ビビリの美学
親友黒田が訪ねてきた。
「もうすぐ二年目のシーズンが始まるな。調子はどうだ?」
俺は、強がった。
「開幕は二軍スタートだけど、調子は悪くない」
黒田、少し笑った。
「お前と何年の付き合いだと思っているんだ。それに、俺は心理カウンセラーだぞ。俺をごまかせると思うなよ」
やっぱり、コイツは知っていたんだ。俺は、話した。
オープン戦で散々に打たれて、一軍の怖さを知ってしまってから右腕をしっかり振って投げる事ができなくなった……
黒田は、熱心に聞いてくれた。
「なぁ、前田。お前は、何で生きているんだ?」
えっ、何を言ってるんだ?
黒田は構わず続けた。
「俺は、死ぬのが怖いからだ。目が不自由になって、全てに絶望した。だけど死ぬ勇気もなかったから仕方なく生きているんだ」
「生きていたら腹も減るしお金も必要だろ。だから、仕方なく心理カウンセラーという仕事をしている」
俺は、黒田が言っている意味がまだよく分からない。
「何が言いたいかっていうと、死ぬ怖さが俺を生きさせているってことさ。今でも、俺は絶望感に支配されながら生きている」
「お前は、一軍で打たれるのが怖くて右腕を振れないんだろ。でも、野球を辞める勇気もないだろ。だったら、ビビリながらでも、俺のように仕方なく投げたらいいよ」
ビビリながらでも仕方なく投げる?
そんなのでいいのか?
「ビビリながら生きていても、それがだんだん力に変わっていく。俺は、ビビってたおかげで色々な人の気持ちが分かるようになった。それが、心理カウンセラーという仕事に活かされているんだ」
「お前もビビリながらボールを投げていたら、いつか力に変わるかもしれない」
「これが、ビビリの美学だ。以前に教えた後向きの美学と似てるけどな。後向きとビビリの美学を体得したらお前は最強だ」
なるほど、ビビリの美学か。ビビリでも良いんだな。
黒田は、穏やか表情だ。これが仕方なく生きている男の顔なのか。
「ビビリながら仕方なく投げて、打たれ続けたら巨人がクビにしてくれるさ。それこそ望むところだろ。もう苦しまなくてすむぞ」
後向きとビビリもここまでいくと凄いな。俺は感心してしまった。
黒田節はまだ止まらない。
「巨人をクビになったら、俺と一緒に心理カウンセラーやろう。視覚障害者の俺と元プロ野球選手のお前が組めば最強コンビだな」
それも悪くないな、最後は俺も笑ってしまった。
「じゃあな、仕方なく頑張れよ」
そう言って黒田は去って行った。
俺は、黒田に教えられたようにビビリながら仕方なく試合で投げる事にした。まぁ、何とか右腕を振って投げられるようになった。
少しずつだが、結果が出るようになってきた。
ビビってるうちに分かってきた。
打者も怖いんじゃないのか?
打者もピッチャーに抑えられるのが、怖いはずだ。
じゃあ、お互い様だな。
だったら、大丈夫だな。
右腕を振れるようになると、だんだんボールのキレも戻ってきた。
気持ちが変わると投げるボールも変わる。不思議なもんだな。
開幕は二軍スタートだが、先発ローテーションで投げれた。
その頃、一軍ではピッチャーにケガ人が出ていた。俺に再びチャンスが回ってきた。
「前田、次の広島戦は一軍に登録するから準備しておけ」
コーチから言われた。
よりによって広島戦か。前回、ヘキドレッド選手に打たれたスリーランホームランが脳裏をよぎる。また、対戦があるのかな。やっぱりビビるかもしれない……
場所は、広島東洋カープの本拠地マツダスタジアムだ。カープのファンで真っ赤に染まっていた。
そこで出番がきた。
「ピッチャー前田、背番号38」
球場にアナウンスされた。試合は、7点差で負けている最終回のマウンドだ。いわゆる敗戦処理だ。しかし、点差は関係ない。俺にとっては重要なマウンドだ。
ちなみに広島カープの先発投手は、あの山田さんだった。
広島ベンチにいる山田さんが微かに見えた。
相手はいきなり四番、鈴田誠也選手だ。リーグを代表する打者だ。ヘキドレッド選手に勝るとも劣らないパワーを持っている。
俺はビビっているが、相手も俺と初対決だ。俺が投げるボールを見るのは初めてなんだ。鈴田誠也選手もビビってるに違いない。
ビビリ対決だったら負けないぜ。
初球は、怖いからアウトコースのスライダーで様子を見よう。
おっ、空振りしてくれた。じゃあ次はインコースの直球だ。
鈴田誠也選手は、これをファールした。よし、ツーストライク追い込んだぞ。
最後はやっぱり怖いから、アウトコースのスライダーでなるべく安全にいこう。
ストライク、バッターアウト!
空振り三振して鈴田誠也選手が悔しそうだ。
やったぞ。ビビリながら投げても抑えれるじゃないか!
結局、この日はヒット一本打たれたが0点に抑えた。一軍の公式戦で初めて0点に抑えた。
高橋由伸監督も言ってくれた。
「鈴田誠也を仕留めたスライダーは、良かったぞ。次も頼むぞ」
次もビビリながら投げよう。相手もビビってるはずさ。
またしても、黒田に救われた。
ありがとう。




