第98話 潜入
王都の中心にある城を目指して走る。ミランダリィさんの屋敷は城周辺にある大きな屋敷が建ち並ぶ高級住宅街。城を守るように貴族の屋敷が建ち並んでいる一角にあった。
王都の道は広くて走りやすい。人も多いが馬車が走ると邪魔にならないように端に避けていく。よく馬車が走っているんだろう、住民たちも慣れているようだ。
冒険者ギルドから三十分、何の障害もなくスムーズに目的の屋敷に到着するとギルマスの秘書を探した。ずっと見張ってるって聞いていたし、イーサン事務長からも合流するように言われている。きっとお役に立つはずですからと言っていたが、ミランダリィさんの現況さえ分かればいいだけなんだけどね。
冒険者ギルドで受けた説明だと早く秘書を見つけて情報をもらわないとね。
ミランダリィさんが屋敷から出られないのは、何か事情があるのかもしれないけど、屋敷の人の出入りが減っているというのも気になる。
少しは冒険者ギルドで話を聞かせてもらったけど、見張りをしているという秘書と早く合流して詳しい情報をもらわないとね。
教えてもらったミランダリィさんに到着したが、その屋敷の大きさに驚いた。
なんちゅーデカい屋敷なんだ。この屋敷というか宮殿? に比べれば、メキドナのオレ達の屋敷なんて犬小屋みたいなもんだよ。一体何百人で住んでるんだよ。
でも、まずは秘書を探さないとね。あっ、あの人かな?
門から少し離れた所で背の低い女の人が立っている。周りに隠れる所も無いので、門から少し離れてるのかな?
レベルは46か、背も低いし二十歳前ぐらいに見えるけど、見た目は弱そうだね。ベタ団よりはステータスは上だね。
ハヤテにお願いして秘書と思われる女の真横に止めてもらった。
「あのー……」
ビクッ!!
大袈裟に飛び上がって驚く女。
いや、近づいて来た時からずっと【御者】と目が合ってたよね? なんでそんなに驚くのかな?
「あのー、あなたは冒険者ギルドのギルマスの秘書の方ですか?」
「あ、あなた、私が見えてるの?」
驚きつつもそんな言葉を返す女。質問したのはオレなんだけど。質問に質問を返すんじゃないよ。
「はい、見えてますが、どういう事でしょう」
あ、ステータスが出て来た。じっと集中して見てるだけで勝手に出て来るんだもんね、シルビアには他人を鑑定すると怒られそうだけど、こればっかりは仕方がないよね。
あ、【隠蔽】と【気配遮断】ね、隠密系のスキルを使って隠れてたんだ。着ているマントにも隠密系の付加効果が施されてるようだけど、オレには効かなかったみたいだね。
ハヤテもセンも気付いてたみたいだし、この女の隠密系のレベルは大した事ないのかもね。
「王都一の隠密使いの私を『見る』事ができるって、あなた何者?」
え? 王都一だったの? それにまた質問ですか? 先にオレの質問に答えろよ。そして今出した武器を仕舞えって。
「先に聞いてるのはオレなんだけど……ま、いいか。オレはキャリッジ冒険団のリーダーで、ギルマスやイーサン事務長から、ここにいるはずだという秘書と合流して情報を聞いてって言われたんだけど」
「あなたがキャリッジ冒険団……」
女はツカツカと近寄り、御者台に上がると【御者】の腕を掴みフーーーっと長く息を吐いた。
「ようやく任務完了。やっと帰れる」
シュッ! チン
あ! この音って……
ズルリと【御者】を掴んでいた女の手が落ちた。
ボトっと音を立てて落ちた手を女はじっと見ている。
「セン! なんてことすんの!」
「はっ、お館様をお守りしました」
それは【御者】だからいつでも消せるんだよ。オレじゃないのにー。
どうすんだよ。この女の手が切れちゃったよ。
まだじっと落ちた腕を見ている女に声をかける。
「おい、大丈夫か? 大丈夫じゃないよな。すぐに治療してやるから荷台に乗って」
ブシュ――――!
【御者】に落ちた腕を拾わせようとしたら、女の斬られた腕の切り口から勢いよく血が噴き出した。
ぎゃあああぁぁぁぁ―――――!!
血が噴き出した事でようやく自分の腕が斬られた事を理解した女が絶叫した。
センに頼んで騒ぐ女を強引に荷台に乗せてもらった。
あまりに煩いのでセンが「安心せい峰打ちじゃ」と言って女の意識を刈り取った。
無茶苦茶だなぁ。オレが絡むと仲間は皆問答無用でやっちゃうよな。有難いんだけど、もう少し手加減してやってくれよ。
ボルトも『よくやったって』褒めるんじゃないよ。ハヤテも『先を越されたっす』って、お前もやる気だったのか? センはなんでドヤ顔なの?
こいつらを人間の町に連れて来るのは間違いなのかなぁ。
あーあ、もう血だらけじゃないか。『クリーン』で綺麗にして、この女も回復してやらないとね。
【回復地帯】で回復してやると、女の手が生えてきた。オレの【回復地帯】って部位欠損も再生させちゃうの? 部位欠損の回復って初めてだから知らなかったよ。オレってホント戦闘以外は優秀だわ。
女も気が付いたみたいで、座ってぼーっと【御者】を見ている。
「大丈夫? ゴメンね、もう治ったと思うんだけど、ちょっとやり過ぎだよね。でも、君も急にオレの手を掴むから周りが勘違いしちゃうんだよ」
ちょっとじゃないけど、治ってるから軽めな口調で言ってやる方が落ち着くよね。
女はハッとして自分の手を急いで確認している。【御者】が持ってる手に気が付いたんだな。そうだよ、お前の手だよ。
「な? 治ってるだろ? それで聞きたいんだけど、君ってギルマスの秘書?」
コクコクと何度も頷く女。まだ青い顔してるね、治って無いのかな?
「まだ、どこか痛いとこある? たぶん大丈夫だと思うんだけど」
あっ、これか。
「これだね。この手に付いてる指輪。大切な物なんだね、今返すから」
【御者】に持っていた手から指輪を外させて女に指輪を渡した。
指輪を受け取った女は「う~~~ん」と言ってまた気絶してしまった。
なんで? 違った? オレもズレて来てんのかなぁ。
センに、気絶した女を座らせ、後ろから両肩を掴んで『活』を入れてもらうと女の意識が戻った。
「もう気絶しないでほしいんだ、話が進まないからね」
気絶から復帰してすぐは意識もはっきりしないし、頭痛もするだろうからと思って【回復地帯】は続行中だ。
「君はギルマスの秘書で間違いない?」
コクコクと頷く女。
「名前を聞いてもいい?」
「……アリア」
「アリアさんね。オレ達はギルマスとイーサン事務長から君が持ってるミランダリィさんの屋敷の情報を教えてもらいに来たんだよ。聞かせてもらえないかな」
アリアはコクコクと頷くと、言葉数は少ないが要点を的確に話してくれた。
冒険者ギルドで聞いた話を合わせるとこんな感じかな、順を追って整理してみよう。
まず何故キャリッジ冒険団がこの王都に来た事をわかったかという所からだね。イザベラさん目線だと整理しやすいかな。
ギルマスのイザベラさんがオレ達の入門時の騒ぎを聞きつけ調べる為に門へと出向いた。
イザベラさんが出向いた時にはオレ達はもういなかったが、門兵に事情を確認した所、ミランダリィさんが凄く若返っていたという話だった。まるで嫁がれた時のようだったと、当時を思い出して門兵が嬉しそうに話してくれたそうだ。
それはそれで驚いたのだが、キャリッジ冒険団が一緒に来ていたというのだ。シルビア様がいたと門兵が言っていたので間違いないだろう、彼女はキャリッジ冒険団だから。
イザベラさんはキャリッジ冒険団の事は調べ尽くした。なによりシャンプーとリンスのために。管理しているのはリーダーとルシエルという女の子、メンバーの事も全員調べ上げている。
門兵に何処に行ったか聞いても知らないと言うし、秘書を伴い旧知の仲であるミランダリィさんを屋敷まで訪ねて問い質したそうだが、うまくはぐらかされ教えてはくれなかった。
その時に何か判然としない違和感を感じたそうだが、ミランダリィさんを見張ってれば、キャリッジ冒険団の居所も発覚するだろうと秘書を見張りに置いた。
次の日も見張らせてる秘書に進捗状況の確認のため、見張りの秘書に会って聞いてみると、屋敷の様子がおかしいと言う。
人の出入りが激減してるのもあるが、それ以外にも何かおかしいと言う。何がおかしいのか分からないのだが、何か違和感を感じると言うのだ。イザベラさんも前日に、少し違和感を感じた。秘書も感じるという違和感の正体を確かめるため、イザベラさんはミランダリィを訪ねるが今度は面会ができないと門前払いを食らった。
イザベラさんが、ミランダリィが屋敷にいるのに会えない事は初めてだった。
益々不信感が高まってくる。そこでイーサン事務長に相談しようと冒険団ギルドに戻った時にオレ達がいたので、そのまま秘書の事を忘れてしまってたみたいだ。イザベラさんが秘書の事を思い出したのは、さっきオレ達との話でミランダリィさんの名前が出て来た時、それまでは秘書の事を忘れてたみたいだ。「あっ!」って言ってたもん。
忘れられてたって……可哀想な秘書だな。そういう立ち位置の奴なのかな?
相談に戻ったっていうけど、開口一番キャリッジ冒険団の事を言ってた気がするけどね。
ミランダリィさんの事はついでなんだね。そのついでの事で見張らされて忘れられるって、アリアって影が薄いんだね。あ、隠密系だから?
「それで、違和感の正体はわかったの?」
首を横に振って否定するアリア。
「中には入れないのかなぁ」
「無理だと思う。凄く見張りが厳重」
「でも、中に入らないと分からないよね……オレが行ってみるよ」
「え?」
センにはちょっと待っててと言って【御者】を一旦消し、屋敷を囲む塀の中に帽子を被らせた【御者】を出す。
「凄い……どこ行った? これで私は王都で二番……」
アリアがそんな事を呟いていた。
別に戦闘をする訳じゃないし、様子を見るだけだから【御者】だけで十分だ。帰って来る時は消すだけでいいしね。
【御者】で広い庭を通り抜け、正面玄関に向かう。召喚の鼠でもいいんだけど、鼠だと見つかったら倒されちゃうしね、その点【御者】ならまず認識されないし、逃げたい時は消すだけでいいし、扉があっても入れるしね。
正面玄関の大きな両開きの扉は鍵が開いていた。ここに来るまでも凄く警備が厳重だった。四人一組の兵が見回りをしていて、各組同士で視認できる間隔で配備されている。
この正面玄関にも四人の兵が常駐しているようだった。
オレは見張りの兵の横を抜けて正面扉から堂々と入って行く。扉を開けても無視されてたね、オレは認識されなくても扉が開いたら分かると思うんだけどね。
扉の中にも四人の兵士がいたが、【御者】は認識される事無く中に入れた。
さて、どっちに行ったらミランダリィさんがいるんだろ? 広すぎてどっちに行ったらいいのか分かんないよ。適当に見て行くしかないね。
三十分掛かってようやく一階を全部確認できた。広すぎるよ、一体何部屋あるんだよ。まだ二階もあるし、地下への階段もあるよ。どっちを先に行こうかな。
あれ? まだアリアが残ってるね。まだ時間が掛かりそうだし、待たせるのも悪いしね。
『セン、アリアにまだ時間が掛かりそうだから、もう帰っていいって伝えてくれる?』
「はっ」
【御者】を戻してもいいんだけど、言うだけならセンもいるしね。オレが念話で話しかけるとビックリするだろうからセンに伝えてもらう事にした。
「待ってる」と言ってアリアは荷台から降りなかった。
別にいいんだけどね、でもそろそろ昼だし、飯でも出してやろうか。
ボルトとハヤテとセンにはいつも通りの量を、アリアは小さいから一人前で足りるだろ。
今日はトンカツにしてみた。もちろんトンカツソースをかけて、キャベツも山盛りだ。ご飯とみそ汁があればいいんだけどなぁと思ってたら、トンカツと一緒に出て来た。
凄いねオレって、味は分からないけど、見た目はご飯とみそ汁で合ってるよ。味噌は豆を採った覚えがあるので分かるんだ醬油もあるしね。でも稲って採って無いと思うんだよね、何かを代用できるもんなのか?
《稲はありました》
え? あった? いつ?
《東の森で採取済みです》
覚えが無いんだけど。形が違ったのかな?
《恐らく大きすぎるので認識されてないのでは無いでしょうか》
あ、野生の野菜も大きかったね。稲もそうだったの?
《はい、ボルトの踏み倒した樹に混ざっていました。既に十万食以上の米は確保してあります》
ボルトの踏み倒した樹って……全部は採って無いけど、邪魔だから結構収納してたよね。その中にあったんだ。そんなにデカけりゃ、そりゃ分かんないよ。十万食以上の米って……もうそんなにあるのね。じゃあ、今後はドンドン使って行こう。
トンカツ定食は殊の外美味しかったようで、ボルト達はいつもの1.5倍食べたよ。
アリアに至っては五人前食べてたね。その小さな体のどこにそんなに入るんだろうね。歳は分からないけど、身長は145センチぐらいじゃないの? 大人だろうけど、小さいね。
皆が昼食を食べてる間に【御者】で二階の探索を終わらせた。二階にもミランダリィさんを見つける事はできなかった。あとは地下か。でも、地下にいたりするんだろうか。地下って牢屋とかのイメージがあって、家人が行くような所じゃ無いと思うんだよね。
それと違和感の正体が分かった。ここで警備している兵士がほとんど【魅了】で操られていた。魔人の種も植え付けられているようだ。ナビゲーターが教えてくれたよ、オレの【鑑定】表示に状態異常を表示するのは断ったけど、ナビゲーターがこうやって教えてくれるから助かるよ。でも、教えてくれるんならもっと早く教えてくれたらいいのに。もう何人すれ違ったと思ってるんだよ。
テンプレ団のゲルバと同じだけど、数が多すぎるね。
でも、これって魔人を倒したから、できる奴っていないんじゃないの?
ミランダリィさんが心配になって来たな。これってどう考えても捕らわれてるよね。
【御者】を急いで地下への階段に向かわせた。最悪の場合、ボルト達を投入させないといけないかもな。
すみません、投稿が非常に遅れてしまいました。
あの劇的なゴールが悪い! あれのせいで、グダグダになるまで飲んでしまいました。
一緒にいた連中も含め、監督の名前って? とか言ってた連中なのに……
特にサッカーファンという訳ではありませんが、あのゴールはいい肴でした。
単なる言い訳です、楽しみにしてくださった方々へ。すみませんでした。




