続いたが、もちろん簡単じゃなかった。
疲れて、仕事中も集中できなくなってきた。
「こら! 前田、何してるんだ。ボヤボヤするな」
思わず、仕事中にボーっとしてしまった。最近、ミスも増えた。
「前田、最近どうしたんだ?」
同僚も心配してくれたけど、プロ野球選手を目指す事はほとんどの人に内緒にしている。言ったところで冗談だと思われるだけだろう。
「大丈夫だ。ちょっと疲れてるだけだ」
野球は言い訳にできない。俺には妻を守る義務もあるんだ。しっかり仕事をしなければならない。
妻は、トレーニングに励む俺に色々協力してくれる。朝のランニングの並走だけじゃなくて、体のマッサージをしてくれたり食事面でもバランスよく用意してくれる。
俺は良い奥さんをもらったな。
ある朝、突然妻に言われた。
「ねぇ、健一。何か隠してるでしょ?」
「えっ? 何だよ。何もないよ」
妻はカンが良いから、俺はドキッとした。
「私を見くびらないでよ。健康のためって言うけど、朝は20キロ走るし、仕事の後もトレーニングしてるのは何故? 健康のためにしては、やりすぎでしょ」
俺は、すぐに答えられなかった。
「何か凄い事をやろうとしてるよね?私は健一の奥さんだから、あなたが何を考えているかだいたい分かるよ。
健一の友達の黒田さんが目をケガした事と関係あるの?」
俺は、妻に全て話した。
黒田の目のケガをきっかけに、俺の幼い頃からの夢であるプロ野球選手を再び目指す事を。
妻の反応が気になった。
「健一はずっと一生懸命野球やってたよね。私は、健一のひたむきな姿を好きになったんだよ。
健一の夢は私の夢だよ。どこまでもついていくよ」
夢の仲間がまた一人増えた。
野球と仕事の二足のわらじを続けて一年ほど経った。我ながらよく続いたもんだ。
正直に言うと何度も辞めたくなった。野球を辞めたくなったら、テレビで野球中継を見ながら、マウンドに立って投げる俺を想像した。その姿にニヤニヤした。
俺は単純な男だ。
「いいぞ、前田。お前の投げるボールが速くなってきたし、キレも増してきた。この調子だ」
高校時代の監督も褒めてくれた。
自分でも思う。今までの野球人生の中で、最高のボールを投げる事ができている。
久しぶりに黒田を訪ねてみた。
黒田は、視力が回復せず、元の仕事を辞める事になってしまったが、人生を諦めてはいなかった。
「なあ、前田。俺、生きるために何ができるかよく考えたんだ」
黒田は、目がほとんど見えていないせいか視線は定まらないが、声は力強かった。
「俺、心理カウンセラーになる事にした。目が見えなくなって悩んでばかりだったけど、同じような境遇の人たちに会って、活き活きしてる人がたくさんいた。
俺は少しずつ前向きになれた。
だから、今度は俺が誰かの力になりたいんだ。
どうしようもなくて、悩んでる人を助ける事ができる人間になるんだ」
黒田がそんな事を考えているとは知らなかった。
「やっぱりお前は凄いヤツだな。お前なら素晴らしいカウンセラーになれるよ」
黒田は明るく笑っていた。
「お前は壮大な夢に向かってる。俺が挫けたら笑われる。それに、ラジオのプロ野球中継でお前の雄姿を聞きたいからな」
俺と黒田は前進あるのみだ!
輝かしい未来へ向かって。




