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2.持ち物検査。



 草原の上をゴロゴロゴロゴロ。


 右に左に転がって現実逃避を図るも、そんなことで今が変わるなら世の中億万長者があふれてるわ。と、自分に突っ込みを入れて鞄を枕に顎を乗せ、うつ伏せに寝そべる。


 しかし、本当に一人で放り出されるとか生きていく自信がない。


 ぼんやり目の前の草を眺めていると背中が太陽に照らされてポカポカと温かくなってくる。


「のどかだ……」


 目を閉じて、女神様とのやりとりを思い出す。

 地下アイドルも地下アイドルなりに、頑張って私が生きていけるようにしてくれたみたいだけど。

 現代っ子舐めるなよ、かなりユルユルガバガバだぞ。


 どうして漫画やアニメの主人公って、いきなり見ず知らずの世界に一人放り出されてもあんな元気に行動できるんだろう。


 かなり覚悟したはずだけど、全然駄目。めちゃくちゃ不安で心が死ぬわ。


 さっき起きたばかりだけど、二度寝してやろうか。


「ラン。バイタルは正常のようですが、どこか痛いところがあるのですか? 」


 そうでした。寝ている場合じゃありませんでした。


 執事君の声に、私はむくりと起き上がった。


 私には執事君という強い味方がいる。これからどうなるか判らないけど、強く生きていかなければならない。


「大丈夫。心は死にそうだけど、体は元気」


 傍にいてくれる黒猫の頭をひと撫ですると、私は鞄に手をかけた。


「何を始めるのです、ラン」

「んー、荷物の点検。何が変わってて、何が変わってないか。あと、お金かな」


 スクールバッグを開けて中を漁りだした私に、執事君が怪訝そうに話しかけてくる。


「お金? しかし、富の援助はできないと」

「うん。だから確認」


 なんだかいろんな物が材質が置き換わっていたり、物ごとなくなっていたり。

 でも、私の目的は二つ。

 ジャージがどうなったかと、お財布の中身。

 ジャージは制服と同じで、やっぱり成功。なんかちょっと怪しくなってる所もあるみたいだけど、鞄から出して広げて前後ろと確認してみたけど着れなくは無い。


「おk、大丈夫」


 いそいそと畳んで、とりあえず鞄の中には戻さず横に置いておく。

 地面に直置きとか抵抗が無いわけじゃないけど、なんか草綺麗そうだからいっかな。なーんて。


「荷物整理とお金がどう関係してくるのです? 」


 畳んだばかりのジャージの上に執事君が乗った。

 うんうん。猫って何かと物の上に乗りたがるよねーってそうじゃない。乗んなよ、元スマホ。お前は生粋の猫じゃねーだろ。


「だーかーら、お金って銅とかアルミでしょ? 百円とか何で出来てるかしらないけど」

「はい」


 執事君を両手でうやうやしく掴むとよっこいしょ。と、持ち上げジャージの脇に下ろす。

 服の上に乗るんじゃありません。


「でも、お金じゃん。お札は紙で出来てるし、硬貨はなんかの金属で出来てるけど、使う時って千円とか五百円とかって思って使うし、三十円ですーってお釣りも貰う」

「そうですね」

「ってことはー。私が私としてショーニンされないと私は消えてしまうから、地下アイドルは私を慌ててこの世界に送り込んだわけで。えーっと、なんだ」


 巧く説明できなくて、頭の中をなんかよくわからないモヤッとした言葉が回る。


「つまりー、お金。って思っている物をこの世界のモノに置き換えたら、それはそのままお金になるのかな? それとも、十円なら十円分のお金と同じ価値のあるものと置き換わるのかな? はたまた、原材料に類似したものと変わるのかな? って思ったんだけど、多分、一番最後のは無し。だって、私がどう思っているかでそれがショーニンされているなら、お金はお金だもん。お金を金属とか紙とか流石に思って使わないわ」

「なるほど」


 執事君の尻尾がゆらゆらと左右に揺れる。なんだろう、なんかあれっぽい。スマホが考えてる時にグルグル回るやつ。


「もしかしてなのですが、ラン」

「なーにー?」


 揺れる尻尾を見ているのも可愛くってよかったけど、とにかく今は荷物確認が優先と私は鞄あさりを再開していた。


「地下アイドルに着ている服を変えて貰うようお願いする時、既にその考えを持っていましたか? 」


 おっとー執事君、意外と痛いところをついてくるな。やるなぁ、人工知能。


「ふふー」


 鞄を覗いていた顔を執事君に向け、色々悟った人みたいな笑顔を浮かべる。


「着衣が変換された事で確信し、ことに至ったと」

「いやぁー多分、女神様もうっすら気づいていたと思うよー。なんたって私から出た概念なんだからさぁ」

「むしろ、ランから出た概念故に勝負に出たといったところかもしれません」


 神様が何考えてるかなんて判んないけど、ズルしてちょっとでも私に優しくしようとしてくれたんなら、それは嬉しいかな。


「出来ることと出来ないことがある。これは真実でしょう。ただ、理の中の柔軟性を利用しようと考えたランを地下アイドルが承認したのだと思います」

「よく判らないけど、なるほど」

「予定調和というやつですよ。実に、神だ」


 目を細めてそう言うと執事君は丸くなった。うわー、猫っぽーい。


「ワタシは暫し、新しく導入されたこの世界の知識を処理しようと思います。ランは荷物整理を続けてください」

「りょーかい」


 目を閉じて寝てるっぽく見えるのに、尻尾だけはゆらゆらと揺れている。

 やっぱりアレだ。あの尻尾は考えてるときにグルグル回るやつだ。


 執事君が黙ってしまったので、私は止めていた手を再び動かすことにした。


「お財布、お財布」


 私が使っていたお財布はダイヤカットされたガラスビーズがこれでもか。ってくらい付いたクラッチタイプの長財布だ。

 今年買った福袋の中に入っていて、正直趣味ワルって思ったんだけど、一緒に福袋買ったよっちゃんが可愛いって言うから使うことにした。

 ぶっちゃけ、愛着もそこまで無いからなくなったなら無くなったでいいんだけど、私にとって重要なのはガワじゃなくて中身なのだ。


「このバラバラしてるのって、もしかして……」


 鞄の中に散乱している乳白色した小さな丸い石を一つ摘んで取り出し、日に透かしてみた。

 なんだっけ、なんちゃらビーズってクッションとかの中に入ってるやつに似てる。


「ラン、どうやらそれは虹蛇と呼ばれる鉱石の一種のようです」

「にじへび? 」


 執事君は相変わらず丸くなったまま、目だけ半分開けてこちらを見ていた。


「はい。なにやら特殊な加工に使うのだとか。今、分析しようとしてそう表示されました」

「ふーん」


 再び目を閉じてしまった執事君に、説明ご苦労。と心の中で礼を言いつつ石を鞄の中に戻した。


 なんか、お弁当箱のご飯の部分ひっくり返したみたいに鞄の中に散らばってるけど、多分コレ、お財布についていたガラスビーズが置き換わってこうなったのよね。

 集めてしまいたいけど、まとめる袋とか無いからダメね。これを片付けるのは後回しにして、お財布の本体どこいったのよ。


「うーーんん? 」


 もしかして、これか?


 虹蛇の小石を掻き分けると、中からやたらと分厚いブックファイルみたいなブツが出て来た。蓋閉まってなくて中身飛び出ちゃってる。


「やたら細かいな」


 蛇腹になっているファイルの一番大きな部分を開くと中にはお金らしきものが入っていた。

 なんでお金って思ったかというと、まぁお財布だったものの中ってのもあるんだけど、コインチョコとかゲーセンのメダルみたいなのが入っていたからだ。


「元々、中に入っていたのは三千円と……あと、幾らだっけ」


 小銭が幾ら入っていたかは覚えてないけど、お札がコインチョコになってて小銭がメダルになってるっぽい。あと、粒ガム。

 粒ガムみたいな形したお金も、色と大きさが違うのが混じってるからこれはこれで価値が違うってことよね。


 物価が判らないから、これで何日生きていけるんだろう。ご飯も心配だし、寝る場所とか。ホテルって一泊幾らするのかな。考えれば考えるほど落ち込んでくるっつーの。

 あとは、カラオケとか雑貨屋さんのスタンプカード。これは、元が紙だったからだろうけど、ちょっとゴワゴワした紙みたいなのになってる。そうか、この世界に紙はあるのか。


 いや、あるだろうよ。


 思わずセルフ突っ込み。


 ICカードは、薄い変な石の板になってた。二千円近くお金入っていたんだけどなぁ。仕方ないか、お金って思ってつかってなかったし。

 消去法でいくと、これは元銀行のキャッシュカードね。私は、元の形状と随分様変わりした細長い板切れを手にとって眺める。表面に飾りみたいな丸い石が幾つか填っていて、簡易ロッカーの鍵っぽくもある。この世界の何かに変わったって事かな。


「ってことは」


 私は、取り出したアレコレを適当に鞄の中に戻し、今度は鞄の一番底。明らかに怪しい物体と化していた長方形のブツを取り出した。中を開く。


「なんて書いてあるかわからん……」


 明らかに怪しい物体。なんか黒魔術とか載ってそうな本と化していた教科書に眩暈を覚える。教科書でこれってことはノートはどうなっているんだ。

 本を閉じるとその下になっていたノートを取り出した。これもまた大きさが以前と異なり少し大きくなっている。でも、なんとなくノートっぽさは残っていた。


「あ。流石に、これは日本語だ」


 そりゃそーか、私が書いたんだから。


「うーん」


 とりあえず、ひとつひとつ考えていこう。集中するため、目を閉じる。


 印刷してあった文字とかは、多分、この世界の文字に調整されてて今の私では読めなくなってる。

 書いてある内容とかも、前のままなのか、この世界の知識にあったものに置き換わっているのか興味があるけどそれは後回しね。だって、読めないんだもん。


 私が書いたものは、私が書いたとおりで残ってる。これは、私が今はこの世界のことを知らないからかな。知識がないから、置き換わらなかった。ってところかしら。


 持っていた教科書は、古典B、世界史B、物理基礎。よかったのか悪かったのか判らないラインナップね。

 現代文とかだったら、少しは学習できたのかな。でも、いろんな人たちがいるって地下アイドル言っていたから、言語も一つとは限らないんだよなー。英語とかの方がよかったかもしれないや。


 教科書とノートを戻し、今度はその横の細長い光沢のある布の入れ物を手に取る。この流れでいったら、これはペンケース。ファスナーがなくなってるけど、ドラム型なのが救いとなって中身は飛び出してない。飛び出してはないけど、飛び出ているものはあった。


「羽……ペンだよね、これ」


 映画とかでしか見たことがない時代錯誤の物体が顔を出していた。


「ま、まぁ。勉強することもないし。字とか書くとか致命的な気がするし、これは見なかったことに」


 そっ閉じ感覚で、ペンケースには触れないことにしようと目を逸らす。


 ひとまず、鞄の中に入っていたものは以上。

 お金はちょっとだけあるけど、物価によっては一回の食事分かもしれないし、すっごい億万長者……にはならないよねー。流石に三千円じゃ無理ィー、考えなくてもわかるー。


 落ち込みそうになるのをぐっと堪え、今後どうするか考える。この世界のことが全く判らないから、どこかで知識を得ないといけないけど、この場合どうしたらいいんだろう。


 こう、とぼとぼ歩いていたら森の中に迷い込んで迷子になる。

 夜も更けて、ヤバイ。モンスターとか出ちゃうよぉとか困っていたら、家の明かりが見えて、吸い寄せられるように近づいていったら……。

 そこにはなんと! 人のいいおじーさんとおばーさんが住んでいました。

「まぁまぁ旅の人、娘さんが一人で旅をしていては危ないよ。今晩は泊まっていきなさい」とかなんとか言っちゃって、温かい食事とふっかふかのベッドで寝かせてくれる童話的展開か、ふと夜中目が覚めて、この音は何だろう? って音のする部屋を覗いたら包丁研いでいたって日本昔話展開とか。


「どっちにしても、無いわね」


 妄想から我に返ると、私は唸りながら、いい考えが浮かばないポンコツおでこをトントン叩く。

 まず、世界観が全く判らない未知の世界で、人気(ひとけ)が無いところをホイホイ歩いていくなんて危なくて仕方が無い。防犯上、人が多いところを歩くのは夜道の鉄則だ。夜じゃないけど。

 となると、街とか村。四国とかは、お遍路さんが歩くから、住んでる人たちがメッチャ親切にしてくれるっていうのはテレビで見て知ってるけど、普通は無いよねー。

 てか、私が原住民でも、いきなり見ず知らずの人が訪ねてきて、「泊めてください」言われてもお断りするわ。


「ラン」

「おっ。更新終了? 」

「はい。一応、アップデートは終了しました」


 丸くなっていた執事君が起き上がり、猫がよくするみたいに前足を踏ん張りググッと背中を伸ばす。その後は、後ろ足に力を込めて下半身を存分に伸ばしていた。プニプニした生き物の癖に、そーゆーところはしっかり猫なのね。


 執事君の動きに和ませられながら、私は周囲に広げた荷物を鞄の中に戻していく。持ってきたものがどうなったか、大体判ったし。心配だったお金もご飯分くらいはあるだろうし、次は、人がいる方向へ移動しなければ。ってところよね。そこが、今のところ最大の難点なんだけど。


「ラン。情報を整理したところ、この地方の地図を所持していることが判りました」

「GPSないのに? 」

「GPSが無くとも、地図は事前に登録されていますよ」

「あれ? 」


 確かに、地図アプリは入っていたけど使わなかったから仕組みが判んないなー。


「この世界の世界地図も持っていましたので、太陽の位置から方位を計算し、現在時刻と照らし合わせ、我々が滞在していると思われる凡その位置を特定しました」

「出来る子、執事君。なんて素敵なの」


 近づいてきた執事君を両手で掬い上げるとトロフィーか何かのように天に向けて掲げてみせる。


「執事ですから」


 目を細める黒猫は、表情がはっきりしないけどとっても誇らしげだ。ボンクラな私が執事君と一緒にいられるようにしてくれて、駄女神ありがとう。生存確率めっちゃ増えてるよ。


「それでですね、ラン。今、我々がいるのはハンガイ平野という場所らしいです」

「ハン……? 」

「ハンガイ平野。このまま、北東に20kmほど移動するとザフの村という村があるそうです」

「ザフの村」


 ザフさんって人が村長なのかな。


「地図に付属していたデータによると、二年前のものになりますが人口約二千人ほどの比較的大き目の集落になるようです」

「村って言うくらいだし、そんなもんなのかな」


 村って言われる規模が、どんなのかなんて知らないけど。


「現在、時刻は朝の八時です。過去に登録したダイエットアプリのデータから、ランが移動する速度は時速3.6~4kmです」

「ちょっと待て、なんでそのアプリのことを知っている」


 三日で挫折した私の黒歴史をなぜ今更掘り出した。

 万歩計機能付のあのアプリは、星が四つもついていて好評だったけど、食べたものとか一々記録しなくちゃいけなくて面倒になってやめたのだ。


「データが同期するように設定されていました」


 しれっと報告すると、執事君は手のひらからピョンと跳ね降りて、私の肩の上に乗った。


「早足で歩いて頂いても、5時間は掛かる計算になります」

「5時間歩き詰めとか無理だし」

「はい。本日の日の入りは18時20分頃と予測されるので、それまでに村までたどり着いて頂けると助かります」


 お金とか、洋服とか、めちゃ色々考えていたけど。すっごい初歩の初歩忘れていた。


「ど初っ端から徒歩移動って、私の異世界ライフ最悪じゃないかー」


 地下アイドルーっ、私に自転車をくれーっ



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