カッコわるいサイン
俺は、ドラフト会議で巨人から10位指名を受けて、晴れてプロ野球選手になれた。
しかし、プロ野球選手になる事が目標じゃない。
一軍で活躍して、ピッチャーのエースナンバー「18」を付ける事が目標なんだ。そのためには、勝負はもう始まっているんだ。
というわけで、俺も意識改革が必要だ。
プロ野球選手は、体が資本になるので、食事面にも気を使わなければならない。
俺は、割と好き嫌いが多い。揚げ物やコーラが好きで野菜が苦手だ。特に塩ラーメンが大好きなんだ。一日三食、塩ラーメンでも平気だ。
これからは、少しだけ塩ラーメンを控えよう。
じゃあ、ラーメンの代わりにうどんを食べよう。俺は、この前、広島カープのエースピッチャー山田さんが招待してくれて京セラドーム大阪に行った時、大阪梅田で有名なうどん屋さんに行ったんだ。
その店は、有名人のサインがたくさん飾っていた。俺も、スター選手になってサインを飾ってもらおっと。まてよ、まだサイン考えていないな。カッコいいサインがいいよなぁ。
俺の妄想は、どんどん膨らむ。
うどん屋さんの大将は、大の阪神ファンだと言っている。
俺は、恐る恐る言ってみた。
「実は、ボク、来年入団する巨人の選手なんです」
「そうなんですか! お客さん、すごいですね。この店には阪神の金本監督も来てくれるんですよ」
「ボクは巨人の選手ですが、大将のうどんは、すごく美味しいです」
これは、お世辞じゃなくて本当に美味かった。
大将は、ニッコリしていた。
「ありがとうございます。私は、巨人は嫌いなんですが、お客さんは応援しますよ。お客さんが体力がつくように、美味しいうどん作ります。今日はトッピングサービスしますよ」
「お客さんがプロの一軍で投げる試合は、この店でテレビ中継流しますよ。前田さんがテレビの向こうで活躍する姿が楽しみですね」
大将は、巨人の選手である俺にも暖かい。
試合で関西に遠征する時は、なるべくこの店に顔を出したいなぁ。
「前田さん、もしよろしければサインもらえませんか?」
店を出る時に、大将から頼まれた。
まだサイン決めてないけど……
俺は、仕方なく大将のTシャツの背中に普通に書いた。
マジックで、「巨人、前田健一」と書いたがカッコよくない……
だけど、大将は喜んでくれた。
「ありがとうございます。私は前田さんが、ウチのうどんパワーで活躍できると確信していますよ! だから、なるべく阪神戦は投げないでください」
やっぱり、応援してくれる人の存在は有難いな。
俺に出来る事は、プロで活躍して恩返しする事だ。
あと、早くカッコいいサイン考えよっと。
親友黒田は、電話で俺のドラフト指名を祝福してくれた。
黒田は、目が不自由になってからは心理カウンセラーとして頑張っていた。俺は、黒田を励ますためにプロ野球選手を目指したが、むしろ途中から黒田が俺を励ましてくれていた。
「前田、とうとうやったな。おめでとう」
「黒田、ありがとう。お前がいなかったら、プロに行けなかったよ」
もちろん、俺は本心から言った。
「これでひとまず、俺の役目は終わりだな。これからは、一人のファンとして応援するよ」
黒田は、満足そうに言った
そうだよな。いつまでも黒田を頼るワケにはいかない。
「今まで、世話になったな。お前に挑発されながら、河川敷で投げた事が忘れられないよ」
黒田は、
「お前が、巨人のユニフォームを着て投げる姿を目で見る事はできないけど、球場のアナウンスで聞けるのが楽しみだ」と言う。
「ピッチャー、前田、背番号18」
このアナウンスを黒田に聞かせたい。
俺の背番号は、まだ分からないが、ドラフト10位の俺だからエースナンバー「18」は、ありえないだろう。
しかし、いつかきっと「18」になるんだ!
「前田、見えないけどサイン書いてくれよ」
黒田は、屈託なく笑った。
ヤバイ、またサインだ。相変わらず、サイン決めてないんだけど。
「よしっ、カッコいいやつを描いてやる!」
と言って描いたが、やはり普通の字で「巨人、前田健一」としか書けない。
「プロ野球選手っぽく描いてくれよ」黒田に頼まれたが……
俺が描いたサインは、黒田には見えない。
だが、黒田のココロにはハッキリ刻んだつもりだ。
黒田のココロに刻まれたサインには、もちろん18番が描かれていた。
それから、俺の背番号が決まった。
68番を貰えた。これから50を引くと18になる、素晴らしい背番号だ。
68番から、俺の夢が始まる。
「ピッチャー、前田、背番号68」
早くこのアナウンスを聞いてマウンドに上がりたい。
ちなみに、妻は、こう言ってた。
「実力がある人が大きい番号もらえるんでしょ?」
どこまでも前向き妻は、我が家の絶対エースだ。




