右腕との会話
キャンプが終わって、シーズンが始まる。本当の勝負が始まる。
二軍で結果を出さなければ、一軍のチャンスはもらえない。
背番号も今は「68」だか、いつかはエースナンバー「18」を貰いたいんだ。
まずは、二軍の試合で、先発ローテーションに入る事が目標だ。
先発のチャンスをもらえた。相手は、日本ハムだ。注目のルーキー、清川選手がいる。
俺にとってアピールのチャンスだが、清川選手に打たれたら二軍戦でもスポーツ新聞にデカデカと書かれてしまう。
おっと、欲を出したらいけないんだった。
無欲にそして、闘争心をボールに込めて投げるんだ。
試合は、二軍戦なのに注目ルーキー清川選手の登場とあって観客席は満員だ。
妻も来てくれた。Tシャツの背中に俺の名前と背番号「67」とマジックで書いていた。
俺の背番号は「68」なんだけど……
一回表、いきなり清川選手との対決だ。相手は注目ルーキーだが、高卒1年目だ。それに対して、俺は、20代後半のルーキーだ。負けるわけにはいかない。
昔なら、直球で力勝負を挑んだが、今の俺は無欲なエースだ。
変化球、カーブから入る。うまくタイミングを外して内野ゴロに打ち取った。
7回を投げて2失点、勝ち投手になれた。なかなかの初登板だった。
観客席の妻も声援をくれていた。
振り返った時に妻の背中が見えた。
背番号の「67」がマジックで無理矢理「68」に訂正されていた。
次は、番号間違えないでね……
次の日のスポーツ新聞を大人買いした。
「清川ヨンタコ」の見出しだ。ちなみに、ヨンタコとは、4回打席に立ってノーヒットに終わることだ。
むふふ、俺が抑えたのさ。
清川選手のコメントでは、
「相手投手の前田さんに完敗です」
俺の名前を出してくれた!
清川君、若いのに君は偉いねー。
しかし、悪かったところは、しっかり反省だ。ファーボールを6つ与えてしまった。多すぎるな。
コーチからも、
「直球が良かったから、他の変化球も効果的だった。ファーボールを減らせようにしろ。お前のボールの威力だったら、コーナーを狙わなくてもいいから大胆にいけ」
はい、分かりました。
親友黒田も連絡くれた。
「点字新聞で読んだぞ。日本ハムの清川選手を抑えたようだな」
俺も上機嫌だった。
「まあな。初登板としては良かったと思う。清川選手との対戦は意識してしまったけどな」
「清川選手を打ち取った時に、観客席のガッカリ感が気持ち良かったぜ」
黒田は、続けた。
「清川選手ぐらいで満足してないよな?お前の目標はそんなもんじゃないだろ」
黒田は、相変わらず俺を挑発してくる。子どもの頃から、変わらないエールの送り方だ。
俺もいつもどおりに、
「当たり前だろ。俺をナメるなよ」
やっぱり、気心の知れたヤツは良いな。
しかし、道のりは平坦じゃなかった。ファーボールの多さがなかなか改善されない。
俺は、ボールをリリースする時に、キャッチャーを見ないのだが、それをやめてしまうと余計な力が入ってしまう。
試行錯誤を繰り返したが、どれもしっくりこない。
コーチから言われた。
「キャッチャーを見ない方が投げやすいなら、その投げ方で良いんだぞ。お前の右腕に宿る力を引き出すことを考えろ」
「お前と右腕で対話しろ。投げながら、話しかけるんだ。右腕の声に耳を傾けてみろ」
なるほど、右腕と会話するのか……
なんとなくだが、少し光が見えたかもしれない。
俺は、右腕と会話した結果、腕を少し下げてサイドスローにしてみた。
初めてのサイドスローだが、意外に右腕は喜んでいるようだ。
イメージは、元巨人の大エース、斎藤雅樹さんだ。
これなら、いけるかもしれない。
コントロールは、格段に良くなった。でも、ボールのキレも落ちていない。
1年目のシーズンは、ずっと二軍だったが、先発ローテーションを維持して4勝できた。
数字というよりも、二軍とはいえ一年やれた手ごたえは大きかった。
右腕と会話する感覚も新鮮だった。
新たな境地が見つかった気がした。
俺は、20代後半のルーキーだから時間がない。来年は、一軍でやれないとクビが危ない。プロ野球選手を続ける限りは気が休まらないな。
一年終わると、来年の契約を結びなおす。
球団からも、
「よく頑張ったけど、来年こそ一軍でやらないとダメだぞ。力はあるんだからもう一息だぞ」
背番号も変わった。
「68」から「38」になった。エースナンバーに近づけた。
しかし、妻は
「背番号が減ったら、年俸下がるんじゃないの?背番号増やしてもらいなよ。100番ぐらいがいいんじゃないの?」
100だったら、18から遠のいてしまう……
来年こそ、一軍でやるんだ!来年は、2年目だけど、既に背水の陣だ。
ちなみに、俺が二軍でいたシーズンは、一軍で広島東洋カープが日本一になった。
俺がプロ入り前からお世話になった山田さんが大活躍していた。
最多勝で沢村賞投手になっていた。沢村賞は、投手にとって最高の栄誉ある賞だ。
今はまだ遥か先に山田さんがいるが、いつかは追いつきたい。俺が巨人に入団が決まった時に約束したんだ。東京ドームで投げ合おうって。




