準決勝、決勝
俺は、準々決勝で9回を一人で投げ抜いて 2対0 の完封勝利を飾った。
次は、準決勝だ。
俺は、前の試合で130球以上を投げたので、準決勝では、投げない予定だ。ベンチから仲間を応援する。
準決勝は、シーソーゲームだった。
お互いに点を取り合って、白熱した接戦になった。
俺は、ベンチから声が枯れるほどのエールを送った。
ブルペンにも入って、ピッチャーのボールを受けるなど、サポート役に徹した。
結果は、8対7 で勝利だ!
粘り強く、ルーズベルトゲームを制した!
やっぱり、ウチのチームのみんなは凄い。急遽、参加した俺からみても、最高のチームだと思う。
ついに決勝戦まで来た。
この大会は、社会人チームの全国大会としては、最高峰の舞台なんだ。
プロ野球選手を目指す俺にとっては、自分の実力を測る目安になるはずだ。
決勝戦の日は、たまたま仕事と重なってしまった。
俺は、会社員と並行して野球を続けていたので、困っていた。
会社では、俺が、本気でプロ野球選手を目指して野球をやっていることを、ほとんどの人が知らない。
「だったら、俺のせいにして休みもらえよ」
会社で仲がいい同僚が言ってくれた。
コイツは、会社の中で、俺の夢を知っている数少ない(二人だけ)人間の一人だ。
「俺にどうしても頼まれた用事をやらないといけないから、休ませてくださいって上司に言えよ。俺を悪者にしたらいい」
同僚は、笑いながら言った。
「前田よ、今度の大会は、とても大事なんだろ。俺は、お前に夢を叶えて欲しいんだ。少しぐらいは、手伝わせてくれよ」
ありがとう……
俺は、目頭が熱くなった。
「そうよ、前田君。あなたは、私をフッた罪があるんだから、立派なプロ野球選手になってくれたら許してあげるよ」
同僚女性にも言われた。
俺が実らない片想いをしてたんだから、正確には俺がフラれたんだが……
同僚たちの助けもあって、俺は心おきなく決勝戦に臨むことができた。
決勝戦の舞台は、東京ドームだ。
プロの本拠地なので、当然だが、素晴らしい球場だ。
いつの日か、プロ野球選手のユニフォームを着て、ここで投げる事を夢見ているんだ。
今日の先発投手は、チームのエース岡田投手だ。
すでに今大会で2勝しており、我がチームの絶対的な存在だ。
しかし、監督から言われている。
「今日は、決勝戦だから、全員いつでも試合に出られる準備をしておけ」
俺もできれば、決勝戦のマウンドに立ちたい。最高の瞬間を仲間と味わいたい。
試合は、立ち上がりから、岡田投手と相手投手の我慢比べの展開だ。
0対0 で推移していった。
俺は、序盤からブルペンに入って準備していた。
疲労はあるものの、俺のボールはキレている。
8回表、我がチームが5本のヒットを集めて、とうとう相手投手を攻略した。
3点を先制した。
このまま、9回表まで終わって、3対0 でリードしている。9回裏を抑えれば、俺たちが優勝だ。
「9回裏は、前田でいくぞ。ブルペンのピッチャーでは、お前のボールが一番良かった。ウイニングボールを持って帰って来い」
監督からの指示だった。
この監督の言葉はいつも熱い。熱すぎる。
熱い俺にはピッタリの熱い監督だ。
「ピッチャーは、前田」
東京ドームに、アナウンスされた。
きっと、親友黒田と妻は観客席で聞いてくれただろう。
妻は、相変わらず、絶叫してるだろう。
3点リードしてるから、無駄に走者を出さずに一人ずつ確実にアウトを取ろう。
俺とキャッチャーは、冷静に言葉を交わした。
正直、かなり緊張していた。決勝戦の9回裏……こんな状況で投げるのは、初めてだ。
ブルペンで良かった直球を軸にした。一人目のバッターは、直球で追い込んで、フォークボールで三振を取れた。あと二人だ。
しかし、次のバッターには初球の直球を狙われた。
右中間を抜ける二塁打だ。
相手は、俺の直球を狙っているようだ。そこで、フォークボールとカーブを投げ込むが、わずかにコースが外れてファーボールを出してしまった。
ワンアウト一塁二塁、正念場だ。
俺は、気合を入れ直した。しかし、気合を入れ過ぎた。
俺は、3球目を暴投してしまった。
これで、ワンアウト二塁三塁。
しかし、3点リードしてるんだ。
落ち着け、落ち着け。
次のバッターは、フォークボールでピッチャーゴロだ。
よしっ、ツーアウトだ。
最後のバッターにしたいが、ファールで粘られる。このバッターは、前の打席も球数をたくさん投げさせられた。
12球投げさせられたが、結局、直球が外れてファーボールになってしまった。
ツーアウト満塁。
シビレまくる展開だ。
俺は、ボールを通じて観客席の黒田と会話しようとした。
黒田は、目が不自由だから、いつも俺の投げるボールの音を聞いて助言してくれた。
「今日のお前の直球は、危険だ」
黒田の声が聞こえた気がした。
しかし、俺は反発した。
「俺の直球をナメるな。最後は、カッコよく直球で空振り三振にしとめて、優勝だ」
相手は、四番バッターでツーアウト満塁。
俺は、渾身の力を込めて、直球を投げ込んだ。
打たれるはずがない!
カッキーン、俺の耳に完璧な打球音が聞こえた。打球は、バックスクリーンに向かって一直線だった。
まさかまさかの、逆転サヨナラ満塁ホームランを食らった。
4対3 でチームは、優勝目前で負けた。
あとの記憶は、全くなかった。チームメイトに何を言ったのか、どうやって東京ドームから帰ったのか……