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エースナンバー  作者: 砂糖
29/55

目指せ一軍定着

俺は、腕を下げてサイドスローにしてから、スライダーのキレが数段増した。このボールを勝負球にできるようになった。今までは、困ったら直球だったが、他のボールでも勝負できるようになった事でピッチングが楽になった。


最近は、勝ちパターンの中継ぎとして、終盤のマウンドを任されるようになった。


妻も、よく応援してくれる。

「健一は、7回に投げる事が多いね。ラッキーセブンでマウンドに上がるってカッコいいじゃない。私もテレビの前で大声で応援してるよ」


やっぱり、妻は俺を大事に思ってくれているんだな。


「でもね、帽子を取った時の髪型がイマイチだね〜。今度私が美容院に連れて行ってあげるね」

妻が注目してるのは、俺の髪型なんだな……


妻の指導を受けて、髪型をキメて広島遠征に向かった。敵地マツダスタジアムに乗り込む。


ここは、俺にとって嫌な球場だ。観客席が真っ赤に染まって、周りが全て敵に見えてくる。


今年、広島カープは強くて、セリーグ1位だ。我が巨人は2位につけており、負けられない試合だ。


観客席から聞き覚えのある声が聞こえた。

「前田さん、頑張ってください」

福岡遠征の時に行ったラーメン屋の大将だ。その時、優しい言葉をくれた人だ。広島まで、来てくれたんだな。

俺は、手を挙げて大将に応えた。

今度福岡に行ったら、ラーメン3杯食べますよ。


試合は、一点ビハインドで7回だ。


「ピッチャーは前田、背番号38」

球場にアナウンスが響く。俺は、さっそうとマウンドに向かった。ブルペンでの準備も充分だ。


打席に鈴田誠也選手が入る。

前回の対戦は、俺が勝っていた。


初球は、カーブから入る。鈴田誠也選手はタイミングが全く合っていない様子で見逃した。

何を狙っているのか?


次は、最近調子が良いスライダーで攻める。

投げた瞬間、鈴田誠也選手が踏み込んできた。

ヤバイ、スライダーを読まれている。


捉えられた打球が左中間を切り裂いた。二塁打を打たれた。

得意なスライダーを打たれた事が、俺の動揺を誘った。


それから、ヒットとファーボールなどで、ツーアウト満塁になった。一点ビハインドの展開なので、失点は許されない。


迎える打者は、ヘキドレッド選手だ。ネクストバッターサークルで、バットを振り回している。凄いスイングだ。


俺は、帽子の裏に書いた「無欲」を見た。ピンチの時こそ、無欲になるんだ。三振を狙うよりも、タイミングを外させてバットをしっかり振らせないようなボールを投げるんだ。


しかし、この時、右肘に違和感を感じていた。


痛い……


今はそんな事言ってる場合じゃない。


ヘキドレッド選手は、アウトコースのスライダーを苦手にしている。

初球から、決め球スライダーのサインだ。


俺は、ふぅ〜と息を吐いて、ヘキドレッド選手を睨みつけながら、右腕を振って投げた。


その瞬間、右腕に力が入らなくなった。スライダーどころか超スローボールになった。ヘキドレッド選手は、タイミングが合わなくて空振り三振に終わった。


なんとかゼロに抑えた。

しかし、俺は大きな代償を負った。

右肘が痛くて、全く力も入らない。


これは、ヤバイかも……

俺の直感が教えてくれた。


俺は、アマチュア時代からプロに入ってからも大きなケガをした事がなかった。強豪チームに所属したことがなかったので、高校時代も甲子園には無縁だった。だから投げ過ぎの心配は、ないと思っていた。


なのに、なぜ……


東京都内の病院で精密検査を行った。結果は、右肘の靱帯断裂だった……


もちろん、一軍登録を抹消された。

プロ野球選手で靱帯断裂したピッチャーは、テレビなどで知っているが、まさか俺がなるなんて。


プロ入り前に発覚した脳腫瘍の不安は最近忘れていたほどだった。プロのピッチャーとしての自信がようやく出てきたところだった。


球団や医師と相談したが、やはり手術しないと治らないようだ。手術すると、リハビリ期間を含めて一年以上も棒に振ることになる。しかも、復帰しても前と同じようなボールが投げられるか分からない。


やっと、ここまで来れたのに。

やっと、少しだけ一軍という光が見えてきたのに。

やっと、やっと……


俺は、家に帰って妻の顔を見ると、涙が止まらなかった。

妻は、俺の涙から全てを悟った。


「健一、辛いよね。ごめんね、言葉が見つからないよ」


「私はどんな健一でも、ずっとそばにいたいよ。どこまでも、どんな世界でも一緒だよ」


ありがとう、ケガをしてゴメンよ。


「でもね、私は、健一の世界は球場のマウンドしかないと思っているよ。あとは、健一が後悔しないように決めてね」


今までガムシャラに走ってきた。会社員をしながらプロ野球選手を目指すという無謀な挑戦をしてきた。

何度も何度も諦めかけたけど、それでも夢を捨てられなかった。


目が不自由になった黒田が頭に浮かんだ。

「前田、お前はプロ野球選手になってエースナンバーを付けるピッチャーになるって言ってただろ?あれは嘘じゃないだろ?俺は信じてるぞ」


黒田の声が聞こえる……


妻、黒田。俺を導いてくれるのか。


俺は、トミージョン手術を受けることに決めた。


ここから続く道の先には、栄光の架橋が必ずあると信じたい。

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