世界の半分を貰った俺は、また魔王と戦うことを決めた(前編)
今回初のファンタジー短編です。こういった作品を書いてみたいと思い至ったため、ついつい筆を進めてしまいました。
前編、後編の2部構成になっており、後編は来週出せたらいいなと思っています。
※2018/02/07 セリフなど一部修正
「勇者よ、わたしの仲間になれ、さすれば世界の半分をお前にやろう」
魔王の声が魔王の間に反響する。
「よしわかった! お前の仲間になってやる。ただし、貰う世界の半分は俺が決めるからな!」
魔王に応対した勇者の声が魔王の間に反響する。
このやり取りから半年後――
「魔王様! あの裏切り者めが我が軍を圧倒しております!」
魔王と3人の魔王軍幹部が丸テーブルに座る参謀室に一体のゴブリンが勢いよく扉を開けて入ってくる。
「うそでしょ!! こっちは幹部5人も導入してんのよ! こうなったら、私が直々に!」
参謀室の最奥に座る1人の少女が驚きの表情とともに勢いよく立ち上がった。
「魔王様、落ち着きください。ここは残った我々魔王親衛隊が出陣いたします!」
そう言うと、丸テーブルに座っていた3人の幹部が立ち上がり、魔王に向かって跪く。
「え? いや、その、あなたたちは……」
跪く3人の魔王軍幹部の姿を見て魔王がオロオロと焦り出す。
魔王の左手で跪く幹部はサキュバスのクレラ。
クレラは綺麗なピンク色の長い髪を振り上げ、立ち上がる。
タレ目で人懐っこい顔をしたクレラは、うっすらと笑みを浮かべ魔王の方を見る。
立ち上がったクレラの様相は、露出度の高いボンテージを着ており、まさに男を誘惑するためだけに作られたであろう体。胸は大きく腰はほっそり、お尻には適度に脂肪がついる。
魔王の右手に跪く幹部はビーストテイマーのサドラ。
サドラはウェーブがかった黒髪を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がった。
切れの長い目で整った顔立ちをしたサドラは、涼やかな笑みを浮かべ魔王の方を見る。
立ち上がったサドラの様相は、赤のインナーに黒を基調とした半袖の革製のジャケットを着込み、黒のホットパンツに黒色のサイハイブーツを身につけており、右手には魔獣を調教するための鞭を携えている。
横にはサドラの最強の僕であるマンティコアが座しており、サドラの足に頰を擦り寄せていた。
魔王の正面で跪く幹部は堕天使のビルディ。
ビルディは被っていた黒のヘルムを取り外し、セミロングの髪を揺らしながらゆっくりと立ち上がった。
顔立ちの整っているビルディは、凍ったような表情のまま魔王の方を見る。
女性の体躯に合わせた漆黒の鎧を身にまとい、その背中には4枚の赤と黒の翼が折りたたまれていた。
「私の最愛の魔王様のために、あの憎っくき裏切り者の首を取って参ります」
最後に立ち上がったビルディが口を開く。
その言葉からは魔王への愛とともに、裏切り者への怒りの感情が込められていた。
「ビルディ、私の前でそんな風に魔王様を呼ばないでくれる? そういうの、本当に反吐が出るから」
同性愛に寛容がないクレラは、ビルディを睨みつける。
「魔族は自分の欲望に素直だからな。お前もそうだろクレラ」
「はぁ、そうよ、魔族は自分の欲望に素直なの。だからこそ私も欲望のままに貴方の言動を否定するの」
2人の視線の先でバチバチと火花が散っている中、サドラはマイペースにマンティコアの頭を撫でつつ、遠目からその様子を見守っていた。
「サドラ、こっちにきなさい」
「はっ!」
魔王に呼ばれたサドラはマンティコアから手を離し、魔王の近くまで駆け寄る。
「今はまだ貴方たちを出すわけにはいかないわ。そこの2人の言い争いが終わったらそれを伝えておいてくれる。私は少し自室にもどるわ」
「承知いたしました」
「何かあったらすぐに連絡をよこしなさい」
サドラにそう託け、魔王は参謀室から直結する自室へと戻っていった。
「はぁ、やっぱり私って魔王向いてないのかな」
自室に入るやいなや、魔王はベッドに向かってダイブし、枕を抱えながらそう呟いた。
「ううん、大丈夫、私なら大丈夫よ。私ならやれる。私の代で呪いに打ち勝つことができるはずよ。だって、あの堕天使ビルディが仲間になってくれたのよ。きっと絶対大丈夫」
自分で自分を鼓舞しながら魔王は抱えた枕にギュッと力を入れて、瞳をギュッと閉じた。
そのまましばらく眠りについてた魔王が次に目を覚ましたのは――
ガンガンガン――
けたたましく部屋の扉を叩かれる音が聞こえてきたタイミングであった。
「魔王様、魔王様!」
扉の外から聞こえるビルディの声に魔王が反応する。
「奴らに動きがあったの?」
「はい、やつら、映本にて連絡をよこしてきました。場は整っていますゆえ、魔王の座にお越しください」
「わかった。すぐに行くわ」
そういって魔王はベッドから身を下ろし、魔王の間へと向かった。
魔王の座の目の前に巨大な本が空中に浮いており、魔王が座に座ると本が勝手に開き、とあるページで動きを止めた。
「よう、魔王様、ご無沙汰だな」
音声の聞こえてきた本のページには映像が映っており、映像の向こうには少年が1人豪奢な椅子に座って踏ん反り返っている。
「よくも私が与えた映本で連絡を寄越せたわね。裏切り者の分際で」
「はっ、ずいぶんなご挨拶だな」
「そりゃそうでしょ、あんたは私を裏切ったんだから。ねぇ、勇者シルドラ」
怒りを孕んだ声と共に、映像に移る少年を睨みつける。
「そうだな、俺はあんたを裏切った。でもそれは分かりきっていたことだろ? だって、勇者は魔王を倒すモノなんだから。なぁ、魔王ミリエラ」
余裕たっぷりの笑みを浮かべながらシルドラは魔王に向かって言い放った。
「そうね、それで、なんの意味もなくあんたが連絡を寄越すわけないわよね。何? 本気の戦争でもおっぱじめようっての?」
「本気の戦争? 今までは本気じゃなかったってか? 幹部を5人も投入して? あっはっはっはっはっは――」
「感に触る言い方ね。ええ、私たちは一切本気を出していないわよ。だって送り出した幹部は一度貴方に敗れているものたちですもの」
そう言ったミリエラが不敵な笑みを作るが、シルドラは笑うのをやめようとしなかった。
「そうだな、そうだろうよ。あんなのお前からすればお遊びだよな。そうだな、じゃあしようか、本気の戦争とやらを」
シルドラの目にはギラギラとした炎が宿っており、今度こそ魔王を滅ぼすといった強い意志を感じさせられる。
その目を見たミリエラはうつむき、不敵な笑みと共に身を乗り出しながら――
「やりましょう、そうね、やりましょう! 本気の戦争を! 貴方と私の! 勇者と魔王の戦争を! だってそうでしょう、殺戮こそ至高、占領こそ愉悦、貴方達人間は私によって統治されるために生まれてきた存在なのだから!」
その言葉と共に、ミリエラの眼が黒色から赤色に変化し、恍惚な表情をしている。
ハッ__
その言葉を言い放ったのち、一瞬の間が空き――
「失礼、取り乱したわ」
そう言った頃にはミリエラから恍惚な表情は消え、眼も赤色から黒色へと戻っていた。
「いやいや、楽しそうで何よりだ。そうそう、それと、もう一つお前に土産話があるんだ」
そう言ったシルドラが指を鳴らし、そばに仕えていた男がジャラジャラと鎖の音を鳴らしながら1人の少女を連れてきた。
その少女はボロ切れの服を着せられ、体のいたるところに傷を作り、表情は消え、目から生きる光すら失っていた。
唯一傷がつけられなかったのであろう、少女の頭に生え立つのは、ミリエラと同様の形をしていた。
「えっ……リズベル……なんで、なんで、なんで、なんで! なんでリズベルがそこにいる!」
その声だけで一般の人間であれば死に至るような呪詛を孕んだ怒りの声が魔王の間に反響する。
「ねぇ……さん?」
ミリエラの声が聞こえたのか、リズベルは微かに口元を動かす。
「いやな、この前隠密部隊をお前の領土に派遣したんだ。その時にあまりに無防備に遊んでいたものだから拉致させてもらったんだよ」
シルドラが邪悪な笑みを浮かべ、ジャラリと首輪と連結する鎖を引っ張る。
「うっ、ねぇさん、ねぇさん、ごめんなさい、本当にごめんなさい」
リズベルの瞳から一筋の涙が頰を濡らす。
その姿を見たミリエラは全身に暗黒の魔力を纏い、静かにだが確実に強力な呪詛を孕んだ言葉を紡ぎ出す。
「これじゃ、どちらが魔族なのか分かったものじゃないわね、シルドラ」
「あぁ、こういうことは魔族の常套手段だからな!」
シルドラは言葉に怒りを孕ませ、ミリエラに言い放つ。
「それでだ、ここで1つ提案がある。そちらは残っている3幹部と魔王、こちらは俺とその他3名を選抜し、グレラ平原にて俺たちだけで戦うってのはどうだ?」
「何を言っているかわからないわね。そんなもの戦争とは呼べないわよ。こうなった以上、多くの犠牲を人間側に覚悟してもらわいなとね」
「ふーん、ミリエラ、お前は自分に断る権利があるとでも思っているのか?」
ジャラリ――
シルドラは鎖を引き、リスベルを自分の袂まで引き寄せ、長い髪の毛を手のひらで掴む。
「くっ、わかったわ、その提案に乗りましょう」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらミリエラは先ほどのシルドラの提案を飲むことにした。
「お利口な判断だなぁ」
そう言いながら、リスベルから手を離し――
「それで時間だが――」
「明日でいいでしょう? それとも何、もっと時間が欲しいというの? あそこまでの啖呵を切りながら準備に時間がかかるなんてことはないわよね」
「はん、挑発か? いいだろう乗ってやるよ。明日の正午、グレラ平原にて戦争を執り行う。間に合わなかった陣営は敗北となる。これでいいだろう」
「ええ、異論はないわ。では、映本にて契約を」
ミリエラがそういうと開いていたページに契約書の映像が映し出された。
シルドラの方にも同様に開いている映本のページに契約書の映像が映し出された。
両者はその契約書の契約者欄に自身の魔力を操作し、名前を記載した。
記載が終わると、契約書が光り輝き、シルドラの契約書がミリエラの手元に、ミリエラの契約書がシルドラの手元にスクロールとなって現れた。
「「これにて契約締結」」
両者がそう言うと、スクロールが魔力となり、それぞれの体に吸収された。
契約が成った今、契約を破った場合、または契約条件を守れなかった場合、相手契約者に魔力の全てを握られるため、絶対服従することになる。
「それでは、明日、正午に会おう」
そう言ってシルドラは映本での通信を終了させた。
ガンッ――
座っていた椅子の肘掛に思い切り拳を振り下ろし、魔王の座の右肘掛を粉々に砕いた。
すぐさま参謀室へと戻り、今の会話を3幹部に連絡をした。
「まさか、リスベル様が……ゲスな裏切り者の手に……」
「なんて卑怯な……」
「まぁ、私たちがこれまでやってきたことを相手もやってきたってだけのことでしょぉ。ただ、やられると胸糞悪いわね」
ビルティ、サドラ、クレラが口々にシルドラへの憤慨を口に出す。
「ええ、到底許せたものではないけれど、今は締結した契約を守らないといけないわ。みんな今すぐ準備をして、グレラ平原に向かうわよ」
「「「はっ!」」」
そうして、ミリエラと3幹部は魔王城を後にした。
■
ミリエラとの通信が終わり、俺は大きくため息をついた。
リスベルの首につながっている鎖を手放し、指を軽くパチンと鳴らす。
豪奢なイスはただの木材の椅子になり、絢爛豪華な飾りものは全てなくなり、リスベルが着ていたボロ布は漆黒のドレスに代わり、首輪や傷なども全て消え去った。
「さて、これで準備は整ったな」
「ええ、貴方には本当に損な役回りばかりさせてしまうわね」
リスベルが深々と頭を下げようとするが、俺は右手の平を前に出し、その行動をやめさせた。
「勘違いするな、勇者とは魔王から憎まれるべき存在であり、これこそが本来の役割なんだ。だから、頭を下げられることは何もしていないよ。それよりもお前はどうなんだ?」
「なにがですか?」
キョトンとリスベルは首を傾げ、こちらを見つめてくる。
「いや、勇者に加担したことがミリエラにバレたらやばいんじゃないのか?」
「あぁ、そのことですか。バレたっていいんですよ。だって、これしか私が魔王になる方法がないんですから」
「どうしてそんなに魔王になりたいんだよ」
「そんなこと、分かりきっているでしょう。最凶の存在となり、世界を支配したいからですわ。姉からもらったお零れの土地を統治したところで面白くもなんともないでしょう」
リスベルそうハッキリと宣言した。
「俺がそれを許すとでも?」
当然のことである。新たな魔王が誕生した場合は、勇者である俺がその魔王を討伐することになる。
だが、リスベルはそのことについてはすでに考えていたらしい。
「ええ、当然、その辺りはしっかりと考えていますわ。私が魔王と成った暁には、向こう1000年ほど封印されてあげますわ」
堂々とそのように宣言するものだから、俺も開いた口が塞がらなかった。
「勇者といえど人間、流石に1000年後にも貴方が生きているはずはありませんもの」
「いや、俺はいないだろうけど、その時代の勇者がいるだろうよ」
呆れながらも応えてやると、意外や意外、そのことについても考えていたらしい。
「魔王城にある勇者の文献を分析した結果。歴代勇者の中で最強の勇者は貴方なんですよシルドラ。貴方ほどの力を持つ勇者は今後現れることは無いでしょうね」
そう言ってその場でくるりと一回転したのち、両手でドレスの裾をつまみ、お辞儀をした。
「ですから、心置きなく封印してくださいまし」
「そうだな、まっ、明日の戦いでお前が魔王に成ったら、心置きなく封印してやるよ」
俺は椅子から立ちあがり、お辞儀おするリスベルの頭を撫でて部屋の扉を開いた。
ちらりと後ろに視線を送ると、リスベルはお辞儀をしたまま小刻みに体を震えさせていた。
魔王になるということは、それだけの代償が必要だということ。歴代魔王の意思、その妄執と執念をその身に受け、そいつらを押さえつけることができなかった場合、魔王の妄執と執念に自身の全てを喰らい尽くされ、自分という存在がこの世から消え去る。
残るのは魔王の妄執と執念の入った体という入れ物ののみ。それほどのリスクを背負いながら魔王になろうというのだ。
リスベルの感じている恐怖は相当のものだろう。
震えるリスベルを見て見ぬふりをし――
「リスベル、今から厨房でお菓子をもらってから聖騎士長と副聖騎士長に声をかけようと思うんだけど、一緒に来るか?」
と声をかける。
「ええ、当然私もご一緒するわ」
返ってきた一言は先ほどの震えを微塵も感じさせないほどはっきりとした返答だった。
そうして、厨房で今日のお菓子である馬乳のタルトを貰い、聖騎士長室へと足を向けた。
コンコン――
「はい、どちら様でしょうか」
部屋の中から野太い声が聞こえてくる。
「シルドラです」
「あぁ、シルドラ様ですか、少々お待ちを。今扉を開けますゆえ」
そう言ってしばらくすると、聖騎士長室の扉が開いた。
部屋に入っていの一番に目に入ったのは、扉を開けてくれた副聖騎士長のジルオノの顔であった。
ジルオノは屈強な戦士と言わんばかりの体格をしており、男臭い顔立ちをしている。
「シルドラ様とリスベル殿がいらっしゃったということはあの件ですな」
部屋の外に聞こえた声と同じ野太い声が耳を打つ。
「はい、聖騎士長にもお話を聞いていただきたいのですが、今は瞑想中ですか?」
「いえ、瞑想は先程終わられております。今は瞑想後のシャワーを浴びられておりますよ」
そう言われれば、微かにシャワーの音が聞こえてくる。
「わかりました、では、ジルオノ殿には先にお伝えしておきます。魔王との戦いは明日の正午、グレラ平原にて行うことになりました」
「むぅ、明日ですか……それは些か急な話ですな」
「はい、こちらから4対4の条件を申し出たため、戦争の日取りは相手に譲るしかありませんでした」
「そうですな。一旦は思惑通り4対4の戦争になったことを喜ぶべきですね。わかりました。シルドラ様はこちらの椅子にお座りになって騎士長が出てくるまでお待ちください。私は戦いの準備に取り掛かります」
そういうとジルオノは手に持っていた書類をテーブルに置き、騎士長室を後にした。
それからしばらくして、シャワー室の扉が開き、向こうから濡れた金の短髪をタオルで拭きながら上半身裸で下半身にタオルを巻いただけの聖騎士長ベレシスが現れた。
「おや、シルドラ殿にリスベル様。お二人が揃っているということは――」
「はい、魔王との戦いの日取りが決まりました。明日の正午、グレラ平原にて行われます」
「そうですか、それでジルオノがいないのですね」
「はい」
「で、編成はどうされるのですか?」
「はい、俺とリスベル、ジルオノ殿、あとはステラ殿にお願いをしようかと」
ベレシスはこちらに背を向けた状態で、無造作に腰に巻いていたタオルを取り外し、そして素早く下着を履いた。
「ベレシス、今のこの状況で着替えるのなら、せめて光魔法の1つでも習得してからにするべきだわ」
「申し訳ございませんリスベル様」
パンツ1丁でお辞儀をするのもどうかと思うということは口に出さず、俺はお辞儀をするベレシスが再度口を開くのを待った。
「ステラ殿ですか、なるほどなるほど、我が軍きっての最強魔法使いであるあの方であれば、ジルオノの能力を最大限引き出すことが可能ですね」
「はい、こちらの戦い方としても2対2が好ましいので、このような編成にしようと考えています」
「ええ、異論はありません。して、ステラ殿にその話は?」
「これからステラ殿のところに行こうと考えています」
「ではすぐにステラ殿のところに向かわれた方が良いですよ。なんでも希少な生物を見つけたとかで実験に篭るとおっしゃっていましたので」
ピシッと襟を正し、ベレシスは色香のある瞳でこちらを見る。
目的は当然俺ではなくリスベルなのだが、当のリスベルはそちらに見向きもせず、馬乳のタルトを頬張っている。一体いくつのタルトを厨房からくすねてきたのだろうか。
「ベレシス殿ありがとうございました。リスベル、すぐにステラ殿のところに向かうよ。実験に入っちゃったらあの人テコでも動かないから」
「わかったわ。影魔法を使ってステラ殿の部屋まで飛びましょうか?」
「そうだね、それが一番早い」
そう言ってリスベルが影魔法の詠唱を始める。
「世と相反する世界に道を繋げろ――位置変換」
簡易詠唱による影魔法で、俺とリスベルの座標位置をはステラの部屋へと座標位置をズラした。
「うわぁ、びっくりした! 急に出てこないでくださいよドラシル様、リスベル殿」
ズラした座標位置はちょうどステラの秘密の実験場への入り口であった。ステラも実験場に向かって機材を運び込もうとしていた途中だったようだ。
「まさか影魔法を使ってお二人がいらっしゃるなんて……あー、もしかしてあの件ですか」
「察しが良くて助かります」
苦笑しながら頰を掻き、状況をステラに説明した。
「ふむ、実験を先延ばしにされるのは些か辛いですが……これもお預けプレイだと考えるとそれはそれでそそりますね!」
「では、お願いしてもよろしいでしょうか」
「ええ、その件については以前よりお話をいただいておりましたので、問題ありませんよ。念のため準備もしていましたので」
「ありがとうございます! では、太陽が昇る前にの朝城門前に集合でお願いします」
「はいはい、了解でーす!」
これで各人員への通達は終わった。あとは明日の朝を待つだけだ。
■
翌日――
集合時間の少し前
俺は集合場所の城門に行くまでに遠回りをして向かった。戦いの前にこの城内を見て回りたかったという思いが強いが、もう一つ大きな役割があった。
コンコン――
「リスベル、起きてるか?」
「今日は大切な日なんだから起きてるわよ」
いつも俺が起こしに行かないと起きないリスベルも起きていたようだ。
「開けるぞ」
「ええ、いいわよ」
扉を開けるとそこには準備万端と言わんばかりに黒い傘を携え、漆黒のドレスを身にまとったリスベルが立っていた。
「さて、行きましょうか」
そういってリスベルは俺の横をすり抜け、部屋をでた。
すれ違いざまに目尻が赤くなっているのが見えた。おそらく俺が来る前に少し泣いていたのだろう。
「なにやってるのよ、早く行くわよ」
「はいはい、お嬢様」
魔王になるのが怖いのに、そうやって強がれるってのは、流石あいつの妹だ。そう思いながら返答すると――
「ドラシル、あんた私をバカにしてるの?」
「そんなことはないよ。流石はあいつの妹だって思っただけだよ」
「姉さんが褒められているようで、なんか釈然としないわね。ところで、あんた本当にいつもそんな恰好で戦場にでてたのね」
リスベルが呆れ顔で俺の姿を上から下までなめまわすように見る。
「まぁ、これが俺の戦闘装束だからな」
俺の姿は至って身軽である。服は半そでの黒いシャツ1枚、パンツも伸縮性のある長いパンツ。
ちょっとそこまで買い物に行くような服装であった。
「はぁ、やっぱりあんたは勇者の中でも規格外よ……」
「そりゃどうも」
「褒めてない! せめて武器の一つくらい持っていきなさいよ」
「いやいや、あんなの荷物になるだけだから」
これから最後の戦場に赴こうとしているのに、ただの荷物を持っていくなんて失礼極まりない。
「はぁ、もういいわよ。あんたがそのスタイルで戦うのなら、私は全力であなたをサポートして魔王になるだけだから」
溜息を1つ付き、リスベルはそう言いながら少し速足になる。
そんな朝の平和なやりとりをしながら、俺たちは集合場所である城門へと足を進める。
「ドラシル様! リスベル殿!」
「もー、時間ギリギリですよー」
城門前にはジルオノ、ステラ、ベレシスが立っていた。
「本当に我々以外の誰にも伝えていなかったのですね」
ベレシスが済ました表情で肩をすくめる。
「はい、これは俺のわがままですから。知られたら反乱が起き兼ねませんよ」
「ええ、間違いなく起きていたでしょうね」
「はははっ、ベレシス殿は容赦ないですね……」
俺は苦笑いをしながら頰を掻いたのち、姿勢を正し――
「それじゃあ、ベレシス殿、我々に何かあった時は、この領地をお願いしますね」
そういって右手をベレシスに向けて差し出す。
「わたしには少々荷が勝ちすぎる役割だと思っておりますので、何事もなくお帰りになることを心待ちにしていますよ。あなたの最愛の王妃様と一緒にね」
そう言いながらベレシスは俺の右手を掴み、それなりの力でギュッと握りしめた。
「あら、ベレシスはわたしに帰ってきてほしくないのかしら」
「なにをおっしゃってますリスベル様、わたしは本当にあなたに帰ってきて欲しいのですよ。ただ、あなたの覚悟はこの世界にあるどの金属よりも硬い。わたしにはどうすることもできませんよ」
「ふふっ、冗談よ。今までありがとね」
そう言ってリスベルはベレシスの左頰に軽くキスをする。
あまりに急な出来事であったため、あの何事にも動じず、リアクションをするベレシスですら、ただ呆然と左頬に手のひらを当ててリスベルを見つめることしかできていなかった。
「それじゃあ、行きますか」
「って言っても、グレラ平原までは俺のポイントチェンジを使って一瞬で飛びます。そのあとは各人の戦闘準備と作戦の打ち合わせです。正午までには各人一度は仮眠をとる時間を作りますので、その際にじっくり休んでください」
俺の言葉を聞き、コクリと頷き、俺の肩や腰に手を当てる。
「じゃあ、飛びますよ。世と相反する世界に道を繋げろ――位置変換」
風景が一瞬にして城門前から平原へと変わった。
「ふぅ、お疲れ様でした」
「はぁ、やっぱりあなた規格外の勇者よね。一瞬でここまで飛べるんだから。あんたの無尽蔵な魔力がなかったらこんなコトできないわよ」
リスベルが呆れた顔をしてこちらを見てくる。
俺自身その自覚はある。こうやって無尽蔵の魔力があるからこそこれからも戦える。
「さて、それじゃあ、各々戦いに備えようか」
そうして、各々のやるべき準備や休息を行い、正午に届く少し前、対面の領地に4名の人影が見えた。
相手もこちらの影を見つけたのか、すぐに映本での連絡がきた。
「御機嫌よう、勇者諸君。まずは逃げずによくきたと言っておこう」
ミリエラは余裕の笑みを浮かべこちらの人員を吟味するように視線を送る。
「おや、そこの奇妙な柄の仮面を被った少女は恥ずかしがり屋なのか? 仮面を外し私に顔を見せるがよい」
遠距離からの物体操作ででリスベルが準備した仮面を外そうとするが、そこに俺が介入し、物体操作の魔力を断ち切った。
「おいおい、魔王様ともあろうものが人の顔を伺えないとなにもできないのか?」
「くくく、相変わらずの減らず口だなドラシルよ。なに、わたし好みの顔であれば、勝利したのち愛玩動物として飼ってやろうと思っただけだ」
「なかなかいい趣味してるじゃないか、ええ! 俺の仲間を愛玩動物だって? そもそも俺がお前らに負けると本気で思ってるのか?」
「そなたこそ、本気でわたしに勝てると思っているのか?」
ドラシルとミリエラは互いに牽制しあいながら、睨み合っている。
「ふむ、それもこれもあと少しで結果がわかることだがな」
「それもそうだな。それじゃあ、あと少しお仲間と別れの言葉でも交わしておくんだな」
「それはこちらのセリフだ!」
そう言って映本の通信が切れた。
■
正午――
「さて、開戦だ――みんな行くぞ!」
こうして魔族と人間の最後の戦いが始まった。
前編を読んでいただきありがとうございます。
連載の方でもローファンタジー作品の「エルフが綴る異世界小説」を”ほぼ”週一更新で連載しておりますので、そちらもご覧いただけたら幸いです。
後編の方もよろしくお願いいたします。