自主トレーニング
俺の背番号は「68」に決まった。ユニフォームも届いた。
やっぱりカッコいいなぁ。巨人の選手になれた実感が湧いてきた。
試着して、鏡の前でキメてみた。
妻も、満足そうだ。
「健一、似合ってるね〜。惚れ直しちゃうよ〜」
昨日までは、若手イケメン選手ランキング表ってのを作成していた妻だったが……
2月のキャンプが始まるまでは、自主トレーニングの期間だ。球団からもらっているトレーニングメニューを参考にしながら取り組む。
万全の状態でキャンプに入れるように、しっかりと体作りをやっていく。自主トレーニングといっても、非常に大切な時間だ。
俺は、今まで、主に高校時代の恩師と相談しながら、自己流の方法でやってきた。だから、本格的なプロのやり方は、とても新鮮だった。それと同時に今までになくキツそうな内容だった。
これまで二人三脚でやってきた恩師は、亡くなられたので、一緒に練習してくれる相手がいない。親友黒田は、目が不自由だから頼めない。
困っていたら、あの人が助けてくれた。
広島東洋カープのエース山田さんだ。
「前田さん、自主トレーニングですが、もしよかったら一緒にやりませんか?プロに入団して最初の年は、何かと大変でしょう。僕で良ければ、お手伝いしますよ」
俺は、流石に申し訳ないと思って、丁重にお断りしようと思った。
「山田さん、ありがとうございます。とても嬉しいのですが、僕が一緒だと山田さんの足を引っ張ってしまいます。迷惑かけたくないんです」
山田さんは、真剣な表情で言った。
「本当に迷惑だったら、誘いませんよ。僕だって勝負の世界に生きているんですから」
「前田さんと最初に会った時にプロ野球選手を目指したキッカケをお聞きして、とても刺激を受けました。
目が不自由な親友を励ます事から始まった前田さんの夢の道のりは、僕のココロを大きく揺さぶりましたよ」
「僕は、前田さんから色々教わった気がしています。だから、前田さんと一緒に自主トレーニングすることは、僕にとってもプラスになるんです」
山田さんは、最後には優しい笑顔に戻った。
俺には、もったいない言葉だった。
プロの一軍で活躍するエースピッチャーである山田さんと一緒に自主トレーニングができるなんて夢のようだ。
実は、夢じゃないのか?
「俺の頬っぺたをつねってみてくれないか?」
俺は、夢か現実か確かめるために妻に頼んでみた。
「いいよ。任しといてー」
妻は、俺の頬っぺたをつねり……じゃなくて思いっきりビンタされた……
あまりの痛さで、目の前に星が飛んでた。どうやら、山田さんと自主トレーニングできるのは、事実のようだ。
しかし、自主トレーニング前に俺は、頬っぺたを負傷した……
こうして、山田さんとの自主トレーニングが始まったが、俺と山田さんとの差は歴然としていた。まぁ、当たり前だか……
体力的な部分では、俺も相当な練習をやってきたし、何とか山田さんについていく自信はあった。
しかし、そこでも負けていた。
だからといって、簡単に負けてたまるか!
俺は、絶対に弱音を吐かないと決めていた。山田さんに遅れ気味になりながらでも、必死にこなしていく。
一日のトレーニングが終わると、足がガクガクで歩く事もままならないほどだった。ましてや、階段を少し登る事も大変になった。
そんな俺を横目に山田さんは、淡々とメニューをこなしていく。
「エライ世界に飛び込んでしまった」俺は改めて思った。
次の日に朝起きるのが嫌になるほどだった。
山田さんは、こんな風に言ってくれた。
「前田さん、僕も一年目は同じような感じでしたよ。でも、前田さんはフラフラになりながらも目は死んでませんね。闘争心は健在ですよ。それで充分です」
ありがとうございます、と同時にすみません。俺は、まだまだヒョッコです。
恐れ多くも、山田さんは俺とキャッチボールもしてくれた。
速くて重い…… こんなボールを受けたのは初めてだ。しかも、コントロールも正確だ。ほとんどグローブを動かす必要がないボールを山田さんは投げてくる。
一流の選手とのキャッチボールは、すごく勉強になる。
やっぱり、野球の基本はキャッチボールだな。
俺は、山田さんの勧めで野球日記をつけた。
日記を書くと色々整理できる。
いつの日か、この野球日記を書籍化しよう。タイトルは、「大投手の歩んだ道」といったところか。
ちょっと渋いなぁ、じゃあ、「大投手のサクセスストーリー」
俺ってセンスないな、小説家にはなれないな。
自主トレーニングは、とても充実した時間を過ごせた。
何より、山田さんを通してプロの一軍のレベルを感じれた事が大きかった。
プロでやっていく自信は、不明だけど、前に進むしかない。
くじけそうになったら、また、妻に必殺ビンタをもらって目を覚まそう!
ちょっとだけ、手加減してね……




