第32話 新たなる依頼
魔人を収納・解体して町に向かおうと思ったが、ボルトに首輪を付けるのを忘れてた。
『ボルト、首輪を付けてやるよ。ちょっと小さくなってよ』
『そんなもの我には必要ありません』
『これを付けてくれないと町で影から出て来れないじゃないか、オレが困るんだよ』
『主殿が困るのは申し訳ない。仕方がありません、付けましょう』
【馬車主】になって大分スムーズで自由な動きができるようになったので、オレがボルトに首輪を付けてやった。
デザインはハヤテやキューちゃんと同じ、丸い銀色の玉が付いた首輪だ。
あ!? でっかいトラ猫? 可愛いじゃん。
「あー! ボルト可愛いー」
シルビアもそう思ったのか可愛いって声に出していた。
ボルトが凄っごく照れている。
『仕方なくでござる、仕方なくでござる』
なんで2回言った? しかもお前ござるって言ってたっけ?
町に戻って来るとそのまま冒険者ギルドに向かった。
シルビアと共に【馬車主】で冒険者ギルドに入るとアーサー事務長が慌てて駆け寄って来た。
「シルビアさん、どこへ行ってたんですか。色々と資料を調べていた所、ゲルバ冒険団達の様子が回復してきていると見張っていた者から呼ばれて見て来たところなんですが、シルビアさんがいないとギルマスから言われて探してたんですよ」
「ちょっと野暮用」
「奥方様もお待ちです、早く付いて来て下さい」
アーサー事務長に連れられて受付に向かって左側にあるミーティングルームに入って来た。ここで拘束してギルマスを含む冒険者達で見張ってたようだ。
魔人化したゲルバ冒険団達は部屋の奥の角に纏められていて、首以外の部分は全部縄で縛られていて、更に机の上で仰向けにされて机にも縛り付けられている状態だった。
確かにこれなら絶対動けないね。
口にも猿轡をされていた。呪文対策までバッチリだ。
ゲルバ冒険団達の近くまで来て様子を見てみると、顔は人間の顔に戻っている。魔人を倒した効果が出たんだな。あとは【魔人の種】となっている魔石を抜くだけか。
『シルビア、さっきのボルトの話、覚えてる?』
『【魔人の種】の事?』
『そう、もう魔人化することは無いと思うけど、魔石は抜いてやった方がいいよな』
『どうやって取るの?』
『わかんないけど、まずは拘束をはずさないとわからないよね』
『そうね、言ってみる』
「シルビアちゃん、あなたどこに行ってたの?」
「ちょっと野暮用」
あれ? そのセリフちょっとマイブーム?
「嬢ちゃん、お前が何かしたのか? こいつら回復してきたぞ」
こういう勘は鋭いんだね。他は丸投げなのにね。
「別に。それより、この人達を解いてあげて」
「うむ、まかせろ。こいつらの拘束を解け!」
何その熱い信頼は。2人の間に何があったの?
ゲルバ冒険団達の拘束が解かれ、テーブルの上に寝かされているだけの状態になった。ゲルバはまだ魔人化した名残が残っているが、他のメンバーはもう普通の人間の状態に戻っている。
「嬢ちゃん、解いたぞ。後はどうすればいいんだ?」
いや、さも自分がやったように言ってるけど、あなた見てただけですからね。
「どこかに魔石を植え付けられてるんだって」
「どこかにか、よし服を全部脱がせろ」
いやー、旦那ぁここにはレディが2人もおりますぜ。ちょいと勘弁願えませんか。
ゲルバ冒険団達を見張っていた冒険者達によってゲルバ冒険団達が素っ裸にされた。
ミランダリィもシルビアも平気な顔で見てる。それに気づいた冒険者達が、気を使ってゲルバ冒険団達に小さな布を被せた。
ミランダリィもシルビアもそこは恥じらいを見せようぜ。
「どこにも何も無いようだが・・・アーサー! こいつらのどこかに魔石が付いて無いか探せ、お前達もだ!」
アーサー事務長と冒険者達はゲルバ冒険団達の身体を調べたが何も付いて無かった。まだ気絶しているゲルバ冒険団達の身体を裏返したり折り曲げたりしながら皆で探している。
「見当たりません」と探していた者から報告をした時、ゲルバ冒険団達の内の1人が何か吐きだした。
ぐぅえぇぇぇ。カラン
魔石だった。
それを見たゲーリックが「私に任せろ!」と言って気絶している奴らを無理やり立たせて両脇を冒険者達に支えさせてボディブロー
ボゴォォ!
気絶しているゲルバ冒険団員がブランコの様になって水平状態にまで浮かび上がっている。
運が良い奴? は1発で魔石を吐き出した。運が悪い奴は3発ボディブローを喰らってた。
ゲルバの子分たちは全員魔石を吐き出したのだが、ゲルバだけはボディブローを5発喰らっても魔石を吐き出さなかった。これ以上やっては死んでしまうと判断して、少し様子を見る事にした。
うん、全員死んでないね。ゲルバなんかHPが1桁になってるけどね。
凄い寸止めだな、さすがギルドマスターってとこか。
「ギルマス、ちょっと手荒過ぎませんか?」
「いや、あと2発は行けると思ったが」
違ったね。
後は回復魔法が得意な魔法使いがやってくれるらしい。こいつらにはアーサー事務長が付いていてくれる事になったのでシルビアも解放された。
アクセサリー屋のサンのとこに行ってキューちゃんの首輪を付けてもらったらすぐに戻らずに、前回同様町の端の方の目立たない所に行って昼食タイム。少し食休みをして冒険者ギルドに戻って来た。
先にミーティングルームの様子を見たら子分達はもう気が付いていてゲルバの周りで心配している。すっかり治ったみたいだ。回復魔法って凄いんだな。
ゲルバ自身もさっきより魔人の部分が無くなって来ているからもう大丈夫だろう。
後でまたギルマスから魔石を吐き出すまでボディブローを喰らうんだろうな。
見張りで付き添っていたアーサー事務長に連れられてマスタールームに上がって来た。もちろん【馬車主】もいます。ずっといましたよ。
マスタールームに入ると朝いたメンバーがそのまま待っていた。
「よぉ、遅かったな。用事は終わったか?」
「うん」
「それじゃ話を始めるか。マリーブラ」
「はい、では説明します」
もう絶対この流れなのね、わかってましたけどね。
「シルビアさんにお尋ねします。奥方様の護衛の件ですが、今朝話したように受けて頂けるという事で宜しいですね?」
「うん」
そこは問題無い。まずはミランダリィと話せる切っ掛けが欲しいから。
「そこで、少しルートを変更していただきたいのです」
「どういう事?」
「今朝の話では東の森を通る秘密のルートでという事でしたが、南の港町ベイナン経由に変更して頂きたいのです。これには理由がありまして、冒険者ギルドからの依頼が含まれています」
「依頼?」
「はい、ゲルバ冒険団の全員が魔人化した事ですが、奥方様に化けた魔人の仕業で間違いないと思われます。ゲルバ冒険団への依頼は1日だけの奥方様の護衛依頼でした。港町ベイナンからこのメキドナの町に来るまで10日掛かっており、護衛依頼も1日交替で10組の冒険団に依頼されています。残りの9組も同じように魔石を埋め込まれていないかを調査してほしいのです。奥方様からの了承はいただいております」
「受けます」
あ、即答で受けちゃった。助けたいって気持ちが強いんだろうな、シルビアは正義感が強いからね。さすが勇者の子っす。
「ありがとうございます。それではこれが依頼を受けた冒険団のリストです、渡しておきます。」
シルビアが冒険団のリストを受け取った。冒険者の人数や名前も載っていた。全部で9組51人か、多いなぁ。
「護衛が1人というのは普通はしないんだが、嬢ちゃんはAランクだし『雷獣』を連れてるんだってな。馬車も自前で持ってるらしいし、問題無いと判断した」
「うん、ボルトは強い」
シルビアが胸を張って自慢している。
「『雷獣』とはなんでしょう」
ミランダリィがギルマスに尋ねている。
「知りません」ワッハッハッハー
ダメじゃんギルマス。そこを知ってればオレの評価も上がったぜ?
「アーサー!」
「はい、『雷獣』ですが、誰も見た事が無い魔獣です。誰も見た事が無いのに『雷獣』という名前が付いている事もおかしな話ですが、伝説の中に登場する魔獣なのです。」
ミランダリィは真剣に耳を傾けている、ギルマスは・・・ダメだもう聞いて無い。腕を組んで目を瞑って聞いてるふりをしてるだけだろ。
「伝説の中で登場する四方を守護する魔獣で紹介されている文献がありました。水の恵みを齎す北の『巌亀』、命の炎を司る南の『焔鳥』、森を繁栄させる東の『冰龍』、そして収穫の喜びを連れて来る西の『雷獣』。私も文献の中で知るだけで見た事はありませんでした。先日シルビアさんに見せて頂いた時には、その大きさに驚いてしまいましたが、果たして文献の中にある本物の雷獣かどうかは私にはわかりません。どの魔獣についても目撃報告は何処にも載っていませんでしたから、ただの伝説かもしれません」
絶対に違うと思う。あの大飯食らいが収穫の恵みなんか連れてくるわけが無い! 魔物なら一杯獲って来るけどね。
「ボルトって凄いんだー」
いや、シルビア騙されるんじゃない! 絶対違うから。
「シルビアちゃん、そんな魔獣と一緒にいるの?」
「うん、ボルトはもっと大きくなれるんだよ」
「シルビアさん、そんな嘘を言ってはいけません。私が見た時でも2メートル以上ありましたよ。あれ以上大きくなれるのでしたら、本当に伝説の魔獣ではありませんか」
「じゃあ、ボルトは伝説の魔獣だね」
シルビアはうんうんと1人ご満悦である。アーサー事務長もそれ以上は突っ込まなかった。ギルマスは・・・いびき搔いてるね。マリーブラに肘で突つかれて起こされてるし。
「ん? 終わったか?」
終わったかじゃねーし、あんたギルマスだろ?
「じゃあ、この件は嬢ちゃんが受けるという事で決まりだな。後は何かあるのか? マリーブラ?」
「はい、報酬についてですが、調査に関しては1人に金貨1枚用意します。これには移動などの経費も含まれています。依頼達成はその町の冒険者ギルドのマスターに直接申告すれば報酬が渡されるように連絡をしておきます。魔石まで回収して頂ければ更に金貨10枚を上乗せいたします。その際は魔石との交換という事になります。これには魔石代も含まれております」
各ギルマスに見せる紹介状もシルビアに渡してくれた。
魔石はナビゲーターが欲しいんだったよな、魔石は取ったけど売りたくないって場合はどうなるんだろ。
『シルビア、魔石を売りたくない場合はどうなるか聞いてよ』
シルビアが軽く頷き聞いてくれた。
「魔石は回収するけど売りたくない場合はどうなるの?」
「その場合の報酬は発生しません。ただ、回収したら報告だけはお願いします」
「わかった」
「話は終わったな。それでいつから出発するんだ?」
シルビアがミランダリィに目線をやる。
「私はいつでもいいわよ、これでもCランク冒険者よ」
再発行された冒険者カードをシルビアに見せている。
「じゃあ、今から行くわ」
「ちょっと待ってください。今すぐ出るのでしたら大したことは出来ませんが、路銀の足しにでもしてください」
ずっと黙って皆の話を聞いていたトーラス伯爵がシルビアに金貨袋を手渡した。
「貴方は儂の命の恩人です、依頼が終わって落ち着いたらまたこの町に戻って来て下さい。この町を拠点とするAランク冒険者には東の森を抜けるルートも教えてあげられますので、是非この町に戻って来て下さい」
「ありがとう」
トーラスがシルビアに握手を求めてシルビアが右手を差し出すと両手でしっかり握手していた。続いて執事とも握手した。
あれ警護隊長とは握手してあげないの? なんか魔人を見せてくれって言ってるけどシルビアが無視してるから放置でいいか。
皆に見送られて冒険者ギルドを出発した。
門を出たら1つ目の町カンダークを目指して南へと走り出した。