表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エースナンバー  作者: 砂糖
14/55

前田ロード

俺は、黒田から、後向きの美学を会得した。逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれた俺だが、その過去を引きずりながら、前に進む事にした。


結局、俺はプロ野球選手になる夢を捨てるなんてできない。


さて、どうしよう?


大会の決勝戦では、俺の渾身の直球を完璧に打たれて負けた。やはり、直球をもっと磨かないとプロでも通用しない。


「前田、下半身の強化だ」

高校時代の恩師が教えてくれた。

恩師は、高校からずっと俺を見てくれていた。


そうだよな、下半身を強化すれば、直球にキレが増すはずだ。地道な練習を疎かにしたらダメだ。

もう一度、基礎からやり直しだ。


俺は、後向きの美学で着実に前に進んでいくぞ。


下半身強化するためには、やっぱり、走るしかない。

俺が尊敬する元巨人の桑田投手は、ひたすら走り続けて、その道の芝生が剥がれてしまったそうだ。その道は、桑田ロードと呼ばれたらしい。


俺も桑田さんのように走りまくって、前田ロードを作るんだ。


「私も協力するよ。スパルタするから、覚悟しなさい」

妻は、不敵な笑みを浮かべている。


妻は、自転車で俺を追いかけてくる。メガホンでギャーギャーさけびながら、俺を激しく叱咤激励する。

これは、俺を虐待しているかのような激しさで俺を追い込んでくる。


分かっているよ。妻なりの最大の愛情表現なんだろ?

でも、聞くのが怖いから、この解釈で理解しておこう。


俺は、マラソンで東京オリンピックを目指しているかのように走った。

近所の人に言われた。

「マラソンランナーみたいですね〜、陸上部だったんですか?」


俺は、ちっちゃな頃からの野球小僧だった。練習で走るのは嫌いだった。


毎日、ずっと走っていたら、本当に道の草が抜けてロードが出来てきた。俺は、この前田ロードを更に美しい道にするために、もっともっと走り続けた。


どれだけ走っただろう?いつになったらゴールに着くのだろう?それでも、俺は走り続けるぜ。ってカッコつける余裕がなくなるほどクタクタになった。


しかし、妻は自転車で激しく俺を追いかけ回す。妻が上司だったら、パワーハラスメントだな。

俺は、前田ロードを作りながら、妻から逃げ回った。

限界まで走った。疲れたけど、心地良い気分もする。俺は、やり切った。


「お疲れ様、健一。ご褒美だよ」

突然、妻が俺を抱きしめた。


「おい、やめろよ。何するんだよ。人が見てるだろ」

俺は、ビックリして固まってしまった。でも、ちょっと嬉しかった。

もう少しだけ、このままがいい……。


「はい、おしまい。少し休憩したらキャッチボールだよ」

妻は、再びパワハラモード全開に変身した。

幸せな時間は短い……


連日の走り込みのおかげで、下半身をかなり強化できた。

大会の最後に打たれた、逆転サヨナラ満塁ホームランは、無駄じゃなかった。俺に今一度、原点に戻らせてくれた。


高校時代の恩師との投球練習でも成果を確認できた。

「前田、よく走ったな。おかげで、下半身を使ってしっかり投げられようになってるぞ。直球が、一段と速くて伸びてくるようになってる」

恩師も褒めてくれた。


この頃になると、俺が走った道は、すっかり草がなくなっていた。キレイな前田ロードが完成した。


桑田さん、俺、頑張りました。あなたの桑田ロードには全然及びませんが、前田ロードできました。あなたが、かつて巨人で付けていたエースナンバー「18」をいつの日か俺も付けたいです。


俺は、空をながめながら、桑田さんに誓った。


この後も、もちろん走り込みは続けた。前田ロード2号線、3号線と次々に完成した。


直球の走りが良くなると、フォークボールも大きく落ちるようになった。

今までガムシャラにやってきたけど、ようやく、ほんのすこしだけ自分のレベルアップを実感できた。


ある日、久しぶりに親友黒田が訪ねてきた。

「よぉ〜前田、良かったら、お前の投げるボールの音を聞かせてくれないか?」


黒田は、目が不自由なので、俺が投げるボールの音を聞いて助言してくれる。黒田は、とても耳が良くて、微妙な音の違いを聞き分ける事ができる。


俺は、さっそく投げた。黒田は、いつもどおり神経を集中して、ボールの音を聞いていた。

そして、俺に話しかけた。


「かなりの走り込みをやっているのは、聞いていたが凄いじゃないか! ボールの音が今までと全然違う。お前が追い求める火の玉ストレートに近づいたな」


「ありがとう、黒田。やっぱりお前に褒められるのが一番嬉しいよ。お前は、俺のボールを誰よりも知ってるもんな」


その後、黒田が俺の肩に手を置きながら言った。


「前田、そろそろ時が来たんじゃないのか?」


時?なんの事だ、メシの時間か?


「そろそろ、プロ野球の入団テストを受けてみたらどうだ?

お前の投げるボールの音は、プロの選手の音と近くなっている。俺は、見えない分、耳でたくさんの選手の音を聞いてきた。お前の音は、間違いないレベルになっている」


俺は、今までただ必死にやってきた。ついに、夢の架け橋を渡る時が来たのか。

嬉しいような怖いような……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=334193511&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ