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エースナンバー  作者: 砂糖
23/55

前田ロード第2章

俺は、シーズンオフに、あの少年を訪ねた。

最初に俺のファンになってくれた、目が不自由な少年だ。

あの、約束を果たすために。


久しぶりに会うと、少年は元気そうだった。

「こんにちは、巨人の前田だよ。今日は、あの約束を果たしに来たよ。覚えているかな?」


少年は、嬉しそうに、

「お兄さん覚えてくれたんだね。嬉しすぎて気絶しそうだよ!」


俺も嬉しくなった。

「俺は、人との約束は絶対に破らないよ。二軍戦だけど、俺の初勝利のウイニングボールだよ。受け取ってくれよ」


俺は、少年の手を取って、ウイニングボールを握らせた。

「俺は、このボールで勝ったよ」


少年は、何度も頷いた。

「これが、ウイニングボールなんだね。いい感触だね。点字新聞で読んだよ。日本ハムの清川選手も抑えたんだってね」


俺は、少し誇らしくなった。

「清川選手を抑えたら、二軍戦でも新聞に取り上げてもらえるのさ」


「お兄さん凄いよ。僕ね、前にお兄さんと握手した時に思ったよ。この人は、必ず凄いピッチャーになるって」

少年は、興奮気味だ。


俺も、熱く応えた。

「来年は背番号が38に変わるんだ。来年こそは、一軍で頑張るよ。一軍の試合だったらラジオ中継があるから応援頼むよ」


少年は、力強く言った。

「もちろんだよ。でも、一軍の試合のウイニングボールはお兄さんの宝物にしてよ。僕は、今日のボールで充分だよ」


俺は、胸が熱くなった。

来年は、一軍で初勝利を挙げるんだ!


シーズンオフはあっという間に終わり、2年目が始まった。まずは、自主トレーニングだ。


去年は、広島東洋カープのエース山田さんが声をかけてくれて一緒にやった。山田さんは、一軍で実績のあるピッチャーなので一緒にトレーニングできたらとても勉強になる。


俺は、山田さんに頭を下げてお願いした。

「山田さん、もし邪魔でなければ、一緒に自主トレーニングさせてもらえませんか?」


山田さんは、厳しい口調で話してくれた。

「前田さんは来年は一軍を狙っていますよね。一軍になったら、僕と勝負する場面が出てきますよね。だったら、一緒に自主トレーニングできません。僕は馴れ合いは嫌なんです」


俺が甘かった。プロは、やるかやられるかの世界だ。仲良しごっこじゃないんだ。

「分かりました。山田さんの言うとおりです。僕が間違っていました」


山田さんは、

「僕は、前田さんの凄い力を知っているから、あえて厳しく言わせていただきました。次に会う時は、一軍のマウンドで勝負です」


これが、プロで生きる男だな。俺も見習おう。


俺は、一人で自主トレーニングをすることにした。とにかく、体作りに取り組むつもりだ。


プロを目指していた頃、壁に当たった時は徹底的に走りこんで下半身を強化した。俺が走った道は、芝生が抜けて道になったんだ。俺は、「前田ロード」と呼んでいた。


よしっ、またやるか。


「私の出番だね」

妻の鼻息が荒くなった。


まさか、また俺を自転車で追いかけ回すつもりなのか。

妻の自転車は、かなり暴走するのだが……


「じゃーん。今回はこれだよ!」

妻がカバーの掛かった物体を指差した。


何だ?多分、ヤバイやつだろう……


妻が、さっそうとカバーを外した。

そこには、電動自転車があった。

これで俺を追いかけ回すつもりなのか?


妻は、嬉しそうに言う。

「これはね、かなりスピードが出るタイプだよ。楽しみだね。ねぇ、今から試そうよ」


今から?俺の心の準備がまだなんだけどね。もちろん、妻は待ってくれない。


前田ロード第2章だ。

今回は、相手が悪かった。電動自転車に乗った妻は、誰も止められない。


俺は、必死に走って逃げた。ちょっとでも気を抜くと、電動自転車にひかれそうになる。


妻は、気持ち良さそうに電動自転車に乗っている。

この上なく、良いトレーニングができるな。


やっと、終わった。

疲れたが、下半身強化の道のりは順調に進んでいる。


「健一、走ってる姿カッコいいよ。さすがプロ野球選手だね〜」


おっ、良い事言うねぇ。さすが俺の妻だ。


「でもね、健一。サングラスして走った方が良いよ」


えっ、何で?


「だって、健一は走ってる時の顔は、イマイチだもん。普通の時は、カッコ良いよ(^^)」


俺はスポーツ選手なのに、走ってる時の顔はイマイチなのか……


とにかく、かなり走り込んだおかげで下半身強化は充分できたと思う。ピッチャーは、とにかく下半身だ。


他のトレーニングも順調にできた。山田さんを離れて自主トレーニングを行ったが、おかげで甘える事なく自分と向き合えた。


自主トレーニングが終わる頃には、俺が走った道の芝生がすっかり抜けていて、前田ロード第2章が完成した。


次は、キャンプが始まる。このキャンプでアピールすれば、開幕一軍が見えてくる。


キャンプインの前に、高校時代の恩師のお墓参りに行った。

プロを目指していた頃、練習に付き合ってくれたのは恩師だった。いつも二人三脚だった。

俺の中では、これから先もずっと恩師と二人三脚だ。


お墓に俺のサインボールをお供えさせてもらった。そして、空を見上げた。

「俺は、なんとか頑張っていますよ。見守ってくださいね」


空に浮かぶ雲が、笑った恩師の顔のように見えた。

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