栄光の架橋
プロ野球選手を目指して、会社員と野球を両立しながら頑張って来た。脳腫瘍が発覚し、不安もあるが俺なりに一生懸命の日々だ。
ついに、プロの入団テストを考えるところまでたどり着けた。
まず、妻に相談した。
「俺さ、そろそろプロの入団テストを受けてみようかと思うんだけど、どうかな?」
妻は、目を輝かせていた。
「今まで本当に頑張ったもんね。ぜひ、テスト受けてよ。健一の夢まであと一歩だね」
「ところで、どのチームのテスト受けるの? ソフトバンクがいいんじゃないの? 給料良さそうだよね。何億ぐらいかしら?」
妻は、どこまでも愛すべき性格だ……
俺は、いつもと違って真剣に答えた。
「巨人のテストを受けたいんだ。社会人最高峰の大会で、逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれた場所が東京ドームだったんだ。あれから、俺の中で何かが変わったんだ」
「あのショックがあったからこそ、俺は、更に大きくなれたと思っている。だから、東京ドームのマウンドで夢を叶えたいんだ」
「そして、俺は元巨人のエース桑田投手に憧れているんだ。東京ドームを本拠地にする巨人でエースナンバー18番を付けて桑田投手のようになりたいんだ」
妻は、まばたきもせずに聞いてくれた。
「巨人もカッコいいね〜。活躍して女優とかアナウンサーと浮気したら、慰謝料10億で離婚ね」
妻は、満面の笑みだった。
妻の愛情表現は、いつもこんな形だけど、俺を本当に大事に思ってくれているんだ。
俺のバカげた夢にずっと付き合ってくれるのは、世界中探しても、この妻だけだろう。ありがとう
現役プロ野球のAさん(山田さん)にも、巨人のテストを受ける事を話した。山田さんは、現役のプロ選手だけど、プロを目指す俺をいつも励ましてくれる。
「前田さん、ついに入団テストを受けるんですね。ここまで、よく頑張ってきましたよね」
「どうせなら、僕のチームのテストを受けて欲しかったな〜」
山田さんは、苦笑いをしながらも嬉しそうだった。
山田さんは、広島東洋カープのエースピッチャーだ。
山田さんは、それでも笑顔のまま続けてくれた。
「巨人も素晴らしいチームです。僕が広島カープで前田さんが巨人で、東京ドームで対決するのが楽しみですね。
前田さんのボールだったら、テスト合格の可能性は充分ありますよ。僕は、一軍のマウンドで待っています」
プロ野球への挑戦を始めてから、多くの人に支えられた。その人たちに、巨人の入団テストを受ける事を伝えた。
両親は、毎日、祖先のお墓参りをして俺の成功を祈り続けてくれたらしい。
ありがとう、みんな。俺は、必ずやってみせるよ。
会社で仲がいい同僚にも伝えた。そのうち一人は、かつて俺が片思いをしていた女性だ。
「前田君、とうとうプロのテストを受けるのね。凄いよー。こんな事なら私、前田君と結婚したら良かったな〜」
俺の鼻の下が伸びそうになったが、あの言葉が浮かんだ。
浮気したら、慰謝料10億……だったよな。
俺は、硬派なエースピッチャーになるんだ。
俺の激励会をやってくれる事になった。親しい人やお世話になった人が集まってくれた。
親友黒田も来てくれた。目が不自由な黒田だが、駆けつけてくれた。
「前田、みんなの前でお前の決意を聞かせてくれよ」
黒田に、促されて俺は静かに、しかし熱く語った。
「巨人の入団テストを受けるところまで来れたのは、みんなのおかげです。ありがとうございます」
「会社員と野球の両立は、難しかったけど、この挑戦の道のりには一点の悔いもなく俺の120%を出してきました。俺は、必ずテストに合格して巨人の一員になります! これからも見守ってください」
みんなから大きな拍手を貰えた。
「続きまして、ケーキカットです」
司会の人が言った。
えっ?ケーキカット?なんで?
困惑する俺の前に、野球ボールの形をしたケーキが運ばれてきた。めちゃくちゃデカイ野球ボールケーキだ。
音楽が流れた。
ゆずの「栄光の架橋」だ。
会場の扉が開いて、巨人のユニフォームを着た妻が、バットの形をした長いフランスパンのような物を持って、入場してきた。
栄光の架橋が、サビの部分になると、妻は俺の横に来て、俺にフランスパンバットを二人で持つように促した。
「それでは、ケーキ入刀です!」
司会の声が響いた。
俺と妻は長いフランスパンバットで野球ボールケーキに入刀した……
この日一番の大歓声が起こった。
「いいぞー前田。奥さんに誓いのチューしろ!」
えっ?誰だよー。そんな事言ったらいけねぇぜ。
不意に横を見ると、泥酔した妻が俺を襲ってきた。チューされてしまった……
俺は、硬派なエースピッチャーになるはずなんだが……
大盛況で激励会は終わった。
みんな、本当にありがとう。プロ野球選手になって必ず恩返しするよ。
次の日、妻に聞いてみた。
「昨日の激励会の事覚えている?」
妻は、さらりと言った。
「飲み過ぎちゃって、ほとんど覚えてないよー。ハハハ」
「そうだろうな、ハハハ」
俺は、苦笑いした。
「なーんてね。忘れるわけないでしょ、大好きな人と何をしたのか」
俺は確信した。この妻がいてくれたら必ずプロ野球選手になれる!




