入団テスト
俺は、ついに夢の入り口に立った。プロ野球の世界に入れるかどうかの勝負だ。
巨人の入団テストの日がやってきた。昨日は、緊張してあまり眠れなかった。俺は、準備を整えて、最後に大きく深呼吸した。
「じゃあ、行ってくる」
妻への声が震えているのが、自分でも分かった。
「健一、私も連れて行ってよ。なんの力にもなれないけど、私も健一と同じ場所に居たいよ。一緒に夢を見させてよ」
妻は、半分泣きながら言った。
「俺たちは、運命共同体だな。俺と一緒に神風特攻隊になるか」
俺は、無理やり笑った。
「違うよ。私が勝利の女神だよ。私のビジュアルなら女神にふさわしいでしょ」
妻は、こんな時でもやはりポジティブだ。
妻が車を運転してくれて、30分ほどで入団テスト会場に着いた。
車内では、二人とも無言だった。
会場に着くと、大勢のテスト受験生がいた。みんな体も大きくて、何となく上手そうな気がしてきた。俺は、さっそくウォーミングアップを始めた。
観客の中に黒田を見つけた。
目が不自由なのに、来てくれたんだな。必死に頑張るから、音をしっかり聞いてくれよ。
入団テストは、一次と二次に分けて行われる。一次テストは、50メートル走と遠投だ。ここで生き残れたら、二次に進む。俺は、ピッチャーだから二次テストでは、実際のピッチングを行う。
合格者がゼロの場合もあって、非常に狭き門だ。
入団テストのスタートにあたって、なんと、高橋由伸(巨人の監督)さんが受験生を激励してくれた。
高橋由伸さんは、凄いオーラだ。
何としても合格して、高橋監督と一緒に野球がやりたい。
俺は、テンションが上がって、気合マックスになった。
一次テストの50メートル走が始まった。みんな、結構速い。
周りは、関係ない。俺は、俺だ!
余計な事は考えず、無我夢中で50メートルを走った。
やったぞ、自己ベストタイムが出た!
どちらかと言えば、遠投に比べて苦手な50メートル走で幸先の良い結果が出た。
次の遠投は、ピッチャーである俺にすれば得意分野だ。肩の強さは自信がある。
よしっ、俺の番だ。俺は、投げた!
俺のボールが空気を切り裂く音が聞こえた。
遠投では、受験生の中で最長の距離を投げた。
全員の一次テストが終わった。
俺は、力を充分出せたと思う。
しばらくして、結果が発表された。
不合格ならここで終わりだ。
俺は、一次テストを通過できた!
ヤッター、妻に向かってピースサインを送った。
妻は、顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。
休憩を挟んでいよいよ二次テストだ。
ピッチングのテストだ。
キャッチャーの人に俺が投げたいボールを言ってから、投げ込んでいく。
俺は、誰にも負けないくらい走り込みのトレーニングをしてきたんだ。
徹底的に下半身を鍛えたおかげで、直球に大きな自信がついて、プロテスト受験を決めたんだ。
大丈夫、俺は誰にも負けない。
まずは、直球からスタートした。
キャッチャーミットから心地よい捕球音が続いた。コントロールも良く、狙った所に直球を5球投げた。
更に、カーブ、スライダーと続けた。これも、上々だ。
最後の5球は、俺の決め球フォークボールだ。
俺に余裕はなくて、頭の中は真っ白だった。
ただ一つ考えたのは、力一杯右腕を振ることだけだ。
入団テストは、全てのメニューを終えた。ようやくホッとした。
結果が発表されるまでの間は、永遠の時間に思えるぐらい長く感じた。
黒田が、言ってくれた。
「前田、お疲れ様。今日は、お前の闘争心が凄すぎて、その気迫でお前のボールの音が火の玉のようだった」
俺の理想は、火の玉のようなボールだ。漫画のようなボールを投げるために練習してきたんだ。
妻も、笑顔だった。
「健一、良かったよ。今日の健一のボールは、漫画みたいな凄いボールだったよ。イチロー選手でも打てないよ」
ごめんなさい、イチロー選手。あなただったら、余裕で打てるでしょう。
いよいよ、結果発表の時間になった。ちなみに、一次テストを通過したのは三人だけだった。
「これから、最終合格者を発表します」
係員の人が言った。
合格者はゼロの可能性もあると言われていたが、果たしてどうなのか。
「最終合格者は、ピッチャーの……」
俺は、ピッチャー部門で受験している。まさか、まさか……
「最終合格者は、ピッチャーの前田健一さんです」
係員の人が発表した。
前田?誰だ?
俺だ!! 俺は前田健一です。本人です。そっくりさんじゃありません!
その瞬間、俺の体にイナズマが走った。ビリビリー! ヤバイ、俺、死んじゃうぐらい嬉しいよ!!
妻を見ると、気絶していた……
喜びの熱い抱擁は無かった……
黒田が涙を流していた。
その黒田を見て俺も泣いてしまった。
俺は、ついに巨人の入団テストに合格したんだ。
秋のドラフト会議を経て、正式にプロ野球選手になるんだ。
本当か?夢じゃないんだ。
俺は、やったんだ!




