第70話 選択
誤字報告ありがとうございます。
ユグドラシルに提案された『試練』とは、オレが1人で行なうものだとか。オレが自走できるのが分かってたみたいだ。
なんでそこまで分かるの? 普通は馬車が自分で動けるって思わないよね。
オレの事をそこまで分かるって、以前にも同じような奴がいたのかな? いやいや、意志のある馬車なんて聞いた事無いし。本や剣ならありそうだけど、馬車って聞いた事無いね。
自分の事を否定してる考えだけど、実際否定したいからね。
だって馬車だよ? チート機能は盛り沢山だけど、馬車だよ? しかも死ねない設定。LPが0になったら振り出しに戻るって、悪意しか感じられないよ。
誰が設定したんだろ。そう、オレの事を馬車にした誰かがいるはずなんだよ。ナビゲーターなんか、それに関わってそうだしな。あいつ絶対なんか知ってるよな、言ってくれるとは思えないけど。
もしかして、このユグドラシルもそれに関わってるのか? これだけオレの事を分かるって事はありえるよね。直接では無いにしても何か知ってるかもね。
『それでオレは何をすればいいのかな? オレに出来る事って少ないよ』
『フォッホッホッホ、そう身構えんでもええ。お前さんには儂の中に入ってもらうだけじゃ。ただ行って帰って来るだけの事じゃ』
行って帰って来る。それぐらいならオレにもできそうだけど、それで試練になるの?
『でも、試練って事は何か障害があって戦闘とかするんじゃない?』
『戦闘は無いが・・・少しは障害があるかの。それは行ってからのお楽しみじゃ』
戦闘は無いのか、それならやってみようか。良い事があるようだし、やってみて損は無いだろ。そういやデメリットは無いのかな?
『試練に失敗した時はどうなるの?』
『別にどうもならん。戻って来るのが少し遅れるぐらいじゃ』
なんだ、それぐらいか。じゃあ、行ってみるか。
『じゃあ、やってみるよ。どうすればいいの?』
『簡単じゃ、この中に1人で入って戻って来る。それだけじゃ』
ユグドラシルの根元辺りに大きな樹洞が開いた。オレでも十分に通れる大きさだった。
皆にもオレとユグドラシルのやり取りは聞こえてたようで、行って来ると皆に伝えると、お気を付けてとオレを送り出してくれた。
最後にユグドラシルが『良い選択をの』と言っていた。
ユグドラシルの中に入ると真っ暗だったが、先の方に光点が見えた。
オレはその光点を目指し自走する。真っ暗の中でも【オート暗視】で見えるはずなのに、何も見えない。見えるのは先にある光点のみ。
それと視線は九つの画面で変わらないのだけど、なにかいつもと進み方が違う。
真っ暗な九つの画面がなんか揺れてるような気がするんだけど・・・
自走はSPを消費するけど、消費と回復が同じぐらいのスピードなんで、特に気にする事も無い。
光点目指して歩いていく。真っ暗な中なので時間の進み方が早い気がする。
画面に出ている時計は・・・・あれ? 止まってる? 故障かな? 故障なんてするのかな。
ナビゲーター?
あれ? 返事が無い。ナビゲーター? ナビゲーター。ナビ子さん? ナビ子さーん!
返事が無い。こんな事初めてだよ。どうなってんだろ?
オレ1人でっていうのは、こういう事も含まれてんのかな?
気を取り直し、光点を目指して歩く。
光点は近づくにつれて大きくなって来た。光の中には部屋があるようだ。
他に選択肢もないし、ここを目指して来たんだ。戸惑う事無く光の中の部屋に入る。
中央に椅子が1つあるだけの部屋だった。
椅子以外に何も無く、入って来た入り口以外には扉も無い。ドーム型の部屋のようで、壁はすべて白。
真っ白な部屋の中に椅子が1つだけ。
で、馬車のオレにどうしろと。座れとでも言うのか?
あっ! 手? オレ、手がある。あ、足もある。人間に戻った??
鏡は・・・無いな。目線は今まで通り九つのモニタがある。
という事は、【ハイアングル視線】なら。
【ハイアングル視線】に集中してみる。
頭だ。馬車なんか無い。見えるのは人間が1人。
オレ、人間になってる?
どんな顔なんだ? でも、この格好って・・・・
上を見上げて【ハイアングル視線】に集中した。
顔が無い? いや、顔はあるんだけど、認識できない。
以前に記憶の映像で見たオレの顔なら覚えてるんだけど、今見えているオレだと思われる奴の顔を見ているにも関わらず、認識できない。
覚えた後からすぐに忘れて行ってる感じだ。
でも、この服って・・・・【御者】?
グレー系の目立たない、どこにでもありそうなジャケットにズボン。いつも見ている【御者】の服と同じだよ。
オレ、【御者】になってるの? 声も出せないし、そうかもね。
【御者】になってたとしても、ここでだけ限定でなれるのかもしれないし、今は目の前の椅子に座るしかないよね。
オレは椅子に座ってみる事にした。選択肢として一択だからね、座るしかない。
椅子に座った途端、部屋が真っ暗になった。
目の前に画面が1つ出て来た。と思ったら、二つ、三つと増えて行き、部屋中に無数の画面が現れた。すべて別の画面を映してる。
ドーム型の部屋全部に無数の画面が出ている。
全部の画面の情報が頭に流れて来る。そのすべてが理解できる。
普通二つの画面までなら、なんとか理解できるだろうが、10もあれば結局どれも分からず、どんな情報だったのか分からなくなりそうだけど、これだけ無数に画面があるにも関わらず、すべてが理解できた。
どうやら日本の情報が流れているみたいなんだけど、オレのいた日本じゃないみたいだ。
まず、ESPも無いしロボット工学もまだまだ技術的にオレのいた世界には追い付いていない。
ただ、アニメの分野は素晴らしく、同人誌なるものもあった。TV番組もオレがいた世界では無かったバラエティ番組や高校野球っていうスポーツもやっていた。
オリンピックでは生身の人間が肉体1つで競い合っていて、ロボットやESPなんか出て来なかった。
どのぐらい時間が経ったのか分からないけど、オレの知らなかった別の日本を理解した時、画面がすべて消えて行った。
次に映し出されたのはオレのいた日本だ。よく覚えている。最近では名前こそ思い出さないが、ほとんどの事は思い出せたんじゃないかと思う。
さっきと同じぐらいの時間が経つと、再確認できたオレの日本の画面が終わった。
何が言いたいんだろ? こんな画面を見せてどんな意味があるんだ?
また画面が出て来た。今度は今いる世界のようだ。
オレが現れる以前の歴史もあるし、他の国の歴史もあった。勇者達が魔王を倒した歴史もあったし、逆に勇者が敗れた歴史もあった。
滅んだ国、生まれた国、英雄、魔法、精霊、ギルド、魔物、教会・・・・・
これはいい、この世界の事は知らない事だらけ、貨幣価値すらわからない状態だった。
それが、ここに映し出される映像からドンドン情報が流れ込んでくる。
画面が消えるとまた新たな画面が現れた。
次は魔物の楽園の世界だった。魔物が治める魔物の世界、人間は極少数いるだけで常に逃げ回っていて逆転の目など無い世界。
次は剣と銃の世界。銃だけの世界。地下に住む世界。家が空中に浮かんでる世界、などなど。合計12の世界を見せられた。
そしてその世界の事をすべて理解した。
ガゴンッ!!
一斉に12の扉が開いた。扉の上にはモニターが1つ、さっき見せられた世界の映像が流れている。
これって選べって事なのか? 行きたい世界を選べるって事か? 元の世界にも戻れるって事なのか? 人間に戻れるって事なのか?
誰からも回答は無い、でもそういう事なんじゃないだろうか。違うかもしれない、間違った選択をすると消滅するというペナルティがあるかもしれない。
それでも自分が馬車じゃない世界があるなら行ってみたい。当り前だ、何を好き好んで馬車を選ばないといけないんだ。オレは人間なんだよ。
モニタの映像を見る。一つにはユグドラシルの前で待つ仲間達が映っている。
一つには前世の世界の自分の部屋が映っている。他は見た事も無いが、やはり部屋が映っている。
たぶん、出口の映像なんだろうと思う。違うかもしれないし、そうかもしれない。
仲間が待つ映像以外は全部部屋の映像だ。今来た世界以外は人間になれるんじゃないのか?
さっきの映像で各世界の事は理解した。どの世界に行ってもすぐに大金持ちになれそうな知識は得た。チートな力も付いて来るかもしれない。う~ん・・・悩む・・・
最後にユグドラシルの言った『良い回答を』の言葉を思い出した。
『良い回答』・・・・悩むなぁ・・・・
それぞれの入り口に立ってモニタを見る。部屋の映像を見るだけで、さっき見たどんな世界の部屋なのかを理解する。
すべての入り口のモニタを確認し、そして決めた。
仲間の所に戻ろう。
前世の世界に戻ったとしても友達もいないし、両親だって今更戻って来られても迷惑だろう。さっき見た映像では、オレが死んだ事で慰謝料をがっぽり貰って悠々自適に暮らしてたみたいだしね。
他の世界で人間として生きて行くのは凄く魅力的だけど、オレには今いる世界で待ってくれている奴らがいるんだよね。
せっかく誰もなった事が無い馬車に転生したんだし、馬車として大いに楽しみましょうか。




