第181話 営業と開発
誤字報告ありがとうございます。
「お久し振りです」
「ほんと、もう何年振りでしょうね」
オレは久し振りにメキドナの冒険者ギルドを訪れていた。
嫌味を言って来るのはギルマスの秘書のマリーブラさんだった。
確かにオレ自身は二~三年は来てないかもしれない。でも、ゴブリンメイド達がシャンプーなどの補充はしてくれてたから、怒られる事は無いと思うんだよな。
「それで今日は何の御用でしょうか」
こんな状態で話しても聞いてくれないかも。今日は売り込みだしね、ちょっとゴマをすっておこうかな。
甘めの果汁ジュースとショートケーキを出してマリーブラさんに勧めた。
嫌味を言っていたマリーブラさんだが、ケーキを食べると少し顔が緩んだ。
今かな?
「今日はですね、新しい乗り物の売り込みに来たんです。自動車と言いまして、馬がいらない馬車のような乗り物なんです。しかも馬車の数倍の速さで走れるんです」
「ふへ? ファンフェフッフェ?」
ちょうどケーキを頬張った所で言ってしまったので、何を言ってるか分からない。
少し口からケーキを飛ばされたけど、【御者】だし一度消せば綺麗になるからいいか。
「んぐ…ごめんなさい! 私としたことが…」
「いえ、大丈夫です。それより、表に用意してあるので見てくれませんか?」
「ええ、わかりました。まずは見せて頂きましょう。馬のいらない馬車というのは全然イメージできませんから」
慌てて【御者】を拭いてくれたマリーブラさんとアーサー事務長を伴い表に出ると、用意してあった自動車を披露した。
自動車はゴブリンメイド達の手によりワンボックスカーのような姿に生まれ変わっていた。
運転するのは自動車部門担当のローリィ。
ローリィは出て来た【御者】達を確認すると、そちらに向かって一礼し運転席に乗り込みレバーを引いた。
すると、回転装置が起動し、自動車が動き出す。
マリーブラさんやアーサー事務長からすると、魔法で動いてるようにしか思えない光景だった。
実は、ドライバー役にはルシエルかライリィにしようと思ってたんだけど、彼女達はまだおもしろ屋敷にハマってるようだ。
あれからセンの屋敷は更に魔改造されてパワーアップしているとの事だ。
オレは近寄らないようにしよう。
冒険者ギルドから見える範囲を走っている所を披露し、驚く彼女達の前に自動車を停止させた。
次にマリーブラさんとアーサー事務長に後部座席に乗ってもらい、町から出てみた。
オレもハヤテに曳いてもらい、後を追いかける。
町の外に出て、街道を真っ直ぐ走った。追走しているオレの画面には速度は50キロと出ている。普通なら馬車では出せない速度だ。
一旦ローリィに止まってもらい、マリーブラさんとアーサー事務長に交代で運転してもらった。
初めは恐る恐るだった二人も、すぐに慣れて結構スピードを上げて楽しんでくれたみたいだ。
後でローリィに聞いたら、マリーブラさんは「オラオラオラオラァ」って燥いでたそうだ。ハンドルを握ると人格が変わる人だったみたい。
アーサー事務長も負けて無かったそうだけどね。
ちょっと今後の付き合いを考えさせられるよ。
自動車のクッション問題もオレの発案をローリィ達が実現してくれたので、あれだけスピードを出しても車内がミキサー状態になる事は無かったようだ。
それを確認してもらうためにも町の外の街道で試運転してもらったんだけどね。
速度とクッション。どっちも満足してもらったようだ。
クッションは普通の車ならサスペンションを付けるんだけど、中々思うようには行かなかった。
そりゃ舗装してる道は町の中だけだしね。今走ってる街道は幾分マシだけど、それでも馬車の荷台でさえ酷い乗り心地だと言うからね。10キロも出せば尻が痛いぐらいの乗り心地になると聞いている。
まずタイヤを魔物の皮で巻いて柔らかくした。ゴムが無いからチューブにするよりタイヤを魔物の皮にしたんだ。その上から肉球部分だけをチョイスしたものを張り付けた。路面は全部土だしね。
グリップ力もクッションも通常の馬車とは比べ物にならないぐらい向上した。
そして、シートをふかふかの座り心地の良い物にして少し浮かせたんだ。
カエル系や魚系の浮袋を使って、その浮袋に水を入れてシートの下にたくさん敷き詰めて、シートを上下だけには動くように固定した。前後左右には動かないようにしたんだ。
長シートの横には縦筋を入れて、車内の底から四本のにバーを出してシートに差し込むだけで出来た。あとは天井からシートを軽く押さえつけるようにした。これは説明だけでメイド達が上手くやってくれたよ。
今の所これで十分だと思えるけど、まだまだ改良の余地はある。マリーブラさんも開発部門を作るようトーラス伯爵に掛け合ってくれると約束してくれたので、今後はもっといいものができるかもしれない。
後は町に戻り、領主であるトーラス伯爵にも庭で試乗してもらい、自動車を満喫してもらった。
自動車に関する評価は良かったのだが、販売に関しての相談には今は応じなかった。
いや、販売の相談はしたんだけど、価格がとんでもない事になったので、販売に関しては一旦保留とさせてもらった。
まずは乗ってもらって、頻繁に走ってる所を見せてもらうために、無料で見本として一台提供した。
勇気があるならバラして解析してもらっても構わない。
広めるのが目的だしね。
価格の設定だけど、一台の価格が金貨六〇〇枚。中級貴族でも買えそうにない設定価格だ。魔石が1/3、車体で1/3、回転装置が1/3の内訳だった。
回転装置はアイデア料みたいなとこがあるから分かるけど、魔石がそこまで高額なのには驚いた。
どんどん広めたいので、仕組みを隠そうとは思って無い。
見本として回転装置の仕組みを見せたら、これだけ一方向にだけ細く強く安定した風を送り続ける付加魔法が凄いのだそうだ。
キューちゃんを誉められて嬉しいんだけど、誰にでも出来ないのもちょっと困る。
久しぶりにハーフエルフのサンのとこに行って聞いてみようかな。
まだこの町にいるんだろうか。
行く時にはシルビアも一緒に連れて行こう。
◇ ◇ ◇ ◇
「ハーティ? あなた今度はなに作ってるの? こっちも手伝ってくれないと困るんだけど」
「あ、ゴディバ。もうすぐ完成なんだ。見て見て」
「あ! 凄いわね。これって主様に見せてもらった映像にあったやつじゃない」
飛行船開発担当のハーティとゴディバのやり取りだ。
二人は開発に入る前に空の乗り物シリーズの映像を見せてもらっている。参考までにと見せてもらった映像だったが、飛行船の改造はゴディバに任せて、ハーティは独自で開発していたようだ。
「そうだよ、ドローンって名前だったと思う。中々イカスでしょ」
「私もプロペラには目を付けていたのよ。だからゼロセンぐらいなら作れるかと思ってたんだけど、あなたはドローンに目を付けたのね。確かにこれならプロペラが多いから上手く飛べるかもね」
「へへ~、そうでしょ~」
「でも、これって……」
「なになに? 操作性は抜群だよ? それぞれのプロペラを操作できる絡繰りはできてるよ?」
「それは凄いわね。でも、これってどこに乗るの?」
「どこにって……乗らないといけないの? 主様に見せてもらった映像には誰も乗って無かったよ?」
「確かにそうだったわね…誰も乗って無かったわね」
二人が見た映像はラジコンドローンの映像だった。
「でも、誰も乗らないと、空の魔物から誰がこのドローンを守るの?」
「確かにそうだね! それは誰かに乗ってもらわないといけないね。何人ぐらい乗ればいいかな、100人ぐらい?」
「それは自分で考えなさいよ。私もこのドローンを見て思いついた事があるから、私は私で作るんだから」
「えー、ゴディバのケチ~。いいよ、わかったよ。自分で考えるから」
その後、二人はそれぞれの開発にかかりきりになり、預かってる試作機の飛行船に手を出す事は無かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんで私だけ一人なの~?」
海岸で一人ボヤいてるのは船の開発を任されたゴブリンメイドのナナだ。
「自動車は三人、飛行船は二人。なのに一番大きな船の開発が一人ってないよね~。ミーナでも呼んじゃおうか。そうだ、この辺ならいっぱいいるじゃん」
自動車や飛行船はこの世界に無い新規開発だったが、船はこの世界にもある。
帆船や櫂で漕ぐ船しか無いが、回転装置を使って少し工夫をすれば、楽に早くする事ができるだろうと一人で開発を託されていた。
しかし、ナナはゴブリンメイド達の中でも少々変わり者だった。
皆が伝説の箒を欲しがる中、一人だけ鍋を欲しがったり、キャリッジ冒険団の旅に上手く紛れ込めたり、獣王決定バトルロワイヤルに参戦したりと、ゴブリンメイドの中でも異端であった。
「集合!」
ナナの号令で集まったのは獣人の暗部部隊五十名。
実はこの海岸、先日キャリッジ冒険団がいたランバルダル公国の海岸だった。
船の開発だったら、池でも川でもできる。態々こんな遠い所まで来る必要は無い。やはり少し変わり者のナナだった。
「船の材料を集めて来てください」
「船の…ですか。どんな材料でしょうか」
「そんなの決まっています。波動エンジンの材料です」
「波動? エンジン? ですか?」
大きく首肯して胸を張るナナ。
ナナも開発に入る前に海の乗り物シリーズの映像を見せられていた。
その中でチョイスしたのが、なぜか夜魔斗だったようだ。
宇宙を旅する船のチョイスがおかしいとは思って無いナナだった。
「ナナ様、その材料とはどんなものでしょうか」
「知りません」
「……では、何かヒントでも……」
「男のロマンです」
「ロマン……ナナ様は女性ですよね?」
「……」
「その赤いマフラーにも何か意味があるのでしょうか」
「これはマフラーではありません。スカーフです」
「……はぁ」
もうなりきりまくっているナナだ。
獣人達の敬礼も拳を握りしめ、その握り締めた右拳を左胸に当てる敬礼を強要していた。
「タダでとは言いません。あなた達も仕事があるでしょうが、主様からの依頼ですので優先して集めて来てください。報酬はこれです」
そう言ってナナが出した物は山と積まれた収納バッグだ。
おお! と歓声を上げる獣人達。
ナナが獣人国の倉庫より拝借して来た物だ。また欠品多数という事で、補充をする自分の主人に迷惑が掛かる事などナナの頭には無かった。
我先にと収納バッグを取る獣人達。収納バッグを手に入れた獣人達はナナの依頼の為、四散して行った。何を持ってくればいいかは分からないが、収納バッグ欲しさに取り敢えず行動に出た獣人達だった。
「ん? あなた達は行かないの?」
「はい、私達は先日頂きましたから」
そう答えたのは、先日BASHAから収納バッグを貰ったペペット達四人のチームだった。
「では、出来上がった暁には、あなた達を一番乗りでテスト航海に乗せてあげましょう。戦闘隊長の座は譲れませんが、航海長と通信班長と船医はさせてあげましょう。ま、生活班長役もいいでしょう」
「はい、ありがとうございます」
いいのか悪いのかも分からず答えたペペットだが、自信満々のナナを見る限りいい事なのだろうとの判断からお礼を言ってしまった。
「では、あなた達も行きなさい。主様の為にも頑張るのですよ」
「はっ!」
こうしてナナの船開発は、材料集めからスタートするのであった。




