夢を再び
俺は、前田健一といってありふれた会社員だ。日々、嫌な上司と生意気な後輩に挟まれてストレス満載だ。今日も酒を呑みながら愚痴る俺だ。
「あー疲れる。子どもの頃、思い描いていた未来とだいぶ違うなぁ。」
「将来の夢とか話したな。お前は野球だったよな。」
一緒に呑んでいた親友と昔話でもするか。コイツとは気が合って何でも話せるんだ。
「プロ野球選手だ。俺は200勝投手になるはずだった。妻は美人アナウンサーだ。」
現実は、中小企業のヒラ社員だ。妻は美人だと思い込もう。うん、俺は妻を愛してる。
親友が懐かしそうに振り返った。
「前田と俺は子どもの頃から一緒に野球してたもんな。お前は本当に上手くて凄かったよな。」
俺の親友は黒田といって、俺がピッチャーで黒田がキャッチャーだった。子どもの頃の俺は、肩が強くて、変化球も投げる事ができて、地元では有名だった。
今どきの言い方をすれば、◯◯のダルビッシュっとの異名を持っていたぐらいだ。
背番号はいつも「1」だった。
俺と黒田は小学校から高校までずっと、ピッチャーとキャッチャーとして組んできた。ある意味、妻以上に俺の事をよく知っている。
「なぁ、黒田。俺たち子どもの頃、本気でプロ野球になろうって言ってたよな。無邪気だったな。」
「そうだな。俺は前田の投げるボールを受けるのが楽しかったよ。お前のボールは速くてキャッチャーミット越しの手が痛かった。
俺は、お前ならプロ野球の一軍のマウンドに立てると思ってたけどな。」
夢は叶わなかった。
大学生になると、凄いヤツらがたくさんいた。俺は頑張ったけど、ドラフト会議で指名を受ける事はできなかった。
俺は、今の会社に就職して、妻とも出会い結婚した。
現在26歳、それなりに幸せだと思う。社会人のチームに入って野球も続けている。
俺は、チームでエース投手で背番号は「1」だ。黒田は同じチームでショートだ。
俺の人生悪くないはずだ。俺は草野球チームのエース投手で充分さ。
ある日の試合で黒田がケガをした。目にボールが当たって大幅に視力が落ちてしまった。
幸い、失明は免れたがもう野球はできなくなってしまった。
黒田は落ち込んでいた。
「仕事もどうなるか分からないし、もちろん野球は無理だな。」
俺は必死に励まそうとした。
「医学は進歩してるし、きっと回復するさ。」
黒田がビックリすることを言った。
「俺は、お前がプロ野球選手になってテレビでその雄姿を見る事が夢だった。
俺は、ぼんやりとしか目が見えないし、お前もプロ野球に行けなかったから、夢が叶わなかったな。」
俺は、思わず叫んでしまった。
「終わってたまるか!
俺が今からプロ野球選手になってやる。活躍してやるからラジオで俺の雄姿を聞かせるまで待ってろ。」