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エースナンバー  作者: 砂糖
13/55

親友の美学

決勝戦で、逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれた俺は、その後の事をあまり覚えていない。


妻に聞いたところ、顔面蒼白でチームメイトに抱えられながら、東京ドームのマウンドを降りていったらしい。自分で歩く事ができない状態だったそうだ。


後日のミーティングで、監督が言っていた。

「みんなお疲れ様だったな。本当によくやった。素晴らしい大会だった」


決勝戦で先発した岡田投手も爽やかに言っていた。

「力を出し尽くしたので、悔いは全くありません。特に、大会直前にチームに加わってくれた前田、いつも闘争心全開でチームを鼓舞してくれたな」


岡田投手の力投を俺のせいで、負け試合にしてしまったのに、暖かい言葉だった。


俺は、泣きたくなかったけど、堪えきれなかった。

「短い期間でしたが、このチームに参加させてもらって本当にありがとうございました。チームの皆さんは、野球の技術はもちろんですが、人としても器が大きくて尊敬できる方々ばかりでした。

最後の逆転サヨナラ満塁ホームランは、僕の未熟さが招いたものでした。申し訳ありませんでした」


監督は、いつもどおり熱い言葉を続けてくれた。

「前田、お前はプロ野球選手を目指しているそうだな。俺たちにとってお前は大切な仲間だ。俺たちは、お前の闘争心全開の投球を忘れないから、お前も俺たちを忘れるなよ」


「お前が最後に打たれた逆転サヨナラ満塁ホームランは、必ずお前をもっと強くしてくれる。絶対、プロ野球選手になれよ!」


ありがとうございます、監督。

ありがとう、チームメイト。

こうして、俺にとっての大一番である、社会人チームの最高峰の舞台が終わった。


しかし、最後に打たれたホームランは俺の自信を大きく打ち砕いた。


それなりに自信を持って挑んだ大会で最後に打たれたショックは、大きかった。


俺の渾身の直球を最後に完璧に打たれてしまった。やっぱり、プロ野球選手になるなんて無理なんだろうか。夢物語で終わるのか。


会社員と野球の両立で今までやってきた。正直、かなりキツかった。更に、脳腫瘍が追い打ちをかけた。


それでも多くの人に助けられてやってきた。

しかし、最後に打たれた逆転サヨナラ満塁ホームランが、俺の中の緊張の糸を切った。


それまでは、常にピンピンに糸を俺の中に張っていた。フラフラしながらも、かろうじてその糸の上を歩いてきた。糸は、張りすぎると逆に危うくもなる。気持ちに、遊びがなくて余裕がなくなる。


ついに、気持ちの糸が切れてしまった。


何故、こんなに苦しい思いをしながら野球をやっているのか?

本当にプロ野球選手になれるのか?

プロを諦めて、このまま会社員でいた方が幸せじゃないのか?

脳腫瘍が悪化したらどうするのか?


夢を諦める言い訳が無数に浮かんできた。どうすれば、いいのか分からなくなった。


親友黒田に弱音を吐きたくなった。

黒田は、目が不自由なのだが、心理カウンセラーとして活躍していた。

そして、目が見えていた頃は、キャッチャーとして俺のボールをいつも受けていた。ある意味、俺の性格を妻以上に知っている。


黒田は、俺の話を聞いてから静かに口を開いた。

「なぁ、前田。お前は、夢から逃げたい、楽になりたいと言いながらも結局は夢から逃げる勇気もないんだろう?」


流石にコイツは、俺をよく分かっている。


黒田は、続けた。

「確かに、逆転サヨナラ満塁ホームランはキツイよな。なかなか前向きになれないよな。でも、お前にピッタリの言葉があるよ」


そんな言葉があるのか?それは何だ?


「後向きの美学だ」


美学?どういうことなんだ?


「前田よ、お前は、ホームランを浴びた事がキッカケで前向きな気持ちを失っているよな。でも、それはそれで良いんだよ」


俺には、黒田が何を言っているのか分からなかった。

しかし、構わず黒田は続けた。


「前を向くのが嫌だったら、後ろを向け。ただし、後ろ歩きで前に進め。こうすれば、過去の自分を引きずりながらでも、体は前に進むだろ?」


後ろ歩きで、体は前に進む?


「今までのお前の道のりは、もちろん間違いじゃない。後ろをしっかり確認しながら、癒えない過去の傷なら引き連れていけばいい。その傷がお前を大きくするさ」


「顔は後ろを向きながら、体は前に進む。これが、後向きの美学だ」


後向きの美学か。美学?何だかカッコいいな。よしっ、俺は、後向きの美学を持ったエースピッチャーになろう。


俺は、単純だ。

でも、この言葉に救われた。

俺は、どこまでも後向きに、そして前に進もう。

これで良いよな。

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