豚骨ラーメン
俺は、一軍に呼んでもらえた。
もう二軍には落ちたくない。今度こそやるぞ!
とにかく、右腕をしっかり振って投げるんだ。余計な事は考えずに、打者を睨みながら投げるんだ。
今回は、セパ交流戦のソフトバンク戦での一軍登録だ。強力打線が自慢のチームだ。
俺は、今回も中継ぎが役割になる。ブルペンで準備しながら出番を待つ。
ブルペンでの調子は良かった。ボールの音もキレイだった。高校時代の恩師が、森の中で教えてくれた音と同じだ。
お互いの先発投手が踏ん張って、7回まで 0対0 だ。
巨人は、8回からマシトン選手が投げる。しかし、アクシデントが起こった。ソフトバンクの打者が打ったピッチャーライナーがマシトン選手を直撃した。マシトン選手は負傷交代してしまう。
「前田、お前が行け」
ブルペンのコーチから告げられた。
緊張するが、準備は万端だ。俺がマウンドに上がる時には、ゆずの「栄光の架橋」を心の中で歌う。
無欲に、そして闘争心を持ってマウンドに上がった。
ここは、福岡だから俺はアウェーだ。ノーアウト1塁で迎える打者は、柳川選手だ。ヤフオクドームは、柳川選手への大声援に包まれた。
柳川選手は、D eNAの筒田選手と並んで、現役日本人打者では非常に怖い選手だ。
俺は、筒田選手との対戦を思い出した。あの時と同じように、柳川選手をジッーと睨んだ。キャッチャーとサインが決まったら柳川選手と、にらめっこだ。
柳川選手は、嫌そうだった。よしっ、これなら相手を攻められるぞ。
キャッチャーのサインはインコースの直球だ。
少し、甘くなってしまった。柳川選手が捉えたボールが鋭いライナーで、俺に向かって飛んできた。
俺は、とっさにグローブを出した。顔付近にボールが来たので、恐怖で目をつぶってしまった。
でも、ボールは俺のグローブに収まっていた。ピッチャーライナーだ。
ラッキーだったが、柳川選手をアウトにできて、落ち着けた。
でも、欲を出したらいけない。平常心を保ちながら、次の打者に挑む。
次は、デポバイネ選手だ。この選手もバットスイングが速くて、長打力満点だ。広島カープとの対戦でヘキドレッド選手にホームランを打たれているし、外国人打者には苦手意識もあった。
デポバイネ選手にも、にらめっこを挑んだが、この選手は顔がイカツイ。見るのやめとこ。
キャッチャーのサインは、さっきと違ってスライダーだ。デポバイネ選手に引っ掛けさせて内野ゴロを狙う。
狙い通りに内野ゴロに打ち取れた。デポバイネ選手は、バットを叩きつけて悔しがっている。
8回をゼロに抑えて、役目を果たせた。やっぱり、無事に仕事を終えてマウンドから降りる気分は最高だな。
この試合、巨人は2対1で勝った。俺に勝ち星は付かなかったが、充実感があった。
冷静な状態でソフトバンクの打者を打ち取れた事は大きな自信になった。
俺は、夜空の満月に話した。
「先生、俺のボール音はキレイでしたか?先生に聞いて頂いていると思いながら投げましたよ」
高校時代の恩師にまた会えたらいいな。
試合の後、福岡の街で大好きなラーメンを食べた。
俺は、元は塩ラーメンが好きだったが、豚骨ラーメンもなかなか美味いな。
ラーメン店の大将が俺を見て驚いていた。
「お客さん、巨人の前田選手ですよね。今日の試合で投げていましたよね」
俺は、まだまだ無名な選手だから、街中で声を掛けられる事はほとんどなかった。
だから、嬉しかった。
「はい、巨人の前田です。応援して頂けたらありがたいです」
大将は、笑いながら言った。
「私は、二軍で投げていた前田さんを何度も見ましたよ。私は巨人ファンではないけど、前田さんは好きでしたよ」
おー、嬉しいっす、ありがとうございます。
「ギラギラしていた他のピッチャーと違って、前田さんは暖かい雰囲気を持っていらっしゃる。きっと、色々なものを背負って投げているんだなと思いましたよ」
「だから、前田さんを応援したくなりましたよ。私は、不思議と前田さんに感情移入してしまいました」
こんな事言われたら、涙もろい俺は泣いてしまうじゃないか。ありがとうございます、大将。
確かに、俺は、黒田や高校時代の恩師や目が不自由な少年など多くの人の夢を力に変えて戦っているのかもしれない。
その店の豚骨ラーメンを二杯食べた。最高に美味いラーメンだった。
大将の心の暖かさと美味いラーメンで、お腹いっぱい、大満足の福岡の夜だった。
次の試合は、本拠地東京ドームの試合だ。これまで、東京ドームでは、あまり良い投球ができていなかった。やっぱり、本拠地で結果をださないと認めてもらえない。
試合は、巨人対阪神の伝統の一戦だ。このカードは、特別な雰囲気がある。絶対に負けられない相手だ。
俺は、中継ぎピッチャーとして、マウンドに上がった。
昔、甲子園球場で阪神対巨人を観戦したことはあったが、まさか自分が巨人の選手として試合に出場するなんて思いもしなかった。
いつもどおり、登場曲「栄光の架橋」でスタートだ。
この試合は、満塁のピンチを招いたが、最後の一球は闘争心をボールに込めた。
俺が、打者を抑えて試合が終わった。勝ったんだ。この瞬間を味わえた。
しんどいけど、この味があるから野球はやめられない。
やっと掴んだ一軍の椅子、今度こそ絶対に手放さない。
そのはずだった……




