前田ロード
俺は、黒田から、後向きの美学を会得した。逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれた俺だが、その過去を引きずりながら、前に進む事にした。
結局、俺はプロ野球選手になる夢を捨てるなんてできない。
さて、どうしよう?
大会の決勝戦では、俺の渾身の直球を完璧に打たれて負けた。やはり、直球をもっと磨かないとプロでも通用しない。
「前田、下半身の強化だ」
高校時代の恩師が教えてくれた。
恩師は、高校からずっと俺を見てくれていた。
そうだよな、下半身を強化すれば、直球にキレが増すはずだ。地道な練習を疎かにしたらダメだ。
もう一度、基礎からやり直しだ。
俺は、後向きの美学で着実に前に進んでいくぞ。
下半身強化するためには、やっぱり、走るしかない。
俺が尊敬する元巨人の桑田投手は、ひたすら走り続けて、その道の芝生が剥がれてしまったそうだ。その道は、桑田ロードと呼ばれたらしい。
俺も桑田さんのように走りまくって、前田ロードを作るんだ。
「私も協力するよ。スパルタするから、覚悟しなさい」
妻は、不敵な笑みを浮かべている。
妻は、自転車で俺を追いかけてくる。メガホンでギャーギャーさけびながら、俺を激しく叱咤激励する。
これは、俺を虐待しているかのような激しさで俺を追い込んでくる。
分かっているよ。妻なりの最大の愛情表現なんだろ?
でも、聞くのが怖いから、この解釈で理解しておこう。
俺は、マラソンで東京オリンピックを目指しているかのように走った。
近所の人に言われた。
「マラソンランナーみたいですね〜、陸上部だったんですか?」
俺は、ちっちゃな頃からの野球小僧だった。練習で走るのは嫌いだった。
毎日、ずっと走っていたら、本当に道の草が抜けてロードが出来てきた。俺は、この前田ロードを更に美しい道にするために、もっともっと走り続けた。
どれだけ走っただろう?いつになったらゴールに着くのだろう?それでも、俺は走り続けるぜ。ってカッコつける余裕がなくなるほどクタクタになった。
しかし、妻は自転車で激しく俺を追いかけ回す。妻が上司だったら、パワーハラスメントだな。
俺は、前田ロードを作りながら、妻から逃げ回った。
限界まで走った。疲れたけど、心地良い気分もする。俺は、やり切った。
「お疲れ様、健一。ご褒美だよ」
突然、妻が俺を抱きしめた。
「おい、やめろよ。何するんだよ。人が見てるだろ」
俺は、ビックリして固まってしまった。でも、ちょっと嬉しかった。
もう少しだけ、このままがいい……。
「はい、おしまい。少し休憩したらキャッチボールだよ」
妻は、再びパワハラモード全開に変身した。
幸せな時間は短い……
連日の走り込みのおかげで、下半身をかなり強化できた。
大会の最後に打たれた、逆転サヨナラ満塁ホームランは、無駄じゃなかった。俺に今一度、原点に戻らせてくれた。
高校時代の恩師との投球練習でも成果を確認できた。
「前田、よく走ったな。おかげで、下半身を使ってしっかり投げられようになってるぞ。直球が、一段と速くて伸びてくるようになってる」
恩師も褒めてくれた。
この頃になると、俺が走った道は、すっかり草がなくなっていた。キレイな前田ロードが完成した。
桑田さん、俺、頑張りました。あなたの桑田ロードには全然及びませんが、前田ロードできました。あなたが、かつて巨人で付けていたエースナンバー「18」をいつの日か俺も付けたいです。
俺は、空をながめながら、桑田さんに誓った。
この後も、もちろん走り込みは続けた。前田ロード2号線、3号線と次々に完成した。
直球の走りが良くなると、フォークボールも大きく落ちるようになった。
今までガムシャラにやってきたけど、ようやく、ほんのすこしだけ自分のレベルアップを実感できた。
ある日、久しぶりに親友黒田が訪ねてきた。
「よぉ〜前田、良かったら、お前の投げるボールの音を聞かせてくれないか?」
黒田は、目が不自由なので、俺が投げるボールの音を聞いて助言してくれる。黒田は、とても耳が良くて、微妙な音の違いを聞き分ける事ができる。
俺は、さっそく投げた。黒田は、いつもどおり神経を集中して、ボールの音を聞いていた。
そして、俺に話しかけた。
「かなりの走り込みをやっているのは、聞いていたが凄いじゃないか! ボールの音が今までと全然違う。お前が追い求める火の玉ストレートに近づいたな」
「ありがとう、黒田。やっぱりお前に褒められるのが一番嬉しいよ。お前は、俺のボールを誰よりも知ってるもんな」
その後、黒田が俺の肩に手を置きながら言った。
「前田、そろそろ時が来たんじゃないのか?」
時?なんの事だ、メシの時間か?
「そろそろ、プロ野球の入団テストを受けてみたらどうだ?
お前の投げるボールの音は、プロの選手の音と近くなっている。俺は、見えない分、耳でたくさんの選手の音を聞いてきた。お前の音は、間違いないレベルになっている」
俺は、今までただ必死にやってきた。ついに、夢の架け橋を渡る時が来たのか。
嬉しいような怖いような……




