スタートライン
俺は、親友の黒田にプロ野球選手になるって宣言したけど、どうしたものか。目のケガで落ち込んでいた黒田を励ましたい一心から出た言葉だった。
夢物語かもしれないけど、俺はトライしてみるつもりだ。黒田の為だけじゃなく、俺自身の為にもやるんだ。
大学生の時、ドラフト指名されなくてプロ野球を諦めたつもりだったけど、俺は吹っ切れていなかった。幼い頃からの夢だったから。
黒田は、嬉しそうに言ってくれた。
「ありがとう、前田。楽しみに待ってるよ。前田はずっと、ピッチャーでエースナンバー1番を付けてたから、プロでも、もちろんエースナンバーを付けるんだよな?」
「もちろんだ。プロのエースナンバー18番を付けるから、ラジオでしっかり聞いてくれよ。」
やってやるぞ。俺は燃えていた。
目標はプロチームの入団テストに合格して、ドラフト会議で指名を受けることだ。
さて、どうしよう?
とりあえず妻には内緒にしておこう。笑われるしな。
仕事を続けながら、トレーニングをしなければならない。俺は営業マンで結構激務だ。
本当にできるのか?
出口のないトンネルに入る気分だな。
社会人チームに所属しているので、ある程度は体を動かしてきた。しかし、プロを目指すためには、まず体力をつけることにした。
明日から朝5時に起きてランニングしよう。
「早起きしてランニング?どうしたの?」妻は驚いていた。
俺はさらりと言った。
「健康のためさ。」
心の中で言った。
「いつかお前をプロ野球選手の妻にしてやるぜ。」
ずっと体育会系でやってきたから体力には、ある程度自信はあった。
しかし、早朝ランニングの後、仕事に向かうのはなかなか大変だ。
仕事は外回りの営業マンだから、結構歩く。
仕事終わったら、所属している社会人チームの施設を借りてトレーニングだ。チームメイトもキャッチボールの相手をしてくれたり、手伝ってくれた。
仕事と野球の両立は想像していた以上に辛い。俺は大丈夫なのか?やっぱり無茶なのか?
ある日、黒田のお見舞いに行くと、
「ぼんやりとしか見えないけど、何となくお前が疲れてそうなのが分かるよ。もしかして、あの約束を果たそうとしているのか?」
黒田は、俺の異変に気付いたようだ。
俺は、黒田の前では弱音を吐かないと決めた。
「俺は親友との約束を破るような男じゃない。お前がよく知ってるだろ。」
黒田はハッキリ見えない目で俺を見つめて言った。
「お前のその言葉だけで充分だよ。本当にありがとう。でも、お前の体が心配だ。仕事も忙しいんだろ?
お前は自分の人生を生きてくれよ。」
俺は、ただアイツの手を力一杯握って、少し涙が出た。
「早朝ランニングするなら、私も自転車で並走してあげるよ。」
妻が言ってくれた。
妻は気が強いが、優しくて暖かい女性だ。俺に付き合ってくれるようだ。
「こんなに練習してたら、プロ野球選手になれるかもね。」
妻は笑いながら言う。
もしかして、俺の気持ちを知っているのかな。
「そんなはずないだろ。」
俺も笑って言った。
俺は高校時代の監督にもプロ野球への挑戦を話していた。厳しい指導だったが、3年間みっちり鍛えられたおかげで俺は飛躍できた。俺を本気で叱ってくれたり、暖かさで包んでくれた。俺にとっては父親のような人だ。
「前田らしい決心だな。よし分かった。協力するよ。一緒に練習しよう。」
監督は俺の投げるボールをよく知っている。大学に行ってからも時々ボールを受けてくれていた。
「ありがとうございます!」
俺と黒田、二人だけの夢じゃない。
関わってくれる全ての人の気持ちを俺の右腕に乗せて、火の玉ストレートを投げるんだ。