夢の館の先住民
俺は、ついに巨人の入団テストに合格した。今後、ドラフト会議で指名を受けて正式にプロ野球選手になる。
もちろん、嬉しいが、まだ夢の館の玄関に入ったに過ぎない。
夢の館であるプロ野球の世界に入れたが、その館で活躍して、ピッチャーのエースナンバー背番号「18」を付ける事が目標なんだ。
夢の館には、偉大な先住民がいる。
広島東洋カープでエースナンバー「18」を付ける山田さん(Aさん)だ。
山田さんは、仕事の得意先を通じて知り合えた現役プロ野球選手だ。
俺が、会社員しながらプロ野球選手を目指していた頃、熱心に話を聞いてくれて励ましてくれた人だった。
男が男に惚れる、俺は山田さんに対してそんな気持ちだった。
山田さんは、どこまでも熱くて優しく人だった。
俺は、ラインで山田さんに合格の報告をしていたが、直接会ってお礼を言いたかった。
6月のある日、俺は京セラドーム大阪を訪ねた。この日は、セパ交流戦のオリックス対広島が予定されている。そして、広島の予告先発ピッチャーは、夢の館の偉大な先住民だった。
何と山田さんは、先発ピッチャーを予定されているにも関わらず、その日少しだけ時間を作って俺に会ってくれた。
久しぶりに会う山田さんは、やっぱり熱くてカッコ良かった。
「前田さん、巨人の入団テスト合格おめでとうございます。ついにやりましたね!」
固く握手を交わした。
「ありがとうございます。何度も諦めそうになったけど、山田さんが励ましてくれたおかげです」
俺は、色々な事を思い出して涙が出てきた。
「僕は、何もしていませんよ。目の不自由な親友への熱い思いが、前田さんをここまで動かしたんだと思います。お二人の絆は、鉄よりも硬かったようですね」
山田さんは、優しく言ってくれた。
そして、ここから山田さんの表情が変わった。プロ野球で一軍のエースピッチャーの顔に変わった。
「今日は、バックネット裏に前田さんの席を用意したから、一球も見逃さないように観て下さい。前田さんが飛び込んだ世界がどんなものか見せてあげますよ」
俺は、山田さんのエースピッチャーのオーラに圧倒された。そうだよな、夢の館がどれほど厳しい世界か教えようとしてくれたんだ。
オリックス対広島の試合が始まった。一回裏、山田さんは、先発のマウンドに上がった。別人のような顔だ。気合い入りまくりで、怖いくらいの雰囲気を漂わせている。
山田さんが投げるボールは、まるで生き物のように唸りを上げながらバッターに向かっていった。
スゲェよ、これがプロ野球でエースナンバー「18」を付ける男のボールか。俺は、一応、自分のボールを火の玉ストレートと言っているが、山田さんと比べたら、線香花火ストレートだ。
俺は、山田さんに言われた通り一球も見逃さず、試合を観戦した。試合は、5対2で広島が勝った。山田さんは、7回まで投げて勝ち投手になった。ヒーローインタビューは、山田さんだった。
「今日、この京セラドーム大阪に大切な友人を招いたんです。その友人に僕の魂のボールを見せる事ができて良かったです」
山田さんは、ヒーローインタビューでも俺へのメッセージを送ってくれた。
ありがとうございます。俺は、山田さんの魂の叫びを確かに聞きましたよ。そして、夢の館で生き残る厳しさも教えていただきました。
いつか、東京ドームで、山田さんと投げ合って恩返しさせて下さい。
俺は、気持ちを引き締めながら、京セラドーム大阪から家路に着いた。
秋のドラフト会議まで少し間があるが、もちろんトレーニングは続けた。京セラドーム大阪で山田さんのピッチングに圧倒されてから、気持ちは一段と充実した。
勤めている会社にも正式に退職願を出した。
「前田、お前が退職するとウチの会社には痛手だが、お前の夢が叶う方が嬉しいよ」
社長は、いつも厳しい人で俺もよく怒られていた。その人から、この言葉は嬉しかった。
「ありがとうございます。お世話になりました!」
会社を辞める事に未練が出てしまうよ。
社長の最後の言葉も嬉しかった。
「思いっきりやってこい! お前がプロで通用しなくてボロボロになってクビになったら、またウチで雇用してやる。何も心配しなくていいぞ」
俺は、号泣してしまった。
会社の同僚ともお別れだ。
「前田君、夢を実現するなんてカッコいいよ! やっぱり私をフッただけの事はあるね〜。根性は、世界一だね。巨人の入団テスト合格、本当におめでとう」
彼女は、会社で一番の美人で、正確には俺が片思いをしていて、振り向いてくれそうにないから諦めたんだが。
俺が合格してから、妻は巨人一辺倒になった。家には、巨人のグッズが溢れている。
「やっぱり、高橋由伸監督は、イケメンだよね〜」
以前は、プロ野球の監督なんてオヤジばっかりでダサいって言ってたずだが……
ドラフト会議が待ち遠しいな、早く正式にプロ野球選手になりたいな。




